第75話 悪夢、悪夢、また悪夢
俺は長い通路のど真ん中に立っていた。床も壁も真っ白でそれが長く続いている。唯一、物があるとすればおもちゃが……積み木がいくつか散乱していた。アルファベットがあってそれぞれT、E、D、H、Aが書かれている。一回瞬きをすると、また別のものが出てきた。クレヨン……かな。二本の白と黒のクレヨンが俺の目の前に落ちていた。二本のクレヨンは勝手に動き回っていて、互いが互いの色を塗りつぶしていた。最初は互角だったのだが、次第に黒が負けていき、とうとう黒のクレヨンが、真っ二つに折れた。
突然、俺は走り始めた。背景がグニャグニャに曲がっていく。地面も曲がりくねり、走るのが難しくなる。どうなってるんだ?これ……。
俺は走り続けた。どんなに行く手は阻んでも、一歩が小さくても走り続ける。誰も、俺を止めることは出来ない。止められるはずがない。
コツコツと音がし始めた。床がコンクリートになったのだろう。それでも俺は走り続ける。向こうも諦めたのか、背景が曲がることがなくなった。
やがて、俺は通路に大きな穴を見つけた。中はとても深い。ゴォォォォという音が下から聞こえる。俺は中を覗いてみた。その時――
……あ………
誰かに、突き落とされた。ひっくり返って上を見てみたが、顔がよく見えない。どんどんと暗い闇の中へと落ちていく。あぁ、いっそこのままこの何にもないところ暮らそうか。その方が楽に違いない。誰にも縛られないのだから。謂れ因縁の書も、自分の運命とも――。楽になりたい。でも、そんなことが許されるはずがない。
俺は地面に激突した。別に痛くはなかった。俺はゆっくりと起き上がる。今は取り敢えず、自分の運命に立ち向かっていこう。そう思った。
その時、誰かの足音が聞こえてきた。俺は身につけていた刀を抜き、構える。どこだ……出てこい。
右から刃物が出てきた。俺は刀で受け止める。ぐっ……重い。なんて力だ……!
相手の顔はよく見えない。暗闇の中にいるせいで分からないのだ。それでも刀は見える。理由は俺の目のおかげだ。暗闇でも見える目を俺達獣人は持っている。本来ならば相手の顔も見えるはずなのにどうしても見えなかった。刃物しかないんじゃないか?
俺の刀が弾かれた。俺は相手の顔(見えないが……)を見る。すると、何か思い出したようだ。
「お前が……お前がリックを……!」
俺はそう言った。何を言っている?何故リックがここで出てくるんだ?
突如、スポットライトが現れた。俺だけを照らす光。と、もう一つのスポットライトが現れた。スポットを当てられているのは――
(父……さん?)
間違いない。俺の父さんが立っていた。何かを叫んでいる。何を言っているんだ?聞こえないよ、父……
グサッ……
何かが突き刺さった音が聞こえた。見ると、父さんが背中から心臓部分を刺されている。そのまま、なす術もなく崩れ落ちていく。俺は呆然と立ち尽くし、訳のわからない言葉で、叫んだ。
◇◇◇
俺は目を覚ました。また、変な夢を見た。どうなってるんだよ。しまった、目をこすってしまったせいで目が冴えてしまった。明日は日曜日だから授業に支障はないだろうけれど、それでも朝まで起きているのは流石に辛い。もう今日は眠れないだろうしな。……ちょっと、夜風に当たってこようか。
俺はベッドからおりると、ゆっくり……部屋を出た。アークは、ぐっすりと眠っている。
あの夢は一体何だったんだろう。父さんが出てきて、倒れて、死んだのかな?悪い考えしか浮かんでこない。今回の夢、今までよりどこか現実味を帯びていた。何だろう、嫌な予感がする。俺は身震いをした。
寮の外は思ってた通り涼しかった。今は九月の中旬になっていた。月も出ており、光が静かな学校を照らしている。俺は伸びをした。……ん、誰かいるぞ。
あいつは……
「リアム……?」
そう、虎獣人のリアム・テルフォードがいた。何かを見ている。あれは……写真?
そうだ!またすっかり忘れていた。ヴィルギルに頼まれていたんだった。チャンスは今しかないよな。聞いてみよう。
「リアム!」
俺は彼の名前を言った。彼は一瞬驚き、写真をしまうとどこかへ行こうとした。
「行かないでくれ。話があるんだ」
すると、リアムは立ち止まった。彼はゆっくりと振り返る。
「話……」
「そう、今お前が見てた写真のことを聞きたいんだ」
リアムは無言で写真を取り出して、俺に見せてくれた。その写真には幼い頃のリアムと父であろう虎獣人が写っていた。
「どこでこの写真を知った……?」
「直接見るのは初めてだよ。お前のルームメイトから聞いたんだ」
「ルームメイト……」
彼は頭を下げ、写真をしまった。いつもの暗い顔になる。
「今の写真……は?」
「唯一の、父が……写った写真……。時折、見る」
「そうなんだ……」
唯一写っているのならば見たりするだろう。それくらい恋しいんだろうな。父のことが……。
「リアムはさ……どんな理由で騎士団に入ったの?」
そう聞くと、彼は目をカッと見開いた。そして、俺を押しのけ寮へと戻っていった。
俺……なんかまずいこと聞いたのかな。
風が吹き上げた。そろそろ戻らないと風を引くな……。俺も寮へと戻った。今の、リアムの反応……。何だったんだろうか?




