第93話 リアムの過去①(リアム視点)
俺は……街では化け物のような存在だった。行く宛先もなく彷徨い続け、たどり着いた場所。それがイデアルグラース。俺には、ここ以外に場所がなかった。対白魔騎士団にいた頃は、窮屈で息をするのも苦しかった。俺は望んで入った訳じゃない。蘇ってくる記憶、ずっと奥にしまいこんでいたものが溢れてきた。あの日を忘れることがない。モルモットのように扱い続けられた人生を。
俺は、山奥にある一軒の家で生まれた。母は俺を産んだと同時に亡くなったと聞いている。父と二人暮らしで、農業に励みながら、苦しいところもありながら暮らしていた。父はとても優しく、時には厳しいところもあったが、俺を愛していたことには間違いないだろう。
四歳になった時、事件は起きた。奴らが、イデアルグラースがやって来たのだ。今でも目的は何だったのか分からない。只事ではないことを察知した父は、俺を逃がすように促した。でも、俺は逃げるのに躊躇してしまった。父から離れるのが怖かったのだ。その時にした会話は覚えている。
「逃げるんだ、リアム!」
「でも、父さん……」
「必ず会える!だからそれまで逃げてるんだ」
その時だった。塞いでいた扉が決壊し、奴らが中に入り込んできたのだ。父は斧を持って、奴らを食い止めようとした。だけど向こうは大人数、その中の一人が銃を取り出し、父の頭を狙う。
「やめろー!」
そう言ったのかもしれない。言ってないのかもしれない。そして止める暇もなく、銃の引き金を引き、銃口から弾が出て、そのまま真っ直ぐ、父の頭を貫通した。あっという間の出来事だった。父は仰向けに倒れ、動かなくなった。俺は父の元に駆け寄る。
「父さん?……ねぇ、返事してよ」
もちろん返事は返ってこない。状況をつかめなかったのだ。父が、死んだことに。揺さぶっても、何度声をかけても、返事は……返ってこなかった。
「連れて行け。子供は捕らえろ」
「はっ。ほら立て!」
無理やり立たされ、俺は組織に連れていかれた。何も抵抗ができないまま。その後はよく覚えていない。父がどうなったのかは分からない。俺の心は悲しみで満ち溢れていた。父が死んだ、当時の自分はそれだけでショックだった。しかし、それは次第に怒りへと変わっていった。父を殺した奴を許さない。殺してやる、と。怒りと憎しみで、俺は復讐を誓った。だが、その復讐は、呆気なく崩れ去っていった。
俺は、巨大な塔に連れてこられた。そこで数々の実験をさせられ、俺は精神的に打ちのめされていったのだ。例えば頭に電気を流され、脳が割れそうな思いをしたことがある。苦しくて、つらい日々が続いた。食事も満足するほどもらえず、俺はどんどんと痩せていった。
そんな中、この街の幼稚園に通わされることになった。理由は聞いたことがある。その街には人間しか住んでいない。その中で俺が紛れたら一体どうなるのか、という実験だった。入園した当初、獣人や痩せ細っているというのが重なって、子供にも大人にも気味悪がられた。次第にそれがいじめへと発展していく。
「ほら、鳴けよっ猫!」
「幼稚園に来るな!」
周りがそのように俺を罵倒し続ける。だが、俺は仕返しなんてしなかった。獣人がいないこの街では当たり前の反応だと思っていたし、仕返ししたところで意味がないと感じていたからだ。
塔に戻れば、あの過酷な実験が待っている。それどころか、俺に暴力を振るってくる奴がいた。水に顔を押し付けられ、鞭で背中を叩かれ、犬用の首輪とリードを付けてきたりすることもあった。首が絞められて、息をするのも苦しかったのを覚えている。
誰も……俺を助けてくれる奴なんていなかった。塔にも街にもいない。俺は、独りぼっちだ。そう思った。そしていつしか、復讐という気力すら失っていた。
死にたかった。死ねば父の所へ行けると思っていたからだ。何度も何度も自殺を図ろうとした。でも、その度に研究員が止めてくる。貴重な実験道具だから、と言われ続けた。実験道具、俺はそのように研究員に見られていたのだ。やめてくれ、俺を解放させてくれよ、自殺が失敗する度にベッドで泣き続け、研究員を呪った。
街の人々は、俺に対して陰口を言うようになった。その声が、俺の耳にも届いてきそうな感じでとてもつらい。これだけがどうしても慣れることができなかった。
そんなある日、俺はいつもと変わらずいじめられていた。顔を踏みつけられ、罵倒する。死ね、消えろ、二度と来るな、そのくり返しが延々と続いていた時ーー
「ちょっと、何やってんのよあんた達!」
ミリーネ・アスタフェイが、現れた。




