第148話 華麗で醜いわたし
病院に着いた時、俺とシャーランを除いた六人が既に来ていた。搬送された彼女も、治療を終えて病室のベッドに寝かされて眠っている。その光景をみんなが囲んで見ていた。
「一命は取り留めたので、もう大丈夫です。しかし、数日間はこの状態でしょう」
「じゃあ、シャーランは助かったんですか?」
シーナの問いに医師は頷く。安堵して崩れ落ちるシーナ。その背後にいたのは二人の警官だった。
「失礼ですが、被害者と共にいた方々にお話を聞かせてもよろしいですか?」
「まさか……あたし達を疑っているんじゃないですよね?」
「その件は無いと思っています。調べたところ、四人全員のティーカップの中から毒物が検知できましたから」
全員……。つまり下手したら、クレアとミリーネ、シーナも毒を盛られた可能性があるということだ。
「あともう少しで治療が遅ければ、彼女は間違いなく命を落としていました。幸いにも、助けをすぐに呼んでいたので、結果的には無事でしたけれどね」
医師が断言したのは、自分の近くにいた存在があと少しでいなくなるところだった、という事だった。
「クレア……」
シーナが涙を潤ませながらクレアの手を取る。
「本当にありがとう。あなたがいなかったら、シャーランはどうなってたか……」
「わ、わたしは……」
成程、助けを求めさせたのはクレアだったのか。
「それで、犯人は誰なんですか?」
「今、容疑者を追っているよ」
「追う?」
医師の問いに警察が答え、俺は思わず彼らの答えを繰り返してしまう。
「怪しいのは、あの喫茶店のウェイトレスだと思っている。君達に紅茶を渡したのもその子だし、事件が発生した時、彼女は店からいなくなっていて行方不明となっているんだ」
それは……怪しすぎる。というより、もう確信犯ではないだろうか?
「何か、君達に恨みを作らせた要因みたいなのはないかな?覚えてることならなんでもいいから」
「あるわけないじゃない!あるわけ……ないと思います」
シーナが力強く言った言葉は、最後は気が抜けた炭酸水のように弱々しくなった。警察は小さく溜息をつくと、病室から出る仕草をとる。
「また伺います。ご協力、ありがとうございました」
そう言い残して、警察達は出て行った。その後に医師も、俺達を気遣うようにして外へ出た。残されたのは、俺達と七人と眠っているシャーラン、心拍数を測る音だけだった。
「シャーランは助かった。あとは、犯人が捕まるだけだな」
「毒を使ったんだから、それを入手した道を辿ればすぐに分かると思うけどなぁ」
「それが、そうともいかないのよ」
リアムとミリーネの呟きに、クレアが反応する。
「使われた毒は、青酸カリみたいな薬物じゃないの。ドクゼリという誰でも見つけられる毒草だった。食べると、痙攣や呼吸困難、意識障害。そして、死に至ることもある。それを細かくしたのも見たことがあったし、カップの中に白いドロドロした物があったから、大凡の見当はつけた。実際にそうだったし」
「見ただけで……分かったのか?」
「……全然、自信はなかったけれど」
白いドロドロした物だったらいくらでも予想できると思うが、その毒草の可能性も視野に入れられたことには、感服せざるを得ない。
「それより、今日の虐殺事件といい、シャーランの件といい、不穏な一日だったね」
「ああ。冬が近づいてるから、みんな気が動転してる、だけでは済まない問題にまで来てるしな」
アークは不安げに言う。大量虐殺、毒殺未遂、通り魔、殺人未遂。たった一週間程度で、これほどの事件がこの騎士団の領地で起きた。警備が頑丈な騎士団では、異例のない事態だ。今回のシャーランで、街の住民だけでなく騎士団の訓練生にも、時間規制などが発生するかもしれない。
「本当……何が起きているんだろうね」
「リアム、あたしの傍から離れちゃだめだよ!」
クレアの心配を他所に、リアムとミリーネ。お前らは……。気がつくと、シーナはシャーランに寄り添っていた。
「なんで……シャーランはこんな目に遭うの?嫌というくらい罰を受けているのに……」
「シーナ?罰って何?」
