第73話 帰り道(クレア視点)
「ふんふふ~ん♪いやーそれにしても、コンラッドが来てくれて嬉しかったよー」
「うん、そうだね」
夕焼け、眩しい赤い太陽に照らされて、わたし達は並木通りを通って寮へ帰っていた。空は赤く染まり、遠い遠い地平線では沈んでいく青い空と塗り返されていく赤い空のコントラストが映えていた。わたし達の両側にある木はイチョウの木だ。まだ黄色に完全に染まるのは早いけれど何枚かイチョウの葉が落ちている。そのかわり、金木犀のいい香りが漂っていた。もうすぐ、この香りともまた暫くの間お別れだな。
幻想的な風景にわたし達が溶け込んでいいのだろうかと思った。一枚の絵になってると考えるとちょっと恥ずかしい。嬉しいのは確かなんだけど……。
「わあ!金木犀のいい香り~」
「うん、そうだね」
「クレアさっきから『うん、そうだね』しか言ってなーい」
「えっ、そうだった?」
全然気がつかなかったな。香りにとらわれていたのかも。何か、ミリーネに話題はないかな……。そうだ、ミリーネはリアムと幼馴染だったっけ。その事について聞いてみよう。
「ねえ、ミリーネはリアムの幼馴染なんだよね。何か彼との思い出とかあるの?」
「うん、あるよー」
あるんだ。ちょっと意外だったな。性格からして合わないと思ってた。特に彼の方が……
「何があるの?」
「例えばー……あっ写真のこと、思い出した!」
写真?一体何のことだろう。
「デュークに言うの忘れちゃったー。でも、いいか。今夜伝えればいいんだし」
「ねぇ、写真って何のこと?」
わたしはミリーネに尋ねてみた。すると、ちょっと困った顔をする。
「言った方がいいよね……」
ボソッとつぶやいた。丁度、ミリーネの方に太陽があるため、長時間彼女を見ているととても眩しい。ミリーネの赤いリボンが照らされていた。
「写真というのはね……リアムの両親が写ってあることなの」
「それってリアムのお父さんのこと?」
「うん。……本当はね、知ってたんだ。リアムの親はお父さんしかいないってことに。会ったことないけどね」
珍しい。いつものミリーネじゃなかった。声が張っているミリーネではない。どこかおしとやかで、静かなミリーネだ。
太陽が沈み始めていた。周りがどんどん暗くなる。風が吹いた。イチョウの葉が宙を舞い、踊っているようだった。
ミリーネは神妙な表情になる。
「リアムはね……いじめられっ子だったの。最初は嫌がらせなだけだったけど、どんどんエスカレートしていってね……。暴力なんて当たり前、見るだけでもつらい目にあってたの。それが原因だったのかな。リアムは昔から誰とも話さなかったの。あたしを除いて……」
そうだったのか……リアムが心を閉ざしているようなのも原因があったんだ。
いじめ……自殺者も現れる小さな小さな人種差別。てもそれは、ふとしたことから強大になって、気付いた時には手遅れになっている……。わたしはいじめを経験したことがない。それが理想なんだろうけど……。
「幼稚園の時に、あたしは話しかけてみたんだ。一人で寂しくないのって。そしたら、大丈夫だって答えたの。でもそんな風には見えなかった。ずっといじめられられていて、一人ぼっちでいて、寂しくないはずがなかった。無理をしてるんじゃないかって心配になって、もう一度話しかけたの。一緒に友達にならないって。そしたらリアム、何も言わなかったけど頷いてくれたの」
そうか、二人は幼馴染なだけじゃなかったんだ。幼稚園からずっとと考えると二人は長い付き合いなんだな。
「ずっと、あたし達は親友だと思えた。ずっと……」
「……ミリーネ?」
ミリーネが暗い顔になる。と思ったら、急にいつもの表情を見せ、わたしに笑顔を見せた。
「はい!これでしんみりとした話はおしまい!」
「ちょっと待ってよ。その後一体どうなったの?」
「へへーん、教えられないなー」
まったく……。でも、ちょっとホッとした。今のミリーネ、ちょっと変わりすぎてたもの。彼女らしくない表情を見せてたし。
「それじゃあ今度はあたしから聞かせてもらうよ」
ミリーネから?何の質問だろうか。
「クレアはさ、デュー君のことどう思ってるの?」
「え……、昔からの親友だよ……」
すると、ミリーネが大きなため息をついた。何かにがっかりした表情だった。
「なーんだ、ちょっとがっかりだなぁ」
「がっかりって、どういうこと?」
「いやね、デュー君最近クレアのことを避けてる気がしてね〜。もしかして、好きだから恥ずかしくて避けてるんじゃないかって思ったんだ。デュー君が付けてた耳飾りもクレアがプレゼントしたのかと思ったよ」
デュークが……わたしのことを……好き……?そんなことって……。
ミリーネの言った通り、確かにデュークはここ最近、わたしのことを避けてるのは気がついた。でも、何でそんなことをしているのか全然分からなかった。それが……好きという理由で……。ない、絶対にないよ。そんなこと。
日はいつの間にか沈んでいた。赤い絵の具が黒い絵の具に塗りつぶされてしまいそうなくらいに、どんどんと真っ暗になっていく。気付けば六時になっていた。早く寮に戻って、絵画の間に行かないと。
「と、とにかく早く帰ろう」
その時――遠くから歌声が聞こえた。優しいメロディーである。
「うわぁ綺麗な音色」
ミリーネに言う通り、確かに綺麗だ。美しい歌声。どんな曲なんだろう?聞いたこともない曲だ。………でも、決して明るい雰囲気ではない。むしろ悲しくて、その悲しみに押しつぶされてしまそうな感じだ。
わたし達は歌声を聞きながら寮へ向かった。
デュークはわたしのことが好きで避けている、ミリーネの言葉が蘇った。それは本当なんだろうか?本当にわたしのことが好きで避けているのだろうか?だとしても、わたしには……。もしそうだったら、どうすればいいの。もし、デュークがわたしのことが好きなら、わたしは………。
歌声が止んだ。この日に再び聞くことは、なかった……。




