第86話 出発
何故、明日なのかと言うと今は金曜日だからだ。騎士団では一ヶ月に一回土曜日が休みになる。明日の土曜日はまさに休日の日なのだ。土日の二日間なら、焦ることなく行って帰ってくることができる。そういう計画だ。
このことを皆に話すとすぐに全員が承諾してくれた。俺とアークはすぐに外出許可証を書いて寮の室長に提出した。外出の目的など数個の質問をされた後に許可をもらうことができた。だが、あくまでミリーネの里帰りに付き合うというだけにして、鍵のことは一切言っていない。
これはあくまで、俺達が手がかりがあるかどうかを確かめるだけである。騎士団の人達まで巻き込むわけにはいかなかった。もし、危険だと思えばすぐに引き返せばいいのだから。引き返せなかったら戦うしかない。
ここで俺は重大なことに気付いた。そう、破邪の利剣が盗られたために、手元に武器がないのだ。仕方なく俺は、普通の戦士達が使っている刀を使用することにした。後でアークに聞かれたら、護身用と答えておいた。
その次に重大な事はお金のことだ。聞いたところによると、リアムの故郷に着くまでに一番速い電車でも一時間はかかるのだ。だが、俺達には速い電車に乗れるほどのお金を持ち合わせていない。電車を乗り継いで行くしかない。三、四時間くらいはかかるだろうが、それでも、たどり着くならば問題ない。
その夜、女子達の方も許可を取ることができたのが伝わってきた。これで何とか安心して行くことができる。
「そういえば、騎士団に入ってからの外出はこれで二度目になるよね」
「そうだな。もっとも、一年前のあれは外出というより研修みたいなものだったけどな」
それでもアークの言う通りに、これが二度目の外出だ。今回のは、前回ほど危険な旅にはならないだろう。いろんな思いが交錯しあう中、俺達は眠りについた。
夢を見ずに、深い眠りにつくことができた。
翌朝、駅のホームで二人の人物が見送りに来てくれた。ヴィルギルとシーナだ。二人だけには昨夜に真実を伝えていた。彼らなら、流石に秘密は流さないだろうと思っている。
「防寒服とかちゃんと着た、シャーラン?」
「大丈夫よ。もう子供じゃないんだから」
シーナはシャーランのことをやたら心配している。母と娘の図のようで、どこか微笑ましい。
「デューク、アーク」
「なんだ、ヴィルギル?」
ヴィルギルはポケットから一枚の小さな紙を取り出した。
「これ、俺の連絡先だ。何かあったら電話してくれ」
「……ありがとう」
「それとさ……もし、道中でリアムを見つけたなら、代わりに伝えておいてくれないか?もっと喋ったほうがいいって」
「分かった。伝えておくよ」
彼も、リアムのことが心配なのだろう。ルームメイトとしてでもあるが……。リアムがいた頃はどうだったんだろう。何も喋らず、何度もアタックしても今ひとつな反応しか返ってこない。そんな感じだろうか。
「そろそろ時間だ。行こう」
「行ってくるよ、シーナ」
「行ってらっしゃい、五人共ー!」
俺達は電車に乗り込んだ。電車のドアが閉まり、動き始める。景色が右から左へとゆっくり変わっていく。車内は静かで俺達以外は二、三人の客しか乗っていなかった。
「リアムの故郷ってことはミリーネの故郷でもあるんだよね?」
「そうだよ。楽しみだなぁ、パパとママに会えるだなんて!」
ミリーネはいつもの調子を取り戻したらしい。顔色も良くなり、元気になったようだ。
「そこに、手がかりなんてあるのかな?」
アークがそう言った。その場の空気が沈んだ気がする。
「あるよ、絶対に!」
ミリーネは立ち上がり、断言をするかのように言う。彼女とリアムの故郷には何があるのか分からない。謎が残っているのは確かにある。何故、リアムはミリーネに自宅の鍵を渡したのか?それも、目的地に行くことで判明するのだろうか。今は手探りながらも進んでいくしかない。
「あっ……」
俺はクレアと目があった。俺もクレアも恥ずかしさを持ったのか俺達は同時に目をそらした。
なんだろう……。昨日のこともあるがクレアと目があう度にドキッとする。一体、どうして。………これって、まさか……あり得ない。そんなの。あるはずがない。
俺はありもしない考えを奥深くに押し入れた。気を紛らわすために外の景色を見る。白い、とても白い雪が降っている。それはたとえ、小さくて弱々しくても、積もりに積もって大きくなり、気付いたときには誰よりも大きな存在へと生まれ変わっている。
恋愛なんて、あり得ないのだから……。絶対に。




