第90話 塔へ……
「さあ、どんどん召し上がれ!他にもたっくさんあるからね!」
その夜、俺達はミリーネの家に戻り、夕食を食べていた。彼女の父も帰ってきており、家内は大賑わいだった。父はどちらかというと大人しいが、全く喋らないという訳でもない。そこは、俺の父さんと少し似ているところがある。
「しかし、ミリーネに男友達ができてるなんて驚いたな。やがてくっついたりして」
「……やだなぁ、パパ。そんなことあるわけないよー」
ミリーネは、リアムのことを両親にも話していないんだろう。確かに、街中で厄扱いされている人が友達なんて言ったら、必ず問題になるな。……彼女は、一体どういう心境だったんだろう。家族にも話せず、ただひたすら彼を守るのを、どう感じていたんだろう。
「ママおかわり!」
「はいはい。ミリーネは相変わらずよく食べるわねー」
表向きは、一切表情を崩していないけれど、彼女の心の内も複雑なんだろうな。
夕食を食べ終えて、俺達は部屋へと戻って、準備を整えた。俺は刀や必要なものを少しばかり持つ。今の時間は8時半、雪も降っているし、街は静まりかえっているに違いない。部屋を出ると、他の皆はすでに待機していた。それぞれ武器を所持している。アークは、武器というより、あのワイヤー銃を五つほど持っていた。
「なあアーク、お前なんでそんなに銃を持っているんだ?」
「前回、ヴァイス・トイフェルが襲ってきたみたいに、もし今度も襲われたときの為だよ。五つあれば、皆逃げることが出来るしね」
「なるほど」
クレアは拳銃の他にも爆弾を持っていた。こっちは二つある。ヴァイス・トイフェルが来ても、これがあれば安心だ。
ミリーネとシャーランは変わらず、槍と弓を持っている。
「ママー、友達と一緒に雪で遊んでくるー」
「分かったわ。パパとママは先に寝てるからね」
「はーい!」
これで大丈夫なのか……。外を出歩くには危ない時間だぞ。俺の母さんなら、よっぽどのことがない限り外出を許可しなかったのに……。
「それじゃあ、行こうか」
俺達はミリーネの家から出て、リアムが住んでた塔へと向かう。空からは行く手を遮るかのように雪が降り続いていた。
「静かだね」
「ここ最近、いろいろと物騒だからな。用心対策もあるんだろう」
塔が黒ずんで見えている。それがとても不気味で、よっぽどのことがない限り、誰も近寄ることがないだろう。雪はさらに激しく降り、足首の部分まで積もってきた。歩くペースが少し落ちても、塔に近づいていく。
「あらかじめ言っておくけど、塔の中には誰も入ったことがないから、何があるのか全然分からない。用心して進もう」
塔の中は誰も入ったことがない……か。街の人々も知らない、けれど身近にある存在。ますます謎が深まっていく。
広場を抜け、坂道をどんどんと上っていく。雪は降り止むというのを知らない。まるで、俺達を塔へたどり着けないようにしているかのように激しく降り続いているのだ。一歩一歩、確かめるように進みながら、俺達は塔に着いた。
遠くで見たときのイメージよりもはるかに大きくて、高い。黒い扉があるだけで他は何もなかった。
「近くで見ると、より不気味だな」
「うん。だから誰もここには来ないんだ。ここにリアムが住んでいたのも街の皆が彼を嫌う理由の一つなんだと思う」
ミリーネはリアムから貰ったという鍵を取り出した。塔の色と同じで、この鍵も黒い。鍵穴に差し込み、回転させる。カチッという音がした。ミリーネはドアノブを回して、中を覗き込んだ。
「誰も、いないみたい」
人がいないのを確認すると、俺達は中に入ろうとした。その時――
「ちょっと待って!手鏡持ってきちゃった」
クレアの手には、両親から貰った手鏡を持っていた。
「大丈夫だよ。それより時間がないから急ごう」
「う……うん」
クレアは手鏡をポケットにしまった。気を取り直して、俺達は塔の中へと浸入する。中に何があるのか、それはまだ分からない。




