第74話 絵画の点検
「皆、集まったようだね」
夜、俺達は絵画の間に集まった。コンラッドが人数を数える。
この絵画の間は学園長が集めてきた絵画を飾ったものらしい。全部で二百枚。その絵画が傷んでないか、どこかに穴が開いてないかを確かめる。それが今回の課題の内容だ。
「よし、それではこれから絵画の点検を行う。上の方にあるのは二階から見るように。それでは始めよう」
まだ、コンラッドが緊張している様子が見られる。新兵の初めての仕事でもあるのだから。そういえば、コンラッドの称号って一体何だろう?
「コンラッド、称号はもらったんですか?」
「いや、まだだよ。後々に君達と同様試験を受けるんだ。それまでは君達と同じ生徒だよ」
そうなんだ。俺達と変わらないシステムなのか。だとしたら彼が他の生徒と一緒に授業を受けるのは明らかに不自然すぎじゃないか?周りから浮くし……。
「まさか、皆と授業を……?」
「はは、それはないよ。そこは個別さ」
なんだ……別に一緒という訳じゃないのか。
「デュー君!喋ってないでこっち手伝って!」
「はいはい分かったよ……」
今は喋っている場合じゃないか。俺はミリーネに言われた絵画を次々と手に取っていく。
すると、ミリーネは何かを思いついたようだ。
「そうだ!二人一組で別々の場所で点検を行おうよ。そうすれば効率がいいじゃない」
「……そうだね。悪くない案だ」
「じゃあデュー君とクレア、あたしとリアム、フレッシュマンとシャーランとコンラッドの三組ね」
クレアとか……。彼女の方を見た。すると若干暗い顔になる。何かあったのだろうか。
俺とクレアは淡々と絵画を点検していた。俺が絵画を外し、クレアが絵画をチェックする。その繰り返しだ。俺達は何も喋らなかった。沈黙を破ったのはクレアだった。
「デューク?」
「な、なんだ……?」
「その耳飾り、自分で買ったの?」
「……知らない人からもらった」
一見すると冷たい響きに聞こえるかもしれない。でも、それ以上答えるのは難しかった。言葉が出なかったのだ。そっけない響き、俺でも感じた。
「そう……」
クレアが静かに言った。部屋はガチャガチャと音が聞こえる。時折、話している声もの聞こえてくるが、俺達は珍しく、そんなに話さなかった。
絵画は半分くらい終わった気がする。そろそろ二階から取り外さないと届かない。俺達は二階に上がった。
明かりがついているのはこの部屋だけになった。もう十一時半だ。皆、寝静まった頃だろう。それでも眠たい目をこすって、俺達は作業を続ける。
ガチャ………ガチャ………
「ねぇ、こんな時なんだけど聞いてくれないかな」
「……いいよ」
クレアが俺に話しかけてきた。今度は一体何だろう。
「ストレートに言うよ。デュークは、わたしのこと、どう思ってる?」
「え……」
突如、聞かれた疑問、それに戸惑う俺。
どう思っている………。それは、もちろん――
「親友だよ」
すると、クレアが少しホッとした表情になった。
「そうなんだ……」
何を安心したんだろう。何故あんな事を聞いたのだろう。考えると少し不思議だ。
親友……、それはこれからも変わらない。
すると、心の声が聞こえてきた。
――本当に親友だけか……?
?どういう事だ。何を言っている?………やめろ。やめてくれ……!
心の声は聞こえなくなった。何だったんだ、今のは?不思議な感覚だった。一瞬、魂がどこかへいってしまいそうな気分だった。
俺はクレアを見た。クレアは絵画を見て、穴が開いてないか確かめている。何も……変わった様子はない。
よかった……。俺も、何故か安心した。
ガタッ……
「ん……」
今、絵画が少し動いたような……。これ、以前も、どこかで……。
俺は動いたであろう絵画に触れた。そして、一気に取り外した。
「ひっ…うわぁぁっ!」
思わず悲鳴をあげた。いや、あげざるを得なかったのだ。何故なら、かなり大きな毒グモ(明らかに毒を持ってそうな見た目だ!)が二匹いたのだから。
「……!二人共、その蜘蛛からは離れて!」
コンラッドが叫ぶ。そんなにやばい蜘蛛なのか、これ。
「はい!」
クレアは俺の手を掴み、毒グモから離れさせてくれる。一瞬ドキッとしたことは秘密だ。
蜘蛛は地面に降り立つと俺達の方に近づいてきた。しかも、二匹とも……。ちょっと、でかいから怖い。
「うっ……」
コンラッドは箒を持ってきて、蜘蛛を追い払おうとする。少し、怯えてる様子だった。
「手伝いましょうか?」
「いや……僕がなんとかする」
クレアの言葉をコンラッドは断る。彼は箒で蜘蛛を払った。蜘蛛は一瞬後ろへ引き下がる。だが、再び前に進み始めた。
コンラッドはさらに箒で払い、外へ追い出そうとする。いっそのこと、殺すか、捕まえた方が早いんじゃないか?
俺は毒グモに近づく。そして、触ろうとした。
「触るな!毒を盛られるぞ!」
そうなのか……、じゃあやめておこう。それだと殺した方が早いな。
すると、リアムが近づいてきて短剣を取り出した。そして、今にも襲いかかろうとしている毒グモを突き刺した。グチュッと、嫌な音がする。もう一本短剣を取り出すと、次の蜘蛛も刺した。
しばらくの間、二匹の蜘蛛はもがいていたが短剣から体液が滲み出し、死んで動かなくなった。
リアムは短剣を取り外し、ついてしまった体液を拭った。
「こっちの方が早い……。俺が捨ててきます」
「ああ……いや、僕が捨ててくるよ。そこはやらせてくれ」
「……分かりました」
リアムはそれだけ言うと、絵画の点検へ戻っていった。コンラッドはゴム手袋をはめ、蜘蛛をゴミ袋に入れるとごみ捨て場へと持っていく。
騒動があったが俺達はなんとか絵画の点検を終わらせることができた。コンラッドが皆を再び集めた。
「これで絵画の点検は終わりだ。今回の事はしっかりと報告書に書いておくように。それでは、解散」
皆それぞれ寮へと戻っていく。俺はクレアと別れて、部屋へと戻った。クレアの言葉が蘇る。
――デュークはわたしのこと、どう思ってる?
「どう思ってる、か……」
親友、それに変わりはない。変わるはずがない……。そう信じ続けていた。だがら今となってみればそれがどれほど愚かな考えだったかと思う。
「デューク、電気消すよ」
アークが言った。途端に部屋は暗くなる。明日は日曜日、報告書はその日に書こうと決めた。
俺は眠りにつき……夢を見た。




