第88話 故郷に着く
「着いたな」
電車を降りると何故か、レモンの香りがした。霧が少しばかり発生している。しかし、これはヴァイス・トイフェルが生み出したものではないようだ。気温はそれほど寒くなく、ちょうどいい感じだ。
「あたしについて来てー!街を案内するから!」
ミリーネを先導に、俺達は駅から出る。駅の外にはすぐに橋が架かっていた。橋の向こう側に街が広がっている。その周りは、自然で溢れかえっていた。山の斜面を利用しているため、坂がたくさんありそうだ。山のてっぺんに……塔みたいなのがある。
「ミリーネ、あの山のてっぺんにある塔みたいなのは何?」
「あー、それは後で説明するからまずはあたしの家に行こうー!」
そう言って、ミリーネは橋を渡っていく。ギシギシと音がした。木でできてはいるが、安全ではあるかな。
街に入ると人々が絶えずに通りを歩いている。いくつか出店があって賑わっていた。
「案外、賑やかな街だね」
「そうでしょークレア。でもね、市場の方はもっとすごいんだから!」
街の家はほとんどがレンガで造られていた。田舎に住んでた俺からしてみれば、特に珍しい光景ではないのだが、それでも久しぶりに見ると懐かしい感じがする。
だが田舎とはいえ、こんなに広い街だ。車がいくつか通る光景が見られた。観光客らしき人も見かける。ここは、観光地でもあるのだろうか?
「ミリーネ、この街は観光地でもあるのか?」
「うん、そうだよ。この街の風景が売りなんだ!」
そうなのか。まあ、街並みはとても綺麗だし、一つ一つの風景を守っている感じが見えてくるな。
「あれ、ミリーネちゃんだよね?」
「あっ、おじさん久しぶりー!」
出店を開いていた男性がミリーネに声をかけた。
「あらミリーネちゃん、いつ帰ってたの!?」
「マリナおばさーん!会いたかったよー!」
ミリーネが見知らぬ(俺達からしてみれば)女性に抱きついた。次々と彼女に声がかかっていく……。あの様子だと、相当この街でも目立っていたんだろう。
俺達は人混みをかき分けて、ミリーネを回収すると、即座にその場から去った。そうしないと埒があかないのだ。
「ちょっとー!離してよー」
「ミリーネ……気持ちは分かるが、俺達の目的は里帰りではない。挨拶くらいはいいがほどほどにな」
「ぶー!」
ミリーネは頬を膨らませ、怒ったような表情をした。その後も何人か彼女に挨拶をする人がやって来た。年配の人、同年代の人と幅広い。なんでも、ミリーネはこの街では結構有名人だったらしい。その明るい表情が街の元気の源とも呼べていたという。
一つ、気になったことがあった。この街の人々は誰もリアムのことを気にかける人がいないのだ。騎士団でも同じように、ミリーネほど目立っていたとはとても思えないが、だとしてもだ。ミリーネと一緒に騎士団に入団したということで、わずかながらも話題にあがるはずなのに……。この街でのリアムは一体、どんな人物だったんだろう?
ミリーネの家はこの街から少し離れたところにあった。彼女の両親にはすでに、俺達が泊まる連絡を受けている。昨日電話してしまったために、彼女の家内は準備をするのに暴れまわったらしい。こっちもいきなりで少し気まずい部分があるが……。
ミリーネはドアをノックした。中からドタバタと音が聞こえてくる。次の瞬間、ドアが一気に開いた。母親としては若い女性だ。年齢がまだ四十歳を超えていない気がする。
「まあ、まあ、まあ!おかえりミリーネ!元気だったー?」
「ママただいまー!元気だよー」
母と娘が玄関で抱き合った。彼女の元気は絶対に母親似だろうな。それから十数秒、二人はずっと抱きしめ続けていた。
「紹介するね!右からデューク、クレア、アーク、シャーラン!」
「どうも……」
「お邪魔します」
「あらこんなに!いらっしゃい皆、ゆっくりしていってね!」
ミリーネの母親の案内で俺達はそれぞれの部屋に通される。この家は案外大きいんだな。部屋数も多そうだし。そう思いながら部屋に荷物を置くと、ミリーネがやって来た。
「ねぇねぇ、皆で公園に行かない?」
公園か……。ここは彼女の故郷でもある。少しはゆっくりさせてもいいかな。そう思った。
「いいよ」
「よし!じゃあ皆呼んできてね、下で待ってるからー!」
そう言ってミリーネは、ドタバタと階段を駆け下りていった。この街に着いてから、彼女のテンションが数倍高くなったような気がしてならない。正直言って、今の彼女のテンションについていけないと思う。それでも、俺は皆を呼んで下へと集まった。
「じゃあ行こうー、公園へ!」
「いってらっしゃい、皆」
彼女の母の見送りに見守られて俺達は行く。
「ところで、公園ってどこにあるの?」
「ここからもっと離れたところ!そこで話せるから……あたしと、リアムの関係を」
ミリーネは真顔でこちらを振り向いた。さっきまでのテンションとは大違いである。俺達は……彼女に連れられて、公園へと向かった。




