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#10 案外難しい金魚すくい

 先ほどの成海の「わたあめ無くなっちゃう」発言も案外的外れではなく、きっと夕飯は祭りで済ませてしまおうという考えの人が多いのだろう、特にたこ焼き屋や焼きそば屋といった食べ物の店には長い列が出来ていた。

「じゃあ最初は何しよっか!」

 くるっと振り返った成海が尋ねて、それぞれの顔を順に見回した。

「ウチは何でもー」

 ひらひらとどうでも良さげに佳奈が手を振る。

「私も何でも良いやー」

 成海の妹が頭の後ろに両手を回して半眼で答える。

「僕も特にないな」

 やっぱり柏野はクールにキメる。

「俺は成海さんと白波瀬さんとなら何しても天国だよ~~、ムフフ」

 お前はそのω(オメガ)みたいな口やめろ。

 ふと成海に目をやると、俺の回答を求めてこちらを見つめていた。その瞳は若干潤み始めてきている。正直俺も、したい事はと聞かれても特にないのだが、なんかここでそれを言うと成海が泣き出しかねない気もしたので取り敢えず無難なところを……。

「あー……じゃあ、金魚すくい、で」

 と俺が答えたことが余程嬉しかったのか、ぱあっとその表情が華やいだ。

「それじゃあ金魚すくいに行こー!」

 ――おっと危ない。あと一歩で、オーッ! と拳を突き上げてしまうところだった。

 しっかし冗談抜きで、成海の元気さは異常。多分俺の小学生の時と競うレベルだ。下手すりゃ成海一人分の元気でブゥを倒せるまである。

 まぁそれはさて置いて。

 そんな感じで最初に訪れたのは金魚すくいの店だった。屋台の前にでーんと置かれたでっかいプラ箱の中では、数多の金魚が泳いでいる。まさに現在進行形で金魚すくいを楽しんでいる子どもが何人かおり、それぞれの手に握られたポイから金魚たちが必死に逃げていた。

 そういえば小学校の頃、祭りで取った金魚を自宅で飼ってるガーに餌としてあげてる友達がいたなぁ……。

 あの子ども達、金魚どうするんだろう。などと金魚の行く末を心配していると、その隣で成海がやる気満々に腕まくりをしていた。

「そんな本気でやらんでも……」

「だっていっぱい欲しいじゃん!」

 じゃん! とか言われてもその気持ち全然分かんねぇんだけど。

「おじさーん、一回で!」

 クレジットカードで支払いする時みたいなことを言いながら百円玉を二枚差し出す。水色のポイと、すくった金魚を入れる用の丼ぶり程のプラスチック容器を受け取っていた。目の前でしゃがんで狙いを定め始める。

 すると、俺と並んでその様子を見ていた成海の妹が、うーんと唸り声を上げた。

「なーんか、お姉ちゃんが本気で金魚すくってるの見てると自分もやりたくなってきちゃうんだよなぁ。……あたしもやろ」

「じゃあウチも」

 と、成海の妹と佳奈もお金を払って金魚すくいのセットを貰い、結局2人ともプラ箱の前にしゃがみこんでいた。そんな少女三人の背中を眺めていると、“ああ、祭りだなぁ”と改めて思ってしまう。

 突然、成海が立ち上った。え、早くない?

「あーあ、破けちゃった……」

 残念そうに成海が呟く。左手に持つ容器の中には一匹の金魚も入っていなかった。

「あはは、お姉ちゃん下手くそー」

「うるさいっ」

 成海を指差して笑うその妹。確かに下手くそだけど容赦ねぇな、おい。

 しかし流石に高校生ともなればおじさんもそう簡単には網を貸してくれないようで、ガハハッと一笑すると、成海から破れたポイと容器を受け取っていた。

「うぅ……くやしい」

 成海が金魚たちを名残惜しそうに見つめながら、胸の前で拳を握りしめて悔しがっていた。別に最後の一回だったわけじゃねぇんだからもう一回挑戦すれば良いじゃねぇか……。

 不意にその視線を俺へ向けた。

「海斗くんは? やらないの?」

 え、俺もやるの? と一瞬思ってしまったが、たとえ本心ではないにしろ、ここに来たいと言ったのは一応俺なのだ。本当はちょっと面倒だがまぁ別に一回くらいやってもいいか。

