第152話 違って同じな二人(シャーラン視点)
日が暮れ始めようとしている頃、わたしは後ろにいるトカゲの少年を『ある場所』へと案内している。目指している場所は、わたししか知らない秘密。シーナでさえ知らない、わたしのもう一つの居場所。誰も来ない、一人で静かな時間を過ごせる。だから誰にもその場所を教えないし、教えるつもりもなかった。
じゃあ何故、わたしは彼にその秘密を教えようとしているのか?病室での彼が放った一言が気になった。それが一つの理由。病室ではシーナがいるから、話しづらい環境だった。もう一つは、この時期には必ずその場所へ行かなくてはいけなかった。それは、自分で決めた義務。だからわたしは、その秘密の場所へ目指す……。
「どこまで行くの?」
後ろから声をかけられる。今は、騎士団から少し離れた森の中を歩いている。夕焼けの空を上空で見つめ、森はその橙色の光を吸収するかのように、暗く湿っていた。おまけに昨日の雪で、地面はぬかるんでいた。ここは人の手が加えられていない、整備されていない森のため、自然の思うがままに形作っていた。毎回秘密の場所へと行くには、この荒れた森を通らないといけないため、ほぼ毎回迷わないように目印をつけながら進んでいく。今回も同じことをしている。
「もう少しで着くわ。……見えてきた」
延々と続くと思っていた森の中で、何も無い開けた場所へと躍り出た。そこまで大きくもない空き地で人が来ることはない。整備もあまりされていない森の奥深くまで行くような場所だから、ここまで来ようとも思わないのが普通である。でもわたしは、そうじゃない。空き地の中心に、文字が刻まれた墓石があるからだ。
「来て。ここは安全地帯だから」
「中心にあるのは、お墓?」
「そうよ。わたしの母の……ね」
トカゲ少年に、母の墓を見せる。誰にも教えていない場所、密かに作った母の墓。破廉恥な思いを噛み殺して、冷静な表情を保ち続ける。
「君が作ったの?」
「ええ、誰にも言っていないわ。あなたに教えたのが始めてよ」
「それじゃあ、なんで僕に教えたの?」
何故教えたのか?それは自分自身にも聞きたいことだった。
「分からない……いつも通りの判断が鈍って、錯乱状態に陥っているのかもしれない。見た目に表れないだけで」
少なくとも、普段のわたしなら場所を変えて、その場所が自分にとってひた隠しにしているところに選ぶような愚かなことはしない。本当に、わたしはどうしてしまったんだろう。それ程、自分が人殺しの能力と過去をばらされて、それを知った少年が目の前にいて、どう対処すればいいのかが分からなくなったのだから。自分は彼に怯えている。見下すような目で見るのではないのかと。
だけどわたしには、それを聞く勇気がない。いっそのこと、わたしに関することをずっと聞いてこなければいいのに……。
「僕は、君の過去や能力をずっと知っていた」
「……!」
やっぱり、何も言わないでとまではいけない。ずっとわたしの事は知っていた。病室で言われた時は、戦慄させられた。その言葉を発した彼はどういう意図があるのかは置いといて、眼差しや体勢の何から何まで、その言葉は真実だということを伝えてくる。
「どうして……どこで知ったの?」
彼はイヴェール家の人ではない。理由によっては、彼をここで殺すことになる。護身用として、いつも母の形見である二刀流の漆黒の剣に手を触れた。
「勘違いはしてほしくないんだけど、僕は知ろうと思ったんじゃない。君達の情報が自然に伝わってきたんだ」
「信じられないわね。親から聞いたとでも言うつもり?」
「親からだよ」
愕然とした。彼が言っていることが本当なら、イヴェール家の情報の管理に穴があったということになるからだ。始末した時に、隠しやすいと思って人が入ってこない場所を選んだけれど、心配は杞憂に終わった。もっとも、母の墓の目の前で人を殺すのは後ろめたさがあったし、なによりイヴェール家の管理の甘さが分かり、課題点が見つかってよかったと思っている自分がいた。
「それが本当なら、あなたの両親はどこで知ったの?わたし達の親族?」
「……多分そうだと思うよ。別に、僕達の家族は人の秘密をそう簡単にばらさないから安心して」
「そういう問題じゃないの。超能力が生まれる一族が世間に知られたら、何が起きるのか分かったものじゃない。もしかしたら、わたし達の存在を恐れて暗殺者を仕向けてきたり、反乱の組織が生まれる可能性があるのよ。言う言わないじゃない。これはわたし達一族の存続に関わる問題なの。だからあなたの発言に危険な趣旨が含まれていたら殺すつもりだった」
「……絶対に言わないよ、僕の両親は。だって、二人共死んでいるんだから」
トカゲ少年は暗い表情になる。彼の言葉と表情で、一気にわたしの殺意も薄れていった。情に揺れてしまうのは、わたしの改善点でもある。戦いでは、それが妨げになって死ぬかもしれないからだ。
「知らなかったわ……」
「知らなくていいんだよ。君が初めて秘密の場所を話したように、僕も初めて自分の秘密を話したよ。……僕の両親はね、ずっと昔からいないんだ。二人から聞いたのは、イヴェール家は超能力が生まれる一族という会話だけだった。君のファミリーネームがイヴェールだったことや、人に触れたがらないことから、すぐに何か超能力は持っているんじゃないかと思ったよ。そしたら、案の定だったよ」
「……悪かったわね、案の定で。でも、それを何でわたしに話したの?」
「そうだね……似ているんだよ。僕と君は。一見かけ離れているようで同じ。君の過去を知った時は、さらにそれが増したよ」
わたしと彼が同じ?何が同じなのかが分からないし、理由になっているのだろうか?まあ、それは別によかった。それより、久しぶりに母の顔が見れるこの場所に来て、わたし自身はとても嬉しかった。
「いい場所だね。静かで平穏そうなのが」
「母は、静かな場所が好きだから……。わたしの過去を知ったということは、母のことも知ってるのよね?」
「うん」
だったら、別にもう隠す必要はない。中途半端に説明するより、全部教えたほうが、彼もスッキリするだろう。
「わたしの母は、ミロワール・マレンに殺された。知ってるでしょ?虎獣人の少年の塔の展望台で会った子よ」
「あの子が?だから、彼女の一騎打ちに挑んだの?敵討ちみたいに」
「ええ、無謀だった。今でも思い出す度に虫唾が走る。でもそれくらい、母を殺した人物が許せないの。許せるわけがない。見た目はわたし達と同じようだけれど、少女とは思えないほどの強さを誇っている。騎士団でも、彼女は危険人物と認定されているほど……」
「そんなに強いの?あの子は?」
「……イデアルグラースの最高幹部の一人だから、当然のことよ。年齢もわたし達よりずっと上なんでしょうね」
一般の訓練生では知らない情報を、わたしは握っている。騎士団の中でも、わたしは特別扱いを受けられていた。わたしの人殺しの能力を明かせば、一気に彼らの手はひっくり返るのに……。わたしは、騎士団の中でのわたしの存在が好きじゃない。自分がいつも成績でトップを保ち続けているのも、自分より母や一族のため。わたしがいくら傷ついても構わないけれど、わたしのせいで母や一族の名を汚すのはとても嫌だった。周りも、イヴェール家の中で誇れる母の娘という肩書きで見る。わたしそのものは見なかったけれど、それで全然よかった。だって、わたしの超能力を知れば……母に傷をつける。自分の居場所がなくなる。損がとても多かった。だから周りから注目を浴びながらも、誰とも親しくする気はなかった。他人に触れるのも極度に避けた。距離を置き、誰も寄ってこないようにする。あまり不快感を持たせないように、人との付き合いが苦手だというのを全面的に曝け出し、周りを敵だと思い込む少女だと思わせるように演じた。
そしたら、本当に誰も来なかった。他の人なら問題なのかもしれないけれど、わたしから見ればハッピーエンド同然だった。自分の居場所を保ち続けられる。わたしのせいで早死にする人がいない。名誉も守れる。他人と距離を置くことで、これほどまでに得になるのはわたしだけだろう。わたし自身が嫌いだったから、演じるのも楽しかった。ずっと一緒だったシーナも近くにいて、わたしにとってとても平和な日々が続くはずだった。
目の前にいるトカゲ少年は、今のわたしを脅かす狂気。幸せの秩序を壊しかねない人。
「……笑っていいのよ?蔑んでいいのよ?元々超能力を持つのがいけないの。その上、触れれば人の命を吸う能力なんて、恐怖しかないでしょ?あなたが言わなくても、他の人が話さないとは限らない。戻れば、わたしの居場所は無くなっている。話したシーナには、別に責める気はない。自分の管理不足だから」
「このまま戻らないつもり?君の秘密を知っても、誰も話さないよ」
「そんなに人を信用できるの?人の隠したいことを絶対話さないなんて、誰が保証するの?……もういいのよ。わたしがいなくても、シーナ以外誰も困らない。ここでずっと暮らしていれば、誰も傷つかない」
「そのシーナが傷つくよ。それに、もしかしたら秘密を知ったみんなが新たな居場所を作ってくれるかもしれない」
……。人の約束したことなんて平気で破るのが当たり前。昔にそれを体験したから、よりそう言うことができる。騎士団に戻れば、全訓練生がわたしの能力を知って蔑んでくる。根拠があるわけじゃないのに、そう考えてしまう。これを、みんなは被害妄想と呼んでいる。わたしもそう思っている。
「みんなと一度会ってからにしよう。君が留まるかいなくなるかは後回しにしてさ。でも、君がいなくなると、さっきも言ったように傷ついたり困ったりする人がいるんじゃない?シーナがその例だよ。君にとても慕っていたよ」
シーナ……。彼女の顔を浮かべた瞬間、自分が死に急いでる考えに冷水をかけられるように、はっと目が覚めた気がした。何を考えていたんだろう、わたし。人を困らせたくなかったのに。
でも……とても怖い。今騎士団でどうなっているのか?それが気になって仕方がない。
「君は知らないどろうけれど、今騎士団内で殺人事件が起きたから、君の情報なんて話題にしてないと思う。それに信憑性も低いしね。だから過度な考えをするのはやめよう。普通に戻って大丈夫だから」
……殺人事件?あまりの唐突さに疑問を浮かべる。彼の言い方をされると、戻ろうという思いが強くなり、自分がやろうと思っていたことがあまりに馬鹿馬鹿しかったことにも気づかせてくれる。思えば、シーナがいたからこそわたしはここまで頑張れた。彼の言うとおり、今は戻るべきなのかもしれない。
「まあ、落ち着いて考えればいいよ。僕は病院へ戻るのが懸命だと思っているけれど、それを決めるのは君だ。夜は冷え込むから、なるべく早く決断した方がいいよ。それじゃ、またあとで」
トカゲ少年は、森の中へと消えていった。残されたわたしは母の墓を見据える。そして、歌を紡ぎ始めた。母が好きだった歌を歌う。
暁の空で染まっている森に、メロディーが溶け込んでいくみたいだった。




