第95話 リアムの過去③(リアム視点)
中学ではいじめがさらに悪化した。奴らは刃物を持ってきて、俺の毛や皮膚を切り裂いていく。その度に血が流れ、俺の毛が赤に染まっていった。彼女に助けを求めることもできた。でも、どうしてもその一歩を踏み出すことができない。一度切った縁を元通りにするのは、どうしても気が引けたのだ。
教師は何もしてくれない。俺が傷ついていく様を見て、楽しんでいるように見えた。俺はどんどんと、人間を信用しなくなっていった。
塔に帰っても、あの実験が待っている。俺が気を休める場所は、なかった。小さい頃は安心していた自分の部屋も、今となっては幼稚で落ち着かない。俺は、気持ちを我慢できずに一つの短編小説を書いた。王子が捕らわれ、報われない話……。俺も、こうなるのだろうか?誰にも助けてもらえず、ただ一人寂しく、死んでいくのだろうか?
神経を使い続け、いつもヘロヘロだった。休む場所もなく、次から次へと押し寄せてくる悪夢。それに耐えて耐えて、耐え続ける毎日。いつ、こんな地獄は終わるのか。永遠に終わらないじゃないかと思った。
「死ねよ、クズ」
「お前が生きてる価値なんてないんだよ」
「皆お前を嫌っているんだぞ」
「もう学校に来るな」
「獣人はこの街から出て行け」
「消えろ」
そんな声が聞こえてくる。街そのものが、俺を追い詰めていった。少しずつ溜まっていく憎悪。その憎悪は、どこにも発散されることなく……。爆発したのは、夏頃だった。
奴らは、俺を刃物で斬りつけていた。痛い……。腕を、脚を、体中のいたるところから血が流れていた。そんな時、一人の生徒がこう言った。
「そういえば、お前の両親はどうしているんだ?まぁ、お前の両親だからロクでもない奴だろうけどな!」
「というか、お前が住んでる塔ってどうなってるんだよ、え?」
……うるさい。なんで俺がこんな……惨めな思いをしなくちゃいけないんだ。俺が何をした。お前らに何かしたか。いじめが楽しい?腐ってる。父が殺され、実験道具にされ、街には煙たがられ、ここではいじめられる。いい加減にしろ……いい加減にしろ!
「っ……なんだよその目は?」
「……てやる」
「あ?なんて言った?」
我慢が、とかれていくのが分かる。深い憎悪が表面に出てきたのだ。
「お前ら全員、殺してやる!!」
俺は相手の刃物を奪い取り、一人一人斬りつけていった。何度も何度も斬りつけ、骨折するくらい殴って、一生傷痕が残るようにした。それでも俺の憎悪は収まらない。奴らが皆、うめいているのを確認すると、俺は校内に入って、人に出会う度にそいつを斬りつけ、殴っていった。それが関係のない生徒だろうが教師だろうがどうでもよかった。殺してやりたい、俺に与えられた傷を思い知らせてやりたい、ただそれだけを思い続けた。
何十人も斬った時にパトカーのサイレンが聞こえた。俺は校庭に出て、次の獲物を狙っているところだった。ふと、一人の女子生徒を見つけた。怯えていて、動くことができないようだ。丁度いい。俺は刃物をその生徒に向けて、走り出した。この学校、この街、皆許せない。報いを受けろ!生徒の心臓に刃物で刺そうとした時――
「危ない!」
横から何かの影が出てきて、その影の肩を斬り裂いた。その影は、
「あ……ああ……!」
ミリーネ・アスタフェイだった。肩からドクドクと血が流れ、痛みで顔を苦痛に歪めている。その時になってようやく俺は、自分が何をしていたのかに気づいた。無関係な人物まで傷つけて、俺は……俺は……。
「いたぞ!捕まえろ!」
俺は、警察に捕まった。刃物を地面に落とし、なす術もなく連行されていく。取り調べの時、何も言えなかった。研究員がすぐに釈放してくれたけど、その後が地獄だった。鎖に繋がられ、二日間も食事を与えてくれなかった。実験もさらに過酷になって、俺はこの時半分死んでいたと思う。
俺は、一番やってはいけないことをした。命の恩人とも呼べる人物を、傷つけた。俺は、本当に一人になってしまった。
あの事件の後、俺は暗い牢屋暮らしだった。実験の時しか出してもらえず、食事も一日に一回。パン一個に濁った水をくれるだけだ。外の光が差し込んでくるだけで、何もない。どんどんと精神が崩壊していった。何も考えられず、何も感じることができない。もう何も動じなくなっていた。感情というものが、死んでいく……。
いつ頃だっただろうか。研究員にあることを言われた。
「お前は来年、対白魔騎士団に入ってもらう」
ああ……そうか。何も感じなくなっていた俺は、そう思うことしかできなくなっていた。対白魔騎士団、俺はそこに入る。そして、俺は来年の四月に入団した。実験をされないだけでも少しだけ楽だ。入団して何をしろとは言われていない。他の人物と混じってろと言われているだけだ。
そんな中、俺は再び衝撃を受けた。ミリーネ・アスタフェイが……対白魔騎士団にいたのだ。見つけた瞬間、硬直をしてしまった。でも、もうほぼ無関係な間柄だ。声をかけることはできない。俺には誰もいない。誰に心配してもらう必要はない。俺は、独りぼっちだ。
これが俺の過去。俺の全てだ。その時、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。ドアが開き、ある人物が入ってくる。俺を攫った狼獣人だ。
「準備が出来たぞ。来い」
俺はその男の跡を追っていく。後ろでドアが閉まっていく音が聞こえた。
シュー……バタン。
リアム過去編は以上です。もっとダークネスに書きたかったのに……。今の自分ではこれが限界なんだなと思いました