「ああ、やるよ」

 答えて金魚すくいの列に並ぶ。それにしてもこれやってる平均年齢っていくつなのん? 俺たち以外で高校生いないんですけど……。

「ああー私も破れちゃったー」

「ウチは端っこの方が生きてるからまだイケるっ、まだイケるっ、マイケルっ!…………あ、死んだ」

 成海の妹と佳奈もようやくポイがダメになったようだ。何なのその掛け声。

 それはそうと、流石と言って良いのかどうかは分からんが、二人が持つ容器の中にはそれぞれ3匹の金魚がおり、その表情はかなり満足げ。

「いやー、ウチでもこんな取れるのに。やっぱなる下手だわ」

「リベンジするもん!」

 ぷくっと頬を膨らませて成海が俺の後ろに並んだ。やっぱりやるんですね……。

 そうこうしている内に、俺の順番が回ってきた。おじさんに二百円を渡してポイと容器を受け取る。空いてる角の方に取り敢えず陣取った。そういや金魚すくいとかやるの何年ぶりだ? たぶん中学入った辺りからやってない気がするんだよなぁ……。少なくとも3年はやってない。

 まぁそんなことはどうでも良い。今は目の前の金魚に集中だ。

 しかしざっとプラ箱の中を見回してみると、結構色々種類がいる。メジャーなところだと和金、クロデメキン、メダカ辺りだが、他にもコメット、リュウキン、テツオナガもいる。よくよく見てみるとドジョウまでいる始末だ。

 言っておくが、これだけ種類が豊富なのは今時珍しい。っていうか太っ腹。大抵はケチって和金とクロデメとメダカだけだし。最悪クロデメすらいないまである。

 まぁその話は置いておいて。よし、ここで金魚すくいのコツをおさらいしよう。

 まず最初に、狙いを定める。

 当たり前だが獲物がデカイほど紙は破れやすい。だから数を取りたければ小さいヤツを狙っていくしかない。けど流石にメダカを何匹すくおうが虚しいだけなのでここは和金やコメット辺りを狙うのが無難だろう。

 第二に、戦法だ。

 ポイを沈めてその上を金魚が通るのを待つ、というのをよく見かけるが、しかしやったことがある人は分かると思う。あれって金魚ども普通に寄ってこないし、ただ紙がふやけてくだけなんだよなぁ。何だかんだ言って、サッとすくってサッと入れちゃうのが一番良い。案外スピード重要。

 第三に、ポイの使い方。

 まず金魚をすくう時にポイを全部水に浸けるとか以ての外。水に触れさせるのは常に最小限であるのが原則みたいなもんだ。

「うし、やるか」

 我知らず、腕をまくっていた。


 結果、5匹。まぁ別に家で飼うつもりは全然ないからリリースしたけど。

「おおーっ! 海斗くん凄い!」

 その数を見た成海が称賛の声を上げる。っていうか成海、俺の後ろに並んでなかった? 俺より早く終わってるってどゆこと?

 しかし褒められるのは嬉しい。でももうちょっと声のボリューム落としてくんないかなぁ。めっちゃ注目浴びちゃってるんですが……。

「そんな言うほどじゃねぇよ」

「とか言ってー、実はなるに褒められて喜んでるくせに。まったく素直じゃないんだからー」

 佳奈が茶々を入れてくるが、しかし面映ゆく思っていたのは事実で案外否定もできず、思わず言葉に詰まってしまった。それを隠すように努めて冷静に返答する。

「誰だって褒められれば嬉しいに決まってんだろ」

「へー、そう」

 その含みのある物言いに少しドキリとさせられる。

 と、唐突に、背後で「おおっ!」という小さな歓声が上がった。近くにいた小学生たちも、すげぇ!? と目を輝かせている。その視線を追って何事かと振り向いてみれば、さっきまで俺がいた場所で柏野が金魚すくいに挑戦していた。

 へー、あいつもやってんのか。どんぐらい取れてんだ?

 成海に褒められた所為で、その時の俺は多少調子に乗っていたのかもしれない。だから得意げになって柏野の容器を覗きこみ、そして息を呑んだ。

 ……4、5、6匹!?

