第91話 塔の中にある家
中に入ると、最初はあまりの暗がりでよく見えなかったが、徐々に目が慣れると、そこにあったのはエレベーターと階段だった。上を見上げれば、天高くに天井があるくらいしか分からない。
「どうする?階段かエレベーターか」
アークが聞いてきた。普通にエレベーターを選ぶと思うが、この高さだと。
「エレベーターでいこう。時間があまりない」
誰も反対する人はいなかった。俺達はエレベーターのボタンを押す。ドアが開いて中に入る。一見なんの変哲もないエレベーターに見えるが……。
俺は最上階と思われる2と書かれたの行き先ボタンを押した。エレベーターのドアは自然に閉まり、上に上がっていくのが感じられた。
「このエレベーター……一階と二階しかないんだね」
「その間に長い距離があるのか……」
殺風景な箱の中に閉じ込められている気分だった。あまりにも壁が何もないほど真っ白なのだ。
「なあミリーネ、リアムの父親は本当に見たことないのか?」
「うん。以前、この塔を訪ねたときはインターフォンの声からしか聞かなかったから。それがどうかしたの?」
「いや……なんでもない」
リアムの父親、俺の予想が当たっていればその人は……。だけど、まだ分からない部分がある。
……。それにしても長いな、このエレベーターは。そろそろ着きそうな気がするけれど。
そう思っていた時、音もなく、エレベーターのドアが開いた。
確かめながら出てみるが、何もない。外へ続く階段があるだけだ。
「到着したみたいだな」
俺達は、一段ずつ階段を上っていく。外はもう雪が降り止んでいる。月が丸く光っていた。階段を上りきり、外へ出た俺達が見たものは――
「庭園?」
そう、規模は小さいけれど美しい花々が咲いている庭園があった。水車もあって、絶えず水が流れている。そこに積もった雪が重なって、さらに幻想的な風景を生み出していた。
「これは、リアムのお父さんの趣味なのかな?」
「分からないなぁ。リアムのパパに会ったことないから。それよりあれを見て!」
ミリーネが指差した方には一軒の家が建っていた。家というより屋敷に近い。そうか、ここは塔という形作っているだけなんだ。この屋敷がリアムが生まれ育った場所……。
ところで一つ気になったことがある。それは、この庭園が整備されていることだ。誰か住んでいるのか?
「屋敷の中に入ってみよう。もしかしたら誰かいるかもしれない」
大きな扉がそびえ立ち、俺とアークで扉を開ける。少し重いが大したことではない。……中は豪邸のようだ。どうやらリビングのようで、置いてあるソファやカーペットは高級品に見える。上にはシャンデリアまであった。
「ついさっきまで、誰かが住んでたみたい……」
クレアの言う通りに、この部屋も綺麗に整っていた。たとえ今いなくても、二、三日前は使っていた感じだ。
部屋の奥に古びたドアがあった。俺は迷いもなくそのドアを開ける。先ほどまで豪華だった部屋がメルヘンチックで、でもどこか怖い、そんな部屋だ。年齢は三、四歳ほどの部屋で証拠に幼児でも届くほどの高さしかない本棚に、あまりにも小さすぎる椅子とテーブル、おまけにぬいぐるみや人形が天井から吊るされていて、なんとも不思議な空間だった。
「誰の部屋なんだろう……?」
「リアム以外考えられないでしょ」
「そうなんだろうけど……中学生までこの部屋だったなんて考えるとちょっとね」
クレアが言い淀んだ。この部屋が彼の物だったとすれば、彼の心境は一体……。窓もないし、これでは外の様子を見ることができない。部屋に閉じ込められた気分になる。
「ねぇ皆ー、この絵本を見て」
ミリーネは、本棚から一冊の絵本を取り出してきた。題名は、『さらわれた王子様』。手描きだ。リアムが作ったのだろうか?
「読んでみるね」
ミリーネは表紙を開き、書かれている文字を読んだ。
――むかしむかし、ある国に一人の王子様がいました。王子様にはお金があるというわけではないですが、優しいお父さんとお母さんがいて、毎日が幸せに包まれていました。
ある日、遠くから来た悪者が王子様をさらっていきました。両親はいろんな方法で王子を助けようとしますが、どうしても相手は取り繕ってくれません。
五年が過ぎました。十年が過ぎました。両親の国はいつの間にか廃れていました。王子を助け出そうとして、財力を使い果たしてしまったのです。それでも両親は、王子を取り戻そうとします。そんな時、悪者は 王子を返すと言ってきました。向こうに言われた通りの時間と場所に両親がいたら、悪者がやって来て王子を見せました。両親が見たのは、痩せ細り、哀れな姿で死んでいる王子の姿でした。悪者は、
「お前の国の王子は、死んだ」と言いました。
その後、両親を見かけた者はいません。噂によると、両親は森の中へと消えていったそうです。おしまい。
「……」
「悲しいお話だね。この絵本、リアムが作ったのかな?」
ミリーネも言っていたが、確かに悲しい話だ。だが問題はそこではない。この絵本は中学生くらい書かれたものだろう。その理由として、難しい漢字をいくつも使っている。絵本というより、短編小説に近い。このバッドエンドな小説を書いたということは、彼の心の闇は相当深いか、あるいはこれを書いたぐらい出来事があったかぐらいだ。あるとすれば、ミリーネが言っていた人を斬り裂いた事件、あれと何か関係しているのかもしれない。
この部屋を調べてみたが、絵本以外は特に何も発見がなかった。俺達はリビングに戻る。
「二階があるな……」
アークが指摘した。上へ続く階段がある。暗い。何も見えない。この部屋が明るいだけなんだろうけど。
俺達はさらなる探索をするために、二階に上がっていった。




