第3話 独り言
「じゃあな、デューク」
「うん、8時にね」
リックとクレアと別れ、俺は急いで家へと戻っていった。
空は赤く染まり、夕日が少しずつ沈もうとしている。その夕日に照らされ、暖かい。でも、時折冷たい風が吹いて俺の毛皮に当たっていった。
俺の周囲には、同じ帰路につく学生が何人もいた。俺と同じで一人で帰る人や、集団でおしゃべりしながら帰る人もいる。
何故、今日はこう周りの風景をじっと見てしまうのだろう。今までといつもと変わらないのに……。まるで、この風景を目に焼き付けて一生忘れないようにしてるかのように。――もう二度と会えない風景を見てるかのように。
(さすがに『二度』とは考えすぎか)
俺はそう心に思った。
◇◇◇
「ただいま」
「おかえりデューク」
家のドアを開けると、母が刺繍をしていた。
「ねぇ、今日の夕食は何がいいかしら?お父さんが帰ってくるのにもう少し時間があるけれど、何にしようか決められなくて――」
「はは、昨日と同じでいいんじゃないかな。俺は部屋にいるよ」
母さんは時々慌てる癖がある。今のはまだ普通で本当に慌てた時はすごい。その上心配症だからなおさらだ。
俺は自分の部屋に入って、鞄をベットに放り投げた。何しようかな……宿題を先に終わらせるのもいいし、本の続きを読むのもいいかな。
机の引き出しを開けると対白魔騎士団の記事が出てきた。
『騎士団、ニ年ぶりに領地取り戻す』
……リック、どんだけ入って欲しいんだよ。
やれやれと言いながら机の上に置いた。肌色の机にある埃が舞い上がり俺は咳をしてしまった。
そういえば、リックは今日いい物を見せるって言ってたな。あいつはこれまでも何回かいろいろな物を見せてきていた。その度に俺を勧誘していつも断っていた。でも、今までは学校でだったのに、今回はあいつの家でだ。もしかして貴重な物じゃないのだろうか。
「デューク、ご飯よ」
気がつくと外はすっかり暗くなっていた。街灯が光り、夜の街を照らしてる。仕事から帰ってきた人も何人か見えた。下にはすでに父がおり、ダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた。
(そっか、父さん帰ってたんだな。全然気がつかなかった)
――父さんと母さんはどちらとも人間だ。じゃあ、何故俺が狼獣人なのか。それは父さんの父親、俺から見たら祖父が、獣人だったからだ。この世界には人間と獣人が結婚してはならないという規律はない。
だから、人間から獣人が産まれてくることもあるし、獣人から人間が産まれてくることもある。そのため純血の人間、獣人はあまり多くない。
俺がもっと子供の頃、少し苦労したことを覚えている。養子だと噂されていたのだ。でも、俺は二人の子供だし今では皆と打ち解けていてとても楽しい。そう……本当に楽しい。
さっきも同じだ。なんでこんなに思い起こすんだろう?嫌な予感がする。でも、それが何なのかやっぱり分からなかった。
◇◇◇
「ご馳走さま。デザートはいいよ。今からリックの家に行かないといけないから」
「えっこんな時間に?大丈夫?気をつけてね」
「心配いらないよ。行ってきます」
外へ出ると冷たい風が吹き荒れていた。その風が容赦なく俺に叩きつけてくる。マフラーだけだと足りないかな、俺は少しだけ後悔した。
曲がり角を曲がった時、偶然クレアと鉢合わせをした。彼女はダウンを羽織っている。
「こんばんはデューク。偶然ね」
「ああ」
「ねぇデューク。一つ聞きたいんだけど、リックが対白魔騎士団の話を聞くのは嫌い?」
「……ううん、そんなことないよ。あいつが対白魔騎士団を語っているときが一番輝いていて見えるし」
「そう、私は少し……嫌だな」
「……そっか、クレアのお兄さんとおじいさんは――」
クレアのお兄さんとおじいさんは対白魔騎士団の兵士だった。でも、一昨年に二人はヴァイス・トイフェルに喰われてしまい、遺体すらも残らなかったという。
クレアが泣き続けていたことは今でも覚えている。無理もない、二人を尊敬していたし、憧れでもあったのだから……。
それ以来、対白魔騎士団の話を聞くとクレアは少し身をひいてしまっていた。特に、リックの前では。
クレアはリックのことが好きだったのだ。リックもクレアのことが好きだった。自分の前からいなくなるかもしれない、それが再び起きてしまうのを恐れているのだ。
「でも、あなたが好きだと言うなら全然構わない……彼を見守ってくれるのならなおさらよ」
クレアはこう言っているが、内心ではとても複雑な気持ちなんだろう。でも俺は、二人の関係から見たらほぼ赤の他人だ。アドバイスを言う程度しか出来ない。
それ以外何が出来るというのだろう。結局、俺は二人を見守ることしか出来ないんだ。
三日月が池に映っているものの、雲が多いため、星は全然見えなかった。風は今も強く、そして冷たく吹いている。……寒い。クレアの黒い長髪がなびいている。
しばらくの間歩き続け、俺達はついにリックの家にたどり着いた。
「いらっしゃい、リックが待ってるわ」
愛想の良い彼の母親が俺達を通す。ゆっくりと階段を一段一段ずつ上がり、彼の部屋の前にきた。
ドアを開けると、そこにはリックが立っていた。