 もちろんそれだけすくえば容器はもう金魚でいっぱい。それなのに彼のポイは端の方が小さく破れているだけで、半分は濡れてすらいない。不意に柏野が小さく息を吐いて立ち上った。

 店主が声を掛ける。

「も、もういいのかい?」

「ああ」

 短く答えると、すくった金魚をボチャチャッと全部逃がして空になった容器とまだ使えるポイを店主に渡した。

 踵を返した柏野に成海がとててっと駆け寄っていく。

「柏野くん、何匹だった?」

「6匹」

 柏野がこともなげに答えると、成海が驚愕に目を丸くする。

「えっ! そんなに!?」

 しかし柏野は然して興味もなさそうで、それ以上何か言い添えようという気配は無い。だから俺が代わりに勝手に付け加えた。

「それだけじゃないぞ。まだポイも半分ぐらいしか使ってなかったから、たぶんやろうと思えばもう5、6匹は取れたんじゃねぇの。だろ?」

 と同意を求めるように柏野に目をやる。するとちょっと驚いたように俺を見ると、軽く首肯した。

「ああ、まぁ……」

「すごーいっ!!」

 成海のやつ、さっきからそれしか言ってねぇな……。

「成海はどうだったんだ?」

 柏野が尋ねると、成海は待ってましたと言わんばかりに、腰の後ろで組んでいた手を解いて勢い良く突き出した。

「……見てこれっ!」

 その手に金魚の入ったビニール袋をぶら下げて、誇らしげに胸を張っている。いや、そんなドヤ顔されても一匹しか取れてなんですけどね……。

 そう思ったのが表情に出てしまっていたのか、成海が途端に不機嫌そうに口を尖らせる。

「あーっ、二人とも何よその顔ー……」

「あーいや、俺は別に」

 ここで本当のこと言っちゃうとなんかアレなので、そうはぐらかしたのだが、しかし柏野にそんな気は全く無かったようで――。

「……自慢してる割にずいぶん少ないなと思っただけだ」

「確かに柏野くんに比べればそうだけどっ! ……でも何でそんなに上手なの?」

「小さい頃、暇な時とかビニールプールを使ってやってたんだ」

 おいマジかよ。自分ちでも金魚すくいやっちゃうとかどんだけガチ勢だよ。でも、その金魚どうしたのん?

 とやっぱり俺が金魚の行く末を心配していると、柏野がチラッとこちらを一瞥して言い加えた。

「もちろん使っていたのは本物の金魚じゃなくてプラスチック製のオモチャだが」

 まるで俺の心が読めているかの如く、疑問に答えてくれた。あんまり的確だからちょっとビビっちゃったじゃねぇか……。まぁとにかく、ずっとこうして屋台の前で駄弁ってるのも他の人の邪魔になるだろう。

「取り敢えず、別の所行こうぜ。成海、次は何したいんだ?」

「え? あ、うーん……やりたいことがいっぱいありすぎて分かんない……」

 頭の後ろを撫でながらえへへ……とはにかんだ。え、何この子、狙撃手なの? あとちょっとでハートを打ち抜かれるとこだった。

 ふと、成海が何かに気付いたようにきょろきょろと辺りを見渡し始める。

「あれ、そういえばさっきから佳奈ちゃんと瑠美子がいないんだけど……」

 言われてみれば、ちょっと離れたところに隼輝が立ってるだけで二人の姿はない。まぁあいつが事情を知ってそうだけど。

「おい隼輝、佳奈と成海の妹どこ行った?」

「ん? それならさっき――」

 隼輝が自分の後方をびっと親指で示す。その先に屋台に並ぶ二人の姿があった。店の脇には氷の赤文字が特徴的な水色の(のぼり)がはためいている。

 しばらくして、佳奈と成海の妹がかき氷を抱えて戻ってきた。

「あっ! 瑠美子、あたしにも一口ちょうだーい」

 成海が妹に向かってあーんと口を開ける。もし俺が成海の妹の立場なら即行で食べさせちゃうところだが、成海の妹は呆れたように小さく溜息を吐くに留まった。

「そう言うと思ってお姉ちゃんの分も買って来たよ。はい、どうせお姉ちゃんいちごでしょ?」

 と二つ持っていたかき氷の内、てっぺんがピンク色の方を成海に渡した。成海がそれを受け取って、おおっ! と目を輝かせる。

「さっすが瑠美子、わかってるじゃん!」

 とても嬉しそうに、ストローの先端が平べったくなってる奴でかき氷の山をしゃくしゃくしはじめる。

「めっちゃ零れてんぞ成海……」

「でもこればっかりはしょうがないよー。こうやって混ぜないと、最初は美味しくても後でシロップが足りなくなって不味くなっちゃうんだから」

 至極正論である。因みに、客に優しいかき氷屋だと、器に半分ぐらいまで氷を入れたところで一旦シロップを掛けて更にその上から氷を入れるという方法を取ってくれるので、そういう損が無くて済むのだ。

