#12 焼そばより花火
待ち合わせの駐車場で待っていると、打ち上げ直前のアナウンスがかかり始めた頃、白波瀬と柏野海斗がようやく戻ってきた。成海もこちらへ向かってくる彼らに気付いた様で、ぴんと腕を伸ばして大きく手を振る。
「二人とも遅いよー!」
「ごめんごめん! 輪投げもしてたら遅くなっちゃった」
と、りんご飴を成海姉妹に手渡し、成海はそれと引き換えに買っておいた白波瀬の分のラムネを差し出した。
「はい、これ佳奈ちゃんの」
「ありがと」
因みに、成海は自分用に一人だけわたあめを買ったのだが、二人を待つ間に元の半分ぐらいの大きさになっていた。それにしても、わたあめってちょっと茶色く染めればたちまちカマキリの卵……。
そんな事を考えていると、顔のすぐ脇にぬっとりんご飴が差しだされる。それを持つ手を辿って顔を上げると柏野海斗だった。
「ああ、ありがとう」
お礼を言って受け取って、そして僕も渡すべきものを差し出した。だが彼は何も言わずにそれをただ無言で受け取った。
怪訝に思って隣に腰を下ろした彼の顔を少し覗き込むが、しかしどこか上の空で、覗きこむ僕に気付いている様子はない。ついっと視線を上へずらし、その理由を悟った。
……白波瀬に告白されたか。
まぁ前々から白波瀬の気持ちを知ってはいたが、このタイミングで告白するとは予想していなかった。しかし彼らと別れる前に白波瀬はそんなこと露ほども考えていなかったので、きっとノリとか流れとかで告白したのだろう。
因みに今までもそうして出来たカップルを結構見てきたが、長く続いているのを見たことが無い。
だが当人たちの様子を見たところ、柏野海斗はまだ返事をしていないな……。
彼が好意を寄せているのは成海。それなのに白波瀬の態度にあまり変化が無いのは、未だ答えが出されていない証拠でもある。
そうして、結局は推測の域を出ない考察をしていた時――
胸を叩くような低い破裂音が僕の意識を呼び戻した。パッと周囲が緑色の光で照らされ、続いてパチパチという拍手音のような乾いた音が響く。
打ち上げが始まったのだ。
「わーっ、きれー!!」
次々に打ち上げられる火薬によって、夜空に色とりどりの花が咲き乱れる。花火で視界が明滅するたびに下の方から歓声が聞こえてきた。
そう言えば、花火をこんなに近くで見たことはなかったな……。面倒くさがって花火大会に行く事がそもそもなかった。それが今回に限って行こうと思ったのだから、不思議なものだ。
我ながら、その変化は良いものであると思う。
「たーまやーっ!」
「かーぎやーっ!」
どこからかそんな掛け声が聞こえてくる。と思ったら、すぐ隣からだった。成海姉妹と白波瀬が花火が打ち上がるたびに叫ぶ。そんな彼女らとは対照的に、僕を含める男子三人は穏やかに空を眺めていた。
淡々と焼そばを口に運んでいると、その柏野海斗を挟んで隣に立つ河内山がこそっと囁くように彼に問いかける。
「海斗ー、お前何かあったん?」
「……いや、別に」
答える直前のその小さな間を河内山は見逃さない。
『あー、これは白波瀬さんと何かあった臭いなぁ……』
河内山が僅かな手掛かりだけでそこまで思い至っていたことに、僕は驚きを隠せなかった。流石というべきか否か、彼らは思った以上に互いの変化に敏感なのだ。心が読めなくてもある程度は分かってしまう関係。
成海を除いて友達と呼べるものを持たない僕から見ると、それはとてもまぶしく映った。
頭上の空には鮮やかな火花が降り注いでいる。それらが消え切らないうちに次の花火が打ち上げられ、世界を止めどなく照らしていた。真っ赤な牡丹のような花火が上がったかと思えば、今度は黄色みがかった菊が花を咲かせる。優雅に流れるしだれ柳も実に美しいものだ。
しかし突然、その連鎖が途切れた。
ひゅるるる……っと儚く音立てて打ちあがった火薬の一つが、その花を咲かせないのだ。いや、正確にはばらばらと地味な花火が幾つか散っているが、それまでのものと比較するとやたらショボい。
「あれ? 失敗かな――」
左のほうからそんな呟きが聞こえた。そう思った直後――。
ばらばらという花火の爆発音が一層強く激しくなる。まさに千輪の花火が弾けた。
ほう……と我知らず感嘆の吐息を零す。坂下の方からも歓声が聞こえてくる。そこには良い方向に予想を裏切られたことへの賞賛も含まれている気がした。
まだ溶けこめてはいないけれど、今だけでも僕も彼らの一部になったつもりでいたい。
だから今は、花火を楽しもう。
この冷めかけた焼きそばを食べながら。