第9話 目が覚めたら悪夢
目を覚ますと俺はベットの上で寝ていた。真っ白な壁に清潔な床、どうやら病院らしい。隣には父と母が椅子に座って眠っていた。
頭の中がわんわんと鳴り響く。現実と夢のはざまにいるような感じだった。少し時間がたつと頭がはっきりしてきた。母が目を覚まし、俺が起きているのに気づいてかけよった。
「デューク、良かった無事で……」
母はその後、温かいお茶をすすめてくれた。お茶を飲むと少し落ち着いてくる。医者と警察官が病室に入ってきた。
医者によると、どうやら俺は丸一日寝ていたらしい。軽い凍傷だけで済んだと聞いた時は驚いた。そもそも、ヴァイス・トイフェルの近くにいて、無傷で助かるなんてありえなかったからだ。
「ヴァイス……トイフェル……は?」
すると、警官がヴァイス・トイフェルの死体の写真を見せた。倒してくれていてほっとした。
「我々が駆けつけた時に君と人の血肉があったんだよ。思い出したくないかもしれない。でも、血液を採取した結果、リック・アルマンドという少年だった。間違ってるかい?」
……リック……。気が付いたときには遅かった……。ヴァイス・トイフェルに頭と上半身を一気に喰われ、残りのおこぼれも食べ続ける……。血、血、血――。
俺は絶叫した。耳をつんざく程大きく。そうだ、リックは死んだ!俺のせいで……。
「俺が、悪いんです。俺が……」
そのあと、俺は泣き続けた。深夜まで泣き続けた。両親が何回も慰めてくる。大丈夫、何も悪くない、と。
慰めなんていらなかった。俺は罪を犯したのだから……。
気付けば朝になっていた。周りを見渡すと病室とはまた違った場所にいた。黒い壁に薄暗く、鋼鉄製のドアがある。どのくらい泣き続けていたんだろう?
近くには水があった。からからになった喉をそれでうるおす。
突然、ドアが開き一人の看護師が入ってきた。俺は思わず後ずさる。
「怖がらなくていいわ。あなたを世話しているの。長いこと錯乱状態だったから……」
俺には心のケアが必要だと看護師が俺に言った。看護師の名前は分からなかった。彼女は言ったのかも知れない。でも、もう一度聞く勇気が何故かわくことがなかった。
その晩、俺は悪夢にうなされた。俺の向こうには一人の男が立っている。リックだ……。彼は冷たい目で俺を見ていた。すると、顔が破裂しリックの血が付着する――。
目が覚めたら汗でぐっしょりぬれていた。手がわなわなと振るえ、手の上に一粒の雫がおちた。……怖い。
両親、特に母が毎日のように一生懸命俺を看病してくれた。時折、医者もやってきていくつかの検査を受けたりする。運動をして、ご飯もきっちりと食べて、体重も増やした。すべてが順調にいく、医者達はそう口々に言っていた。俺もそう思っていた。でも、何かがすっきりしない気持ちだった。
事件が起きたのはとある昼ごろのことだった。トイレから病室へ戻ろうとしたとき、会うのにとまどっていた人物に出会った。そう、クレアだ。
顔は少し腫れていて目尻にはくまがあった。それだけで、事情をすべて知っている様子だった。
「や……やぁ、クレア……」
ぎこちないあいさつしか出来なかった。クレアも一瞬下を向くと俺に向き直った。
「気分は、どう?」
「……順調だよ。一週間くらいで退院できるって言っていた」
病院では特に変わらない言葉。今、彼女に謝るべきだろうか?俺のせいだって?でも、彼女は許してくれるだろうか?いや、何も言わないよりましなはずだ。……黙って、何も言わないよりは。
「……ごめんクレア。リックを、助けられなくて……」
彼女が身を引いた。当然かもしれないな……。それでも彼女は無言のまま聞いていた。
「俺のせいなんだ……。洞窟に閉じ込められられてる時、大人しく待っていればよかったのに……。俺が、俺が洞窟の出口があると気付いて……外に出たんだ。本当に、ごめん」
頭を下げて謝る。今の自分にとってはこれが精一杯の謝罪だった。
クレアの方を見た。彼女がどういう表情をしているのか分からない。すると、彼女の声が聞こえた。
「だから?」
「えっ……?」
思わず顔を上げる。クレアは……俺に冷たい視線を向けていた。
「私は、ようやく彼のことを思い出さないよう決めていたの!これ以上、リックを考えていると苦しくて……たえられないの!それなのに……。あなたのせいよ!」
違う、そんなつもりでいった訳じゃない!俺は……ただ……。
「つらいよ……こんなこと、誰だってつらい……。私だって……。でも、認めないと……リックは死んだんだってこと、受け入れなきゃ」
「……」
「あなたは自分を責めてるだけ!それじゃ何も変わらないし、何も進歩しないわよ!……あなたの話を聞けば、確かに、あなたが悪いわね」
クレアは泣いていた。半狂乱になりながら泣く。俺だってつらいよ………。
「……あなたが死ねばよかったのに!」
!!!!!!!!!!
クレアは俺を押しのけ、どこかへ行ってしまった。最後の……彼女の言葉を残して……。
目の前が暗くなる。俺は再び悪夢の世界へと引き戻らされた。