 サービスでシロップ多めにしてくれる人とかたまに居るんだけど、あんまりそういうサービス要らないんだよなぁ……。どうせ最後の方は溶けちゃって飲む羽目になるだけだし。

 なんていう俺の心中など他の連中は知る由も無く、佳奈が俺にもかき氷を薦めてくる。

「男子三人も買ってくれば? ここで待ってるから」

「や、俺はいい」

「僕もいらないな」

「あ、白波瀬さんの食べ残しなら俺は欲しいかも」

 隼輝のコメントに佳奈は一瞬嫌そうな顔をして答える。

「河内山は黙ってろし。っていうかウチ全部食べるから」

 問題はそこじゃないと思うんですけどね、ええ。その反応だと、全部食べなかった場合はあげちゃうことになるけど良いのかよ……。

 しかし隼気もそのことには気付いてない様で、大袈裟に残念そうな顔をして見せた。

 かき氷を口に入れて、呻きながらこめかみの辺りを押さえている成海に目をやる。

「それで、次はどうする?」

 問いかけると、成海が一旦かき氷を口へ運ぶ手を止めちょっと考えるように顎に手を当てる。それから何か思い付いたように、あっ! と声を上げた。

「コリントゲームとか!」

 ああ、あれか。棒引いてゴルフボール弾いて、釘で作った窪みに入れるヤツだ。たまに一番上からただ転がすだけのタイプもあるけど。

 そうして今回も誰も異議を唱えずコリントゲームをしに行くのかと思っていたのだが。

「あ、ウチ射的やりたい」

 思わぬ人間が異論を呈した。さっきまで何でもいいとか言ってただろお前……。

 見事に意見が割れてしまった。ぶっちゃけちゃうと、コリントゲームでも射的でもスーパーボールすくいでもストラックアウトでも輪投げでもくじ引きでもクワガタガラポンでも何でも良いんですけどね俺は。

 あーいや、ダメだよ? 何でも良いは一番ダメ。だから良い子のみんなは大人になったらちゃんと選挙に行こうね。……僕はいったい何の話をしてるのん?

 しかし場が気不味くなるよりも早く、佳奈がある提案をした。

「あ、じゃあさ、どうせだったらここで一旦別れない? で、分担して食糧確保、みたいな。ウチと海斗でりんご飴、なると柏野くんでラムネ、河内山とルミルミが焼そばで。んでー……打ち上げ開始が6時半だから、それに間に合うように集合ってことで」

 ほうほう、確かにそれが一番効率が良いわな。6人でぞろぞろ動くよりそっちの方が遥かに早い。

 やっぱり4人でぞろぞろ歩くより、主人公以外の仲間三人は馬車に乗ってるべきだよね。え? ああ、ドラクエの話。

 そしてやはり佳奈の提案にはみんな賛成のようだった。いや、一人だけめっちゃ嫌そうな顔してる子がいますね……。しかし後輩であるという立場から何も言えず、しぶしぶ了承していた。

 さっきちらっと通りかかった時に値段だけは見ておいたので、それぞれお金を預け合う。

「集合場所、どこにする?」

 お金の計算をしながら佳奈が尋ねると、皆一様に首を捻った。

 花火が良く見えそうな場所は人が多く、また目印になりそうな物も特になくて集合がし辛いことに今気付いたのだ。それに蒸し暑くて、この人混みの中で花火を見る気にはとてもなれない。どっかに花火を見るのに良い場所はねぇもんか……。

「あっ!」

 と成海が何か閃いたらしく、声を上げて手を打った。今一瞬頭の上に電球見えた気がしたんだけど。

「じゃあそこの坂の上の駐車場は? あそこだったら花火も良く見えると思うし、人も少ないだろうし!」

 成海が海辺の道から分岐し、何度か蛇行して山を上っていく坂を指差した。確かその先には神社があって、駐車場はそこへ行く人のための駐車スペースであったはずだ。ほう……穴場だなこれは。

 ちょっとそこで花火を見るだけだし然したる問題も無かろう。邪魔になるようならその時だけ退けばいい話だ。

 そう取り決めて、俺たちは一旦そこで解散した。


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