第7話 悲劇
ただひたすら、ありもしない考えを押しのけながら進んでいく。
「デューク……?」
リックが心配そうに聞いてきた。無理もない、自分は今落ち着いていられる状況じゃないのだから。
――この近辺にヴァイス・トイフェルがいるだなんて。
雪は深く、そして白い。走ってもいないのに心臓が早鐘のように打っている。恐怖で身がすくみそうで、足下が少しおぼつかなくなってきた。
「デューク、やっぱりお前気付いてるのか?」
「気付いてるって、まさか……!」
「ああ、近くにいる。絶対に」
冷たい緊張感が走った。霧がどんどん濃くなっている気がする。
俺達は急いで山を降りていった。すると、一箇所だけ大きなくぼみが続いていた。自然にできた道には思えない。それくらい大きかった。
……まてよ、人工にできているとしてもなぜこんなに入り組んでいるのだろう?これは、もしかして……!
「ヴァイス・トイフェルの……道……」
リックが呟いた。間違いない。ヴァイス・トイフェルは俺が想像してたのより大きかった。太さだけで3メートルはある。長さはもはや想像もできなかった。
……と、その時
シュー……スル……スル………。
「…………!」
霧の向こうに……何かが……こちらへ……来る。
「くっ……」
リックは悔しながら空な手のひらを見ている。そして、何も言わず『謂れ因縁の書』を差し出した。
「持っててくれ、二手に分かれよう。そうすれば最悪の場合、どちらかが生き残れる」
「駄目だ!」
「聞いてくれデューク。お前は俺より足が速い。生き残れる確率も高い。俺に何かあってもこの書を持って、真っ直ぐ逃げろ」
「でも、そしたらお前……」
「さっきも言っただろう。あくまで最悪の場合だよ。平気さ。……もし、俺に何かあったら代わりに……」
再びリックが書物を俺に差し出す。最終的に俺は、『謂れ因縁の書』を受け取った。ずっしりと重みを感じる。すべての真実をおさまっているのだからなおさらだ。
シューシュー……スルスル……。
音がだんだん、近づいてくる。
「これだけ忘れないでくれ。その書物は俺達を決して幸福になんてしない。でも、どんなにつらくても真実に目を背けないで――」
ガリッ!ボキボキッッ!!ゴリッ!
……何が起きた。気が付いたときにはリックの姿はいなくなっていた。霧の中へと消えていた。よく見ると霧が生き物のようにうごめいている。いや、『ように』じゃない、そこに……ヴァイス・トイフェルがいた……。
上から赤いしずくがポタポタと落ちており、白い雪を赤く染めている。見上げると、ヴァイス・トイフェルの口とその口に何かをくわえてる?
「ああ、ああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!」
その口にはリックの体があった……。どうして?いつの間に?それより……。
ボトッ、という音とともにリックの体が……いや、リックの下半身が……落ちてきた。はらわたが飛び出て、血で雪がどんどん染まっていく……。
それを逃さず、ヴァイス・トイフェルはおこぼれをガツガツと喰い続ける。目の前がさらに真っ白となっていく。あぁ、このままでは失神する。……死んだ。
その刹那、突如霧が一部晴れた。そこには、1人の獣人の男が立っている。種族は俺と同じ狼獣人だ。表情はうまく読み取れない。何故、ここにいるのか?そんな質問は今、どうでもよかった。それよりも、ここにいればヴァイス・トイフェルに喰われる。
視界がぼやけ始めた。待ってくれ、待って……
逃……げ………………ろ。




