第67話 灯
「聞いてたのか?」
「はい、少しだけ」
俺は指定された椅子に座った。椅子がまだ温かい。さっきの女性が座っていたのだろう。
「あの人は一体誰なんですか?」
「彼女の名はペトラ・ドール。『灯』の社長だ」
『灯』……?聞いたことないな。
「『灯』というのは一つの会社でな、対白魔騎士団にも世話になっているのだ」
「何をしているんですか?」
「主に遺体の司法解剖や焼却を行っている。世界でも有名な企業だ。他にもヴァイス・トイフェルの研究も行っている」
へぇ、と俺は少し感嘆した。そんなに有名な企業の社長が来ていただなんて。そんな人を痩せ細っているだなんて言って、失礼なことを思ってしまったな。
「それで、刀と謂れ因縁の書は持ってきているかね?」
「はい、持ってます」
「よろしい。ではちょっとこの鍵を試してみてくれ」
俺は席を立ち、机にある鍵を取って謂れ因縁の書に差し込んだ。………入らない。駄目だ、これじゃないようだ。
「先生、この鍵はどうやら違うようです……」
「………そうか、合っていると思ったんだが」
俺は鍵を置き、後ろを振り返ると先生は刀のところに立っていた。じっと、刀を見ている。
「……触って、みますか?」
「………いや、三種の神器だ。触れないでおこう」
先生は遠慮したのか断った。俺も無理強いにまで言わなかった。
「済まなかったな……。ここまで来たのにこの鍵が間違ったようで」
「いいですよ。ゆっくりと探していきましょう」
「うむ。そうだな」
そういえば『灯』という企業で一つ聞きたいことがあった。その疑問を先生にぶつけてみる。
「対白魔騎士団と『灯』は一体どういう関係なんですか?」
「我々、対白魔騎士団はヴァイス・トイフェルの戦いで奴らを倒すだけじゃなく、捕らえたりしているのだ」
「捕らえる?」
「そう。捕らえたヴァイス・トイフェルは『灯』に送り、解剖や実験を行ったりして何が特徴なのか、何が弱点なのかを調べてもらっているのだ。ヴァイス・トイフェルが熱に弱いことが分かったのも『灯』のおかげなのだ」
そうだったんだ。対白魔騎士団と『灯』はヴァイス・トイフェルによって結ばれている。これは、案外皮肉だな。人類の敵の関係で結ばれているだなんて。
「世話になっているのはそれだけじゃないぞ。先程も言ったように『灯』は遺体の焼却を行ってくれる。ヴァイス・トイフェルで死んだ兵士達を、親族の許可をもらって焼却や埋葬を行ってくれるのだ」
『灯』……名前はどこか近寄りがたい雰囲気だ。でも、対白魔騎士団のお世話になっている。
「そう言えばさっき、イデアルグラースの情報があるとさっきの女性が言ってましたよね?」
「……なんと、そこまで聞いていたのか?」
「はい、すみません……」
先生はため息をつくと、少しためらいながらも話し始めた。
「この事はまだ伝えるべきじゃないと思っていたが、仕方ない。お前には伝えておこう」
周りの空気がひんやりとする。部屋の中にある机やその上にあるペン、壁に接している本棚やそこにぎっしり詰まっている本、さらには机の後ろの壁に飾ってある剣や斧や窓が凍りついたような感じがした。
「イデアルグラースの幹部は五人いる。これは確かな情報だと言っていい。『灯』はスパイも送っていてな。時折情報を得たらすぐに伝えてくれるのだ。事実、存在を明らかにしたのも『灯』だ。私は、お前達が一年前の街の事件で会った、カルロスとアリスは幹部であると思っている。アリスの方は自ら幹部だと名乗っていたしな」
「じゃあ、あと三人別の幹部がいる……」
「……その通り、だがそれだけじゃない気がするのだ。総帥に側近、そして幹部の他にもいると思うのだ。」
風が窓を叩きつける。カタカタと音がした。部屋が突然明るくなった気がする。
「そろそろ戻らないと……。授業がありますし」
「そうだったな。もう戻って構わないぞ」
刀と謂れ因縁の書を持って、俺はドアに手をかける。その時、ああ、そうだと言って俺を引き止めた。
「放課後くらいに君達、黒の騎士団にあるリストを渡しておく。本来ならば別の人にやらせるつもりだったのだが、手がふさがっていてな。頼めるか?」
「分かりました。伝えておきます」
「あともう一つ。お前はこの先、少しだけ苦労するかもしれん。その時になったら済まないと思っている」
「?はい……」
俺は失礼しますと言って廊下に出た。また、別の疑問が生まれてしまった。今の言葉……どういう意味だろうか?




