第61話 喜びと悲しみ
俺が街の出入り口に戻った時にはヴァイス・トイフェルが炎に包まれていた。悲鳴を上げてのたうちまわっている。その様子を黙って見ている人がいた。
「コンラッドさん!」
「やあ、デューク。他の皆はダニエル先生の所へ行ったよ」
「そうですか。コンラッドさんは行かないんですか?」
「うん……まだ気持ちが整理出来ていないからね」
俺もそうだった。炎の中で死んでいくヴァイス・トイフェル、人類の敵であるこいつらは世界から排除しなければならない。でも、今回新たなる敵が現れた。イデアルグラース、謎に包まれた組織。奴らが何を考え、何をしようとしているのかまだ分からない。今回の事件も一体何を企んでいたのかさっぱりだ。
「デューク!」
「……クレア?」
一瞬、別人のように見えた。顔が腫れていたのだ。真っ赤に、血も出ていて……。
「一体何があったんだ。イデアルグラースの奴らに襲われたのか?」
「うん。でも、痛みはもう引いているから大丈夫だよ」
ならいいんだが……。事情を聞くとイデアルグラースの幹部はどうやらクレアの方にも行ったらしい。アークが来なかったら死んでいたかもしれない、と。
「それより二人共、急いでホテルへ戻ろう。皆を起こさないと」
「ああ、そうだったな」
何故だろう。まだ何か終わっていない気がする。それは、残された謎と関係しているのだろうか。
◇◇◇
「皆、いるようだな」
俺達は出入り口は使わず、水路を使ってホテルに戻った。この水路はホテルまで続いているとコンラッドさんは言っていた。ここでも、彼の導きのお陰でたどり着くことが出来た。
後で聞いた話なのだが、ヴァイス・トイフェルに火を放ったのはコンラッドさんらしい。何故、彼なのかよく分からないが、とにかく彼がヴァイス・トイフェルを燃やしたのは事実だ。
ホテルはユリの匂いで充満しきっていた。外にいても匂うくらいだ。だがそれ以前に誰かが立っている。それは――
「チャールズさん!?」
チャールズ・ヘイムがホテルの前にいた。目はとても怯えている。
ダニエルが彼の胸ぐらをつかんだ。
「な、何を……」
「いつからこうなった。どれだけの人数が犠牲になった。四人じゃないだろ……!犠牲者はもっといるはずだ!」
「……そうだ。犠牲者はたくさんいる。だが知らなかったんだ!相手の言葉に乗せられて……」
チャールズがスドウの言っていたスパイだったのか!昨日の夜、彼の眠ったふりを思い出す。そういえば、チャールズだけ眠っている姿が違っていた。寝たふりをしていたのか……?
「本当だ!仮面の男にこのロケットを肌身離さず持っていろと言われて……!脅されていたんだ!」
チャールズはロケットを引きちぎって地面に叩きつける。留め金が外れてロケットが少し開いた。
「たとえそうだとしても、お前は死んでいく住民に目をそらし、真実を話さなかった!怖かった、そうだろう!」
チャールズは愕然とし、その場に崩れ落ちた。
「本当に済まない……。許してくれ……」
彼は、泣いていた。彼も後悔していたんだろう。だが、罪を犯したのは事実だ。それは償ってもらわないといけない。
「……お前は警察につき渡す。文句はないな」
「はい……ありません」
コンラッドさんが前に出てきた。信じられないという目、当たり前だ。今まで犯罪者の助手を務めていたのだから……。
「コンラッド……」
「どうして、こんなことを……!」
怒っていた。チャールズは申し訳ないように、頭を下げる。
「絶対に許さないよな、お前は……」
「……」
「許さなくたっていい。私を……」
コンラッドさんは黙っていた。数秒の間、彼が話し始める。
「騎士団はあなたを許した。それに変わりはないですよ。確かに、今罰したところで意味はない」
チャールズは再び泣いた。本当に、彼も辛かったんだと思う。非人道な人達に脅されて……。何も出来ず、ただ人が死んでいくのを黙って見ている自分を。彼は顔を上げた。
「ありがとう、コンラッド本当に――」
「ですが、街の住民はあなたを許した訳じゃない」
コンラッドさんはポケットから拳銃を取り出し、そして……
バーン!
チャールズの胸から血が噴き出た。そのまま倒れ、二度と動くことはなかった。俺達は愕然として、コンラッドさんを見つめる。
コンラッドさんはきまり悪そうに頭を下げ、つぶやいた。
「当然のことをしただけなんだ。これだけのことをやっといて、見逃す訳にはいかなかったでしょ」
「で、でも――」
「僕が警察のところへ行くよ。それで……終わりさ」
アークがどもりながら言おうとするが、それを遮る。そして、ホテルの方へと向かっていった。
「そっとしておこう。今はホテルにいる皆を起こすのが先決だ」
全員が渋々と頷く。他の皆がホテルへ向かう中、俺はチャールズが身につけていたロケットを拾った。蓋が開いている。そこから、何かが落ちてきた。手に取ってみると、どうやら鍵のようだ。装飾として赤い宝石が埋め込まれている。
この鍵、まさか……。
「どうしたのデューク?」
「……なんでもない。ホテルへ行こう」
◇◇◇
皆を起こすのにはさほど時間はかからなかった。ダニエル先生は騎士団に電話をかけて、増援部隊を要請した。午後になってやって来て、水路の調査が本格的に始まった。
住民の聞き取り調査も行い、何人がヴァイス・トイフェルにやられたのかも調べた。結果、対白魔騎士団の犠牲者も加えて、48名の尊い命が失われていたことが判明した。
機械によって植物状態になってしまった人達は医師達を呼んで、正式に治療することになった。早くても一ヶ月はかかると医師達は言っていた。早く、皆が治るといいな。こうして、目まぐるしく動いた一日は終わった。
翌日、コンラッドさんは姿を消していた。警察に出頭したらしい……。近くには置き手紙がおいてあった。
僕は罪を犯した。確かにチャールズさんは罰を受けてもおかしくない。でも、自分があんなむごいことをするだなんて今でも、信じられなかった。どうか、しばらくの間考える時間が欲しい。ヴァイス・トイフェルを目にして、人を殺した。もう一度、自分を見つめ直したい。いつか、騎士団の、君達のところへと行くから……。
手紙はここで終わっている。俺達は次々に手紙を渡した。六人全員が読み終わると誰も何も言わずに、一日を過ごした。あのおしゃべりなミリーネですらも今回は一言も何も言わなかった。
その翌日にダニエル先生がこう言った。
「皆、今まで手伝ってくれてありがとう。明日には騎士団に戻れるからな」
騎士団に戻れる、その言葉が心地よく響いた。今となっては第二の我が家同然だったからだ。でも、その前に一つ調べなければならないことがある。それは、夜中に行おう。
チャールズが身につけていた、鍵についてだ。




