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白銀のヴァールハイト  作者: A86
5章 忍び寄る影
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第153話 迷いの森

ここで活動をするのは久しぶりになります。ゆっくりながらも、調子を戻していけたらと思ってます。少なくとも、ここから一週間は旅行で停止してしまいますので……。

 暁の空、騎士団の外れの森

 シャーランが病室からいなくなったと、シーナからの一報が告げられた。その知らせを聞いたクレアは、俺に連絡をしたことによって捜索が始まる。ブラウン殺害事件が明朝に起きて、未だに騎士団本部は封鎖されているため、探す範囲は狭まられていた。俺とクレアは騎士団をくまなく探し、ミリーネとリアムとヴィルギルとシーナの四人は、警戒が途絶えないヘルシャフトの街へと向かっている。

 アークが部屋から出て行く直前、彼女のところへ行くと言っていた。彼の意図はまったく分からないが、シャーランが失踪したのはアークが絡んでいると見ていいだろう。

 そして現在、俺とクレアは探せる所を探した上で集まり、お互いに状況報告をしていた。


「見つかったか?」


「全然。もう一回病室も見てきたけど、戻ってなかった」


 彼女から出てくる白い炎は、瞬く間に氷の世界に溶け込んでいく。前進し続ける水滴が彼女の額を通り、完全な形となると、セメントによってその身を崩した。

 彼女が普段行く場所などはあるだろうか。それをシーナに聞いておけばよかったと思い、歯嚙みをする。


「シーナにシャーランのことをもっと詳しく聞くべきだったな」


「うん。取り敢えず、街に行った四人が帰ってくるまで待ちましょう」


 俺は頷くと、辺り一面に広がる森を見た。地上から覗く深遠の闇は、表面上でしか見ることができない。よって、その森が持つ荘厳さと怖々しさを感じ取ることがないのだ。騎士団の周りにはいくつか大きな森が存在する。整備されている森と、されていない森の二つに分けられた。これは整備をされていない森だ。

 陽が傾き、茜色に染まった木々がそびえ立つ。もしかしたら、この先に……。可能性はあるだろうが、俺達が見ている森は約60haはある。おまけに陽も通さず、夜になれば目印がない限り迷うことは確実だ。禁止区域と指定されてはいるが、規制線が張られていないことから察するに、そこまで厳重でもないらしい。そもそも、この森に入る奴がいるのか疑問に感じる。

 何せ、ここは行方不明スポットなのだから。

 だが、その森から物音が聞こえてきた。クレアも気付き、神経を研ぎ澄まして前を見据える。少しずつ、後ろへと下がっていく。

 現れたのは、俺達が探していた人物の一人だった。


「アーク!」


 緑の鱗が赤身を帯び、手で作った日陰に守られる蒼色の目が俺達を捉えた。


「二人共、どうしてここに?……いや、理由はなんとなく分かるけど」


「シャーランには会ったか?病室にいなくて探しているんだ」


「彼女だったら、森の中にいるよ」


「は?」


「あの子にとっては大切な場所だよ。目印を辿りながら来たから迷わずに済んだよ」


「目印なんてあるの?この森に?」と、クレアが間髪入れずに訊いた。


「僕も彼女に言われなければ気がつかなかったよ。よく見るとね、この森は針葉樹が一筋となって植えられているんだよ。そこまで整備はしていないけれど、木の伐採程度は行っていたみたい」


 確かによく見れば、一本だけ他と違う木があった。近くだからこそ分かったが、遠くから見れば気づけないだろう。


「それで、その針葉樹を辿っていけば、この森の秘密に着けるわけだ」


「秘密?」


「……シャーランの母のお墓だよ」


 マリア・イヴェール、その名をすぐに思い返した。彼女の墓が、この森に守られていたのだ。


「時折、手入れをしに行っているみたい。僕にその事を話したのは、何故だか分からないけど」


「それで、彼女はまだいるのか?」


「いるよ。耳を澄ましてごらん。歌が聞こえるだろう」


 アークの言う通りに耳を澄ます。微かに、透き通るような声が聞こえてくる。感情が込もらない、冷たい声が森を包む。


「聞こえない……」


「人間の耳だと難しいかもね。実際に行ってみよう。丁度、君達と合流して連れて行きたいと思っていたからさ」


 アークが森の中へと足を踏み入れていく。たとえ針葉樹が目印だとしても、陽が暮れれば他と見分けがつかなくなるのでは。その考えが頭をよぎり、俺の足を一瞬だけ硬直させた。クレアは俺の前を歩き、立ち止まっている俺を不思議に思う目で見ていた。


「迷わないか……ここ」


「そうだよね。陽が暮れたら、道が分からなくなりそう」


 彼女も同じ考えを持っていたようだ。と言っても、シーナから言われているのは、シャーランを探して保護することである。母親の墓があるのだから、足繁く通っているだろう。この森のことなど、我が手中に収めておると言わんばかりに、森の道を熟知しているかもしれない。

 などという安直な考え――言い訳とも言えるかもしれない――を念頭に置き、俺は森の中へと踏み込んでいった。後ろから彼女も、不安気についてくる。これは、一種の好奇心も含まれているかもしれない、と思った。


 森の中はひんやりと冷たく、薄暗い。昨日降った雪が残っており、それが寒さを助長しているようだ。この辺りはまだ新雪のため、俺達が通った場所は必ず足跡を残っている。他と違って、すべてが雪で覆われているわけではないから、完全ではないが。

