表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

#15 慣れない恋愛

 ぱたん……と自室のドアを静かに閉めて、ベッドに上半身を投げ出した。うつ伏せに寝っ転がって枕にぐりぐり顔を押し付ける。その後身体を返し仰向けになって大きく深呼吸。

「――告白されちゃった……」

 告られるのは佳奈ちゃんだと思い込んでいたばかりに、すっかり不意打ちを食らってしまったような気分だった。まさか海斗くんがあたしの事を好きだったなんて、全然知らなかったよ……。

 っていうか、なんか流れで付き合う事にもなっちゃったし、あたしはいったどうすれば良いの……。

「男子と付き合ったことなんか無いから分かんないよーっ!」

 心の叫びが知らずに口から飛び出てしまった。

「え、何? お姉ちゃん、誰かと付き合うの?」

「そーそー。さっき公園でね――……って瑠美子!? 勝手に入らないでよー」

 いつの間にやらドアの所に腕組みをして立っていた。

「うそマジ!? 相手はどなた!? やっぱり昨日来てた先輩だよね!?」

 しまったっ! ぐぬぬ、ドアを開けっぱなしにしてたのかー……(?)。

 っていうか、瑠美子ったら全然あたしの話聞いてないし。ああーー、それにしても何で口滑らせちゃうかな、あたし。一番知られたくない人間に知られちゃったじゃん。

 もうバレてしまったものはしょうがないので、正直に打ち明ける。

「ああうん、祭りにも来てたよ。海斗くんって言うんだけど……」

「え!?」

 海斗くんの名前を聞いた途端、瑠美子が口をあんぐり開けた。予想以上に大きなリアクションで、逆にあたしの方がぎょっとしてしまう。

「え……どうかしたの?」

「いやだって、海斗って名前の先輩って佳奈先輩が好きだった人じゃん……」

 瑠美子は佳奈ちゃんとも仲が良かったから、きっといつかしらに聞いたのだろう。

 途端、どっと後ろめたさが込み上がってきた。

 今瑠美子が言った通り、結果的にだけれど、親友の想い人を奪ってしまったという事実はどう足掻いても変わらない。

 自分がした返事は、間違いではなかったのか。

 あの時、断る理由が無いからと何となくOKを出してしまったけれど、果たして本当にあれで良かったんだろうかと。

「うーん、しっかし予想が外れましたねこれは。てっきり私、お姉ちゃんはあの柏野先輩が好きなのかと思ってたんだけど、なんだ違うのか~……」

 彼の名前を聞いた途端、どきっと心臓が跳ねた。同時に、罪悪感にも似た焦燥が身体を駆け抜ける。けれど今回も、その正体に辿り着くよりも前に口が勝手に動いてしまう。

「だから、柏野くんはそんなんじゃないってばっ!」

「えー、だってさ……――」

 あたしが否定すると、それに反論しようと瑠美子も口を開きかける。けど出かかった言葉は途切れて止まった。瑠美子が納得しているようなしていないような微妙な表情で、自分の頭をごしごしと撫でる。

「いや、やっぱ良いや。でもさ、お姉ちゃん」

 それまでの、いつもの様なかったるさが浮かぶ目ではなく、あたしの瞳の奥を覗くような真剣な眼差しでじっとこちらを見つめる。

「自分に嘘吐くのだけは、止めた方が良いよ。苦しいだけだから」

 その言葉が妙に心を揺らした。

 あたしが自分に嘘を吐いてる? そんな訳がない。そもそもそんな必要が無いし、心当たりだってない。その筈なのに、心のどこかに瑠美子の一言が引っ掛かっていた。

 一方の瑠美子は既にあたしから視線を外して、首を捻って唸っている。ぱっと顔を上げて提案する。

「まぁさ、私に何言われても実感湧かないと思うから、取り敢えずその、海斗先輩――だっけ? をデートに誘ってみるのが良いんじゃない? 丁度今週の土曜は盆踊りあるし」

「ええー!? あたしから誘うの!? 無理無理無理無理、そんなの絶対無理だってっ!」

「何で? 適当に、今度一緒に盆踊り行こうって言えば良いんだよ? いつも佳奈先輩と約束するときみたいな感じで」

「言うのは簡単だけどさーっ!」

 あたしが半ば涙ぐんで首を振ると、瑠美子は呆れた溜め息を一つ入れてずいっと顔を近づけてきた。

「いい? お姉ちゃん。恋愛事情については私の方が先輩なんだから。この案件については私の言う通りにした方が良いと思うけどなー」

 確かに、普段ならこういう事は佳奈ちゃんに相談しているんだろうけど、今頼れるのは瑠美子しかいない。親には何となく知られたくないし、他にこんな話できる友達もいないし……。

 呻き声を洩らしてがくっと項垂れた。

「むぅ~~……分かった、やってみる……」



*********************************



 不意に俺の頭の中を、ついさっき自身が発した一言が過る。


「いつか俺を好きにさせてみせる」


 だあああああああああああああああああっ!!

