第38話 実技テスト(結果)
「待って!動かないで……」
ミリーネは動かず、じっと佇んでいた。ヴァイス・トイフェルの人形は俺達に迫り続けている。このままだと押し潰されそうだ。それでもヴァイス・トイフェルは迫ってくる。ゆっくりと……。
「今よ!あたしの反対側に逃げて!」
ミリーネの合図と共に俺は彼女の言う通り、右側へと逃げた。ヴァイス・トイフェルは止まり、俺とミリーネを交互に見る。ここからどうするんだ?
するとヴァイス・トイフェルは俺の方に向きを変えた。そして、俺を追いかけてくる。……逃げなきゃ。
俺は右に曲がり、左に曲がり、とにかくジグザグ方向で逃げる。ヴァイス・トイフェルは全くスピードを落とさずに来ていた。この時、どうすればいいんだ?
そうだ、相手と距離を置いて身を潜めるのが先決だ。でも、ここは闘技場、身を潜める場所なんて存在するはずがない。
それなら、ミリーネにヴァイス・トイフェルを倒してもらうしかない。俺は辺りを見回し、彼女を探した。どこにもいない……。と思ったらすでにミリーネはヴァイス・トイフェルの頭部に乗っていた。彼女の作戦はおそらく、二手に分かれて追いかけられなかった方がヴァイス・トイフェルの頭部を狙う……そういう作戦だったのだろう。
ミリーネは槍を奴の頭部に突き立てる。そして……刺した。
「えっ……きゃあ!」
なんだ?……突然、ヴァイス・トイフェルが頭を上げた。角度が急になってミリーネが転げ落ちたのだ。頭部に突き刺さった槍を残して……。ちゃんと突き刺さってないのか?
それより、ミリーネがヴァイス・トイフェルの近くにーー。早く助けないと。
「あたしのことはいいから!急いで頭部に向かって!」
ミリーネが叫ぶ。でも、どうやって頭部にいけばいい?俺は残り時間を見た。あと……十分。
ヴァイス・トイフェルはまだ俺に襲いかかってくる。また、ジグザグに逃げて距離を離す。まずは奴の気をそらさないと。ミリーネはどこだ。見ると、闘技場の中心部で呆然と立っていた。ミリーネも同じ気持ちなんだろう。
………奴の正面から、狙う。それだ。その方法で……。
俺は逃げるのをやめて、奴に向かって走り始めた。相手も俺に迫ってくる。これでいいんだ。
「ちょっとデューク、それはまずいって!」
ミリーネの声が聞こえるがどうでもいい。自殺行為に見えるだろうが、そんなことはしない。これはまだ作戦の一部だ。
一度、講義で習ったことがある。ヴァイス・トイフェルは真正面からだとものすごい速さでやってこれる。しかし、ヴァイス・トイフェルにも苦手な動きがある。
俺はギリギリまで距離をつめた。まだだ、まだ……。
俺とヴァイス・トイフェルの距離は二メートル、一メートル、五十センチ!
今だ!
俺は一気に横に移動した。ヴァイス・トイフェルは真っ直ぐ進むことは得意だが、突然の横移動には弱い!
俺は刀をヴァイス・トイフェルの体に刺した。刀が持っていかれそうだが、なんとか持ちこたえる。俺は刀の上に乗るとゆっくりと登り始めた。
その時だった。ヴァイス・トイフェルが暴れ始めたのだ。俺はしがみついているが振り落とされそうで怖い。あともう少しで……落ちる。
「お〜い、こっちだよ〜」
ヴァイス・トイフェルが暴れるのを止め、再び真っ直ぐ進み出す。ミリーネを標的にしたようだ。俺は彼女に心の中で感謝をし、頭部へとはって進んでいった。
あと……三分。急げ!
俺は頭部にたどり着いた。槍は、綺麗に突き刺さったままだった。槍に触れて、さらに突き刺そうとする。すると、またヴァイス・トイフェルが頭を上げた。今度は落ちないように槍につかまる。あともう少しで……もう少しで……槍を……。
「ぐっ……おおお!」
最後の力を振り絞って、俺は槍を突き刺した。ヴァイス・トイフェルの動きが止まる。そして、ヴァイス・トイフェルはドーンという音と共に倒れた。
なんとか……倒したのか……。残り時間を見るとあと三十秒、あ…危なかった。
観客から歓声が湧いた。拍手をしている人もいる。そんなに拍手されるほどの戦いだっただろうか?そう疑問にも思ったが俺は特に気にせず、拍手や歓声の様子をだまって見ていた。
◇◇◇
「お疲れ様、二人共」
待合室へ戻ってくると、アークが声をかけてくれた。クレアもいる。
「すごいハラハラしたよ。途中でどうするんだと思ってたし。でも、良かった。本当に良かったよ」
クレアも頷いている。そうか、良かったのか……それはそれで何よりだ。
「どうかな、テスト。高得点取れたかな?」
「取れてるよミリーネ。だってヴァイス・トイフェルの人形を倒せたのはあなた達が初めてなんだから」
「そうなのか、クレア!?」
「うん、そうだよ」
そうだったのか。だから歓声とかが起きたんだな。じゃあ結果は意外といい方なのかもしれない。まだ分からないけど……。
黒の騎士団に入ろうと決めたんだ。やれることはやりきれた。絶対に大丈夫、自分を信じよう。
実技テストは数時間後にようやく終わった。皆それぞれいろんな反応だ。それは、筆記テストと同じ。自分は騎士団に切り捨てられる心配は不思議となかった。なんでそう思うんだろう。それは分からない。でも黒の騎士団には届かないかもしれない、それだけは考えられた。
そして、遂に終業式がやってきた。
次回で2章完結です。