 歌声は、奥へ進めば進むほど大きくなっていく。旅人が妖精に誘われて、迷い込んでしまう気分だ。先頭にいるアークは、こちらを振り返りながら森の中を歩くのを楽し気にしている。隣にいるクレアは、歌声が彼女の耳にも届いた時、何故か少しだけ顔を強張らせた。そして小声で、


「この歌、聞いたことがある」と呟いた。


「知ってるのか?この歌」


「というより、この時間帯にこの声質で聞いていたことがあるの。丁度、秋と冬の境目の時期だった」


「だとしたら、その時もシャーランは母の墓を訪ねて、この歌を歌っていたのかもしれないな」


「そうだね。……綺麗な声」


 頭上から落ちてくる雪が、ドサッと音を立てる。クレアが身につけているマフラーをさらに締め付け、行き場をなくした温かい靄は、彼女の眼鏡を曇らせるしか役割を持たない。

 さて、森の中を歩いてどれくらい経つだろう。俺の想像より然程経っていないかもしれない。一向に変わらない景色に方向感覚と時間の感覚を麻痺させられていくのだ。目印があるとはいえ、迷う事なく進んでいくアークの後ろ姿はいささか逞しさも見える。木と同じ緑の鱗を持っているとしても、黄緑に近い色のせいで浮き上がっている。ここで夜になると光を放つ鱗ならば、さぞその姿は滑稽だろう。


「ところで、今朝の事件はどうなった?何か進展でもあった?」


「ブラウンのことか。まだだ」


「そっか」


 アークはそれ以上訊いてはこなかった。俺への配慮なのか、彼の反応はあっさりとしている。

 ブラウン、彼を思い出すと朝の惨状が蘇った。目を見開き、何かに驚愕し、俺達に訴えるような。大量虐殺、今回の事件、そして数々の殺人未遂。次第に不穏になり始め、警備も厳しくなっている。ここまで来ると、嫌な予感がしなくもない。


「気になることがあるんだ」


 アークが立ち止まり、夕焼けの空を仰いだ。木によって遮られているため、葉と葉の隙間から見える茜色だとしか分からない。


「ここ最近、事件がたくさん起こってるでしょ。リアムがサソリを仕込まれたとかシャーランが毒を盛られたとか虐殺事件、そして今回のブラウンでこの騎士団にも犠牲者が現れた。どれも規模は違うけれど、共通点はあるよね」


「犯人が全員、自殺することか」


「そう。まだブラウン君は分からないけれど、これも同じだろう。思ったことはね、犯人が自殺するケースを見かけることはあるけれど、さすがに連続でやられると一連の事件の事件は何か繋がっているんじゃないかって思わざるを得ないんだ」


「そうだな。だが、自殺以外の共通点は見つかっていないだろ」


「今のところは、でしょ。もしかしたら、僕達が知らないところで何か掴んでいるかもしれない」


「お前は他にどんな共通点があると思ってるんだ?」


「いっぱいあるよ。同じ出身地だったり、全員血が繋がっていたりとかね。それで提案なんだけれど……僕達でまた調べてみない?」


 真剣なのか悪戯心でもあるのか、摑みどころがない笑顔を浮かべたアークは、眼が光っているせいでより一層不気味に見えた。


「一昨年のあれとは違うのよ、アーク。犠牲者が数え切れないくらいいるんだから」


 クレアがアークに反論する。深入りすれば危険なことになるのは予測済みなのだ。一昨年で経験をしている。


「実際、調べてみるといってもどうするんだ。下手に動くと、上に目をつけられるだろうし、多分情報も制限されてるだろ」


「そうだね。まずシャーランを病室へと送ろう。そこから……他のみんなはどこにいるの?」


「街だ」


「だったら丁度いいね。彼らに、虐殺事件の現場を見てきてもらおうよ。周辺住民にも聞き込みしてね」


 彼は本気のつもりで言っているだろう。一寸の無駄もない決断だ。


「取り敢えず、その話は一旦置いてシャーランを迎えに行きましょう」


「分かったよ、クレア。足止めをしたね」


 歌声はまだ響いていた。俺達は再び歩き出す。


「それにしても、ここまで事件が立て続けに起きれば何かの陰謀じゃないかって思えてくるよ」


「陰謀。またイデアルグラースか?」


「その決断はまだ早いよ、デューク。でもなくは無いだろうね。彼らの攻撃がヴァイス・トイフェルの襲撃だけじゃないと思うしさ」


「他にも攻撃手段があるってことか?」


「うん。もしかしたら、今まで別の攻撃をしてて僕らが気づいていないだけかもしれない。もし、僕がイデアルグラースの側だったら、こっそりと(さなぎ)に近づいて中身を食べ尽くした後、殻を破る方法で崩していくかな」


「陰湿極まりないな」


「でしょ。でもその方が手っ取り早い。犠牲も少ないし。当然、それだけのリスクはあるけど」


 殻に近づき、中身から食い尽くしていくか。スパイみたいなものだ。カルロスやコンラッドのことがあるから、奴らがやりそうなのは確かである。

 でも、今回は何かが違う。犯人は全員自殺。これではまるで捨て身だ。

 向こうから陽が漏れ始め、薄暗さが晴れていく。空き地があるようだ。光の地へ行く前に、アークが振り向く。


「いずれにしろ、あまり人を信用しない方がいいかもね。いつ何時自分が命を狙われるのか、分かったものじゃないから」

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