 と、頭から布団を引っ被って叫びたい気分になった。何なら叫ぶ前に1、2、3のカウントを入れても良い。それでプロレスラーになって参議院議員になっても良い。

 しかし実際は食事中なので、咳払いをするだけで済ませた。

 サラダの端に盛り付けられたミニトマトを口に放り込む。

 たった2時間ほど前の俺をブッ飛ばしに行きたい。マジでどんだけ臭い台詞を吐いてんだ俺は。

 あーあ、成海と佳奈のやつ、今頃思いだして笑ってねぇかなぁ。いや、成海はそういうことはないか。でも佳奈の方は今度会った時とかに話のネタにされそうだなぁ。あそこだけ忘れてくんねぇかなぁ……。

 嫌な想像を振り払うように頭を左右に軽く振って、その恥ずかしい記憶をトマトと一緒に嚥下(えんげ)した。

「ねえ海兄(かいにい)、何か良いことあったの今日?」

 俺が飯を食べている向かいで勉強をしていた妹の風花(ふうか)が、俺の顔をまじまじと見つめる。

「……何でそう思ったんだ?」

「だって帰ってきてからずっとニヤニヤしてるから」

 ほーん、これは重症ですね……。

 いやしかし、こればかりは仕方ないな。だって中学の頃から好きだった女子が交際OK出してくれたとか人生のピークでしょ。今おみくじ引いたらたぶん大吉出る。

 ……でも妹にバレちゃうとか相当なのでちょっと気をつけよう。

「まぁ、(ふう)の言う通り、今日の兄ちゃんはご機嫌だから今なら宿題手伝ってやらんこともないぞ」

「え、それ本当!? じゃあ計算ドリルやってっ!」

 俺の申し出に、風花が目を輝かせる。フッ……計算ドリル如き、今の俺の敵じゃねぇな。逆に計算ドリルに手こずってたらヤバいどころの話じゃねぇけど。

 しかし何なんだよ、この満面の笑みは。天使か。もう風花の嬉しそうな顔を見ただけで、思わず漢字ドリルまでやってあげたくなっちゃうところだが、しかしあんまり甘やかし過ぎると風花のためにならんよな。

 それは親も思うところがあるのか、微笑ましげに俺達の様子をキッチンから眺めていた母親が口を挿む。

「海斗ー、ちゃんと風花にもやらせなきゃ駄目よ。それにあなたも自分の宿題があるでしょう。それとも、もう終わらせたの?」

 HAHAHA! もぉーー何言ってんのかね、マイマザーは。何年俺と暮らしてんの?

「やってるわけねぇだろ」

 いやしかし、やらなきゃマズいのは分かってるんですけどね……、それでも最後の一日まで残してしまうのが夏休みの宿題というものである。逆説的に8月31日に残ってない宿題とか、そんなのは夏休みの宿題じゃない。じゃあ何だ。

 まぁそんな感じで取り敢えずやることは決まったので(俺の宿題じゃなくて計算ドリルね)、ちゃっちゃと飯を済ませてしまう事にした。

 残っていたおかずを取り敢えず白飯の上に乗せて、一気に掻きこむ。最後に味噌汁を飲み干して、ご馳走様。食べ終わった食器をキッチンに運んだ。

「よっし、じゃあやるか! (ふう)、計算ドリルは?」

「はいこれっ!」

 風花がA4ぐらいの、普通の教材より少し大きめの冊子を差し出してきた。水色の表紙には、まんま“計算ドリル”と銘打たれている。

「それ全部だからー」

「全部かよ……」

 いや確かに高校2年生が本気で小学4年生の宿題をやれば、たぶん1時間も掛からずに終わるから別に良いんだけどさ。

「でも難しい問題はやっとくけど、簡単なのは自分でやるんだぞ。割り算は後々すごい使うからな」

 言うと、風花はちょっとむくれたように頬を膨らませながらも渋々頷く。そのとき風花がふと何かを思い付いたように胸の前でぱんっと手を叩いた。

「あっ! じゃあそれ終わったら海兄、絵日記の絵も描いてよ。もう下のところは書いてるんだけど絵がまだなんだー」

「おう、それだったら幾らでも描いてやるぞ」

 因みにどうでも良い情報だが、俺の美術の評定は8である。これクラスメートに言うと意外がられるんだよな……。

「じゃあちょっと取って来るねっ!」

 言い残してリビングを出ると、ダダダーッと階段を駆け上がって行った。

 それを見送ってから、瞑目。からの大きく深呼吸。その吸った空気が全部無くなるまで長く息を吐き出した。

 よしオーケー、ここで一旦クールダウンを入れよう。

 さっきからやけにテンションが高くてなんだか疲れてきてしまった……。これは客観的に分析するとアレだな。告白が成功して調子乗ってるパティーンのヤツだ。大丈夫、自分で調子に乗ってるって気付いてる内はまだ大丈夫。

 ――ピンポンパンポンパンポンッ!

 突然、あまり聞き慣れない音が居間に響く。しかもメールなどと異なりその音は連続して、鳴り止む気配が無い。同時に尻ポケットのケータイが小刻みに振動していた。

 画面を見てみると、成海からの電話だった。

 え、何で電話……。っていうか何でさっき送ってきたばっかの成海から? おい、ちょっと待て。俺、佳奈と風花以外の女子からの電話とか初めてなんだけどこれどうすりゃ良いのん?

 出るしかないでしょ。

「あー、もしもし」

 いつもの俺っぽく、変な声にならないように細心の注意を払って電話に出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