第84話 傷痕と偽物
「ぐっ……!」
俺は爆風に押されて、部屋の外へと飛び出していった。背中が、とても熱い。けれど、夜風に当たってゆっくりと冷えていく。
「皆、大丈夫?」
アークの声が聞こえる。背中は、大丈夫じゃないが……生きている。俺は他の皆を見た。四人全員いる。誰一人死んでいない。……よかった。
俺は部屋の中を覗いた。ヴァイス・トイフェルが爆発の炎に焼かれて死んでいく姿が見られた。この時になって刀を持っていって本当に助かった、と感じた。じゃなければ、確実に死んでいたはずだ。
「どうして……」
クレアが突然俺に問いかけてきた。どうしてって一体……。
俺は彼女を見た。向こうは、俺を見ていない。俺の下を見ている。彼女の視線に俺は合わせた。すると、そこには――
「あっ……」
謂れ因縁の書が、あった。
「どうしてデュークが持ってるの……?」
「こ、これは」
まずい、声がうまく出ない。ただでさえ突然の状況なのに……。
「おい、お前ら無事か!?」
俺が言葉を発しようとした時、どこかで聞いたことがある声が飛び込んできた。声がした方向を向くと、そこにはクラーク先生とその他の教師や兵士がいた。俺は先生に見つからないように、謂れ因縁の書を隠した。
「何があった?……いや、それは後でいい。まずはお前達の救護だ」
俺達はようやく助かることができた。でも、俺に残っているのは、度重なった不安と驚愕だった。
◇◇◇
翌日の早朝、俺達五人は何があったのかを伝えるために、スチュアート先生に呼ばれた。昨夜の出来事はしっかり脳に焼きついている。そう簡単には離してくれなさそうだ。
俺はスチュアート先生のドアの前に立ち、ノックをする。返事が返ってきた後に俺達は中に入った。スチュアート先生は、机の前に立っていた。
「昨夜は散々な目にあったと聞いている。思い出したくないかもしれないが、何があったのか……教えてくれないだろうか?」
「……ヴァイス・トイフェルとおそらくイデアルグラースの一味が襲いかかってきたんです」
俺は昨日の出来事を明確に説明した。部屋にある物資や武器を調査していたこと、その時に奴らが襲ってきたこと、その奴らがリアムを連れ去っていったこと、俺達五人で爆弾を使ってヴァイス・トイフェルを倒したこと、そして……コンラッドが裏切ったこと。全てを隠し通さずに話した。
話し終えると、俺は一息ついた。
「そうか、それはとても辛かったな……」
「あと、もう一つ分かったことがあるんです。この刀を持ってください」
俺はスチュアート先生に、破邪の利剣を手渡した。破邪の利剣は先生によってすでに調査し尽くされている。だから、この破邪の利剣を見ただけで分かるはずだ。
「……………偽物だ。どこですり替えられたか分かるか?」
「……多分、コンラッドに刀を渡した時だと思います。一回、刀から目を逸らした瞬間を狙って……」
そう、あの時にコンラッドが後ろを向くように促したのがあった。その時にすり替えられたと考えた方がいいだろう。
「あの、一つ質問が……」
アークが手を挙げた。その目には少しばかり動揺が映っている。
「二人は、さっきから何を話しているんですか?刀が偽物だと分かっても新しいのを使えばいいじゃないですか」
………………あっ。そうだ!四人はあの刀が破邪の利剣であることを知らないんだった。ええっと、どうしよう。どこから話せば……。
「こうなればもう隠し通すのは難しいな。真実を打ち明けよう。いいな?」
「……はい」
俺は、渋々と頷いた。
「はっきり言おう。あの刀は三種の神器の一つ、破邪の利剣なのだ」
「……えっ!そうなの!?」
ミリーネが声を荒げる。彼女は以前、三種の神器について調べていたことがあるから、驚きも倍増になるだろうな。事実、俺だってあの刀が破邪の利剣だと分かった時は驚いたし。
「破邪の利剣は、私が一度見たり触ったりしたことがあるからすぐに分かった。今回もこれを触っただけで偽物だと判明できた」
「では、イデアルグラースはデュークが持ってた刀は破邪の利剣だと分かっているのですか?」
「いや……そう考えるとちょっと違ってくる」
スチュアート先生はそう言い、窓の外を見た。そして、俺達に向き直る。
「奴らは破邪の利剣の存在は分からないで盗んだのかもしれん。デュークの戦い方を見て、その強さの秘訣は何なのかを見つけ出すためにまず、武器である刀を盗んだのだろうな」
イデアルグラースで交わったことは一年前の二回の出来事しかない。その時に、目をつけられたのだ。そして、俺の持ってた刀に注目した人物は――
(スドウ……あいつしかいない)
イデアルグラースの側近、彼ならそれくらいの力を持っているため、部下である五芒星に命令ができるだろう。……全てが迂闊だった。あの時、コンラッドに刀を渡さなければ。悔やんでも仕方ない。こうしている今でも、破邪の利剣が危機に瀕しているのだから。
だが、俺達は……。
「これから、どうすればいいんですか?」
下手に動くのはスチュアート先生が許してくれないだろう。かと言って何もしないというのも……。リアムが連れ去られたのだから。
「今、リアムの跡を追う捜索班を結成して彼を探している。イデアルグラースの手下達もまだそんなに遠くへは行ってないはずだからな。……何もしないのは嫌かもしれないがお前達には授業がある。済まないが今回の事は様子を見守っててくれないか?」
「……分かり…ました。失礼しました」
俺達はスチュアート先生の部屋から出た。授業を受ける、それが妥当だ。俺達はまだ学生、一人前の戦士ではない。悔しいけれど、今回の事は黙って見ているしかない。
「リアム……」
「大丈夫だよミリーネ。リアムは絶対に見つかるさ」
すっかり落ち込んでいるミリーネをアークが励ましていた。昨夜も彼女はずっとこの調子だ。今はいいが、長続きすると流石に心配になってくる。
俺はクレアの方を見た。クレアは俺を半信半疑のような目で見ている。そりゃそうだろう。リックが持っていたはずの謂れ因縁の書、彼が死んだと同時にその書物も行方不明なったはずなのに、俺が持っていたのだから驚くし、疑いもする。何故、自分に教えてくれなかったの、だと。
彼女は一足先に俺達のそばから離れていった。
「取り敢えず、何か足掻こうとしたところで無駄よ。学園長の言う通り、わたし達はここにいましょう」
シャーランが珍しく喋る。その言葉には重みがあった。
俺達は一時解散をすると、それぞれ色んな思いを馳せながら各自の部屋へと戻っていった。