彼女の悲しみが込められた声に、クレアは問いかける。彼女は口を押さえて、怯えた表情で俺達を見る。まるで、失態を犯してしまったかのように。全員の目線が、彼女に向けられていた。助けを懇願するかのように、深い眠りに閉ざされている少女に目を向けるが、当然助けてはくれない。
「……そうだよね。話したほうが、みんなも分かってくれるだろうし……」
彼女自身に向けられた言葉を発する。それから、俺達を見据えた。
「今からあたしが言うことは、絶対に他言しないと約束してくれる?特に、あたし達と同じ訓練生に話さないように。あたしはともかく、それを知ったシャーランは、怒り狂って腕の一本はへし折ると思うから」
「さらっと脅してんじゃねーか」
ヴィルギルの突っ込みは無視して、彼女は話を続ける。
「シャーランの家族、イヴェール家と言えばいいのかな。聞いたことはあるでしょ」
「この対白魔騎士団に従属している一族だよね。彼女はその血筋でしょ」
「あなたは……アークだっけ?ご名答。知っているなら話が早いわ」
イヴェール家。騎士団に従属した一族。昔聞いたような気がする。そうか、彼女はその一族の血統だったのか。
「イヴェール家は戦いに長けた一族であると同時に、超能力を持った人達なのよ」
「超能力?」
「そう。離れても物が操れる念動力や人の心の声を聞く精神感応能力、中には時間遡行を持つ人もいた。もちろん、生まれてくる子達がみんな超能力を持って生まれてはこないわ」
「ちょっと、待ってくれないか」
シーナの説明をリアムが遮る。彼の様子を見るに、動揺していた。もちろんそれは、彼だけではない。俺もだった。
「いきなり話が飛びすぎていてよく分からんぞ。超能力を持つ一族なんて言われても信じられないし、ましてや超能力なんて存在しないはずだが……」
「存在するのよ。イヴェール家ではね。それが一般の人に口外していないだけで、あの一族の中では常識なの。超能力がある子が生まれてくる原因はいろいろあるけれど、一番は科学の黄金期と呼ばれた時代に超能力の遺伝子を組み込まれて、それがあの家族に代々伝わっている説が有力かもしれないわね。質問はあとでいくらでも受け付けるから、あたしの説明は最後まで聞いて」
「あ、ああ。分かった」
シーナの地味な圧力が、リアムを退ける。彼女の説明は続いた。
「シャーランがイヴェール家の人である事は別に隠すつもりはないの。問題は、彼女の超能力だった。この子はね……魂喰いという能力を持ってるの」
魂喰い……。なんとなく、想像することが出来てきた。
「魂喰いは触れた人物の生命力を奪い、長時間触れ続ければ死に至らす力。シャーランの超能力は正にそれで、発覚したのは三歳の時。彼女の飼い犬が突然死んだ。次に、仲の良かった子も。昨日までは元気だったのに、原因もない突然死を遂げた。能力が発覚した以降、シャーランが人に触れるのを避けるようになった。どんなに気まずい関係になったとしても、冷たい態度を取ることになっても、人に触れないようにした」
やっぱりそうだった。彼女が人が触れないようにしていたのは、大きな原因があった。けれど、その原因はあまりにも大きくて、俺の想像の範疇を超えていた。
「でも勘違いしないで。シャーランは決して人が嫌いなわけじゃない。人を傷つけたくないから、自分に情を持ってほしくないから、冷たい態度をとっているの。決して、あなた達を嫌ってはいないから」
彼女は手を組み合わせて、祈るような姿を見せる。俺は前に一歩進み出て、思った疑問を彼女に当てる。
「事情は分かった。なんでシャーランが人に触れたがらないのも、だ。けれど一つだけ理解できない事がある。何故君がその事を知っているんだ?イヴェール家の超能力は一般人には口外していないんだろ?秘密を明かすとか、彼女の人柄を考えるとそんな事はしない。改めて聞く。シーナ……お前は何者だ」
彼女は目を閉じる。そしてすぐに目を開けた。すべてを包み隠さず、洗いざらい話してもらおう。超能力という存在で、もう驚くことはないだろう。そう思っていたが、彼女の答えは……俺の予想の斜め上を平然と超えた。
「あたしの名前はシーナ・レーゼル。もう一つのファミリーネームは……イヴェール。あたしはシャーランの……お嬢様の双子の妹よ」




