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白銀のヴァールハイト  作者: A86
5章 忍び寄る影
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第147話 毒と黒(クレア→デューク視点)

今回もかなり長いです。

 放課後、場所は騎士団内の喫茶店


「こんな事してていいのかな?」


「もう、クレアまで心配する必要はないじゃん!あたし達は、あたし達なりの事をしてればいいの!」


 一つの丸いテーブルに、四人の少女が囲んでいる。わたしとミリーネとシーナとシャーランだ。


「月一回のお茶会、始めましょう」


「始めましょー!」


 シーナの掛け声に、ミリーネが囃し立てる。わたしはただ拍手をしていて、シャーランはじっと見ていた。でも彼女は、よそよそしく目を動かしていた。いつもは何も動じないのに、そこが彼女らしくない。


「ねえ、シーナ」


「どうしたの?シャーラン」


「やっぱり、今日は帰るわ。街は物騒だし、それに……」


 シャーランは、言葉が詰まった様子を見せる。店の音楽が流れ、誰もが動かずに、遠くから見ればそれが一枚の写真のように思えてくるかもしれない。


「それに?」


 ミリーネが彼女の言葉を繰り返す。


「やっぱり、なんでもないわ」


「……よし!じゃあみんな、好きなお茶を選びましょうか」


 そこからは、みんな独自にお茶を頼んで、他愛もない話をした。

 世間は今、虐殺事件で震え上がっている。わたし達が、今こうして楽しむことは論外なのだろうか?犠牲となった人達に弔う気持ちを向けるのが大事なのか。

 なんで自分は、こんなに落ち着いていられるんだろう。それはつまり、自分の中で死に対する距離感が近くなったから。大切な人がいなくなった時、目の前で殺人が起きた時、友人の父親が殺された時。かつて遥か彼方にいると思っていた死の距離感は、実は案外近くて、わたし達が気づいていないだけに過ぎなかった。だから、わたし達がいる場所から近い所で殺人が起きても、物怖じせずにいられている。死に親しみを覚えている。じゃあ、わたしの友人の死が近くなったらどうなってしまうのか?冷静でいることは出来ない。それは、矛盾こそはしているけれども、人が持つ感情が関わっている。昨日までいた人が……隣にいない。説明だけでは分からない寂しさが、ここにある。どんなに近くに摺り寄せられていても、絶対に誰も理解できない気持ち。


 わたしは、まだ受け入れられていない。『彼』の死を。


「クレアは恋したことあるのー?」


「え?」


「恋よ。恋。あなたの容姿だと、二~三回してる感じかな」


 いきなり話題を振りかけられて、少しだけ戸惑う。けれどすぐに、みんなは今恋ばなをしているのが分かった。


「そんなにしてないよ」


「そんなに?ということはあるの?」


「……うん」


 ミリーネとシーナが詰め寄ってくる。シャーランは冷めた様子で見ている。いつの間にかテーブルの上には、四つの澄んだ紅褐色の液体が入ったティーカップがあった。常時、湯気が出ていて甘い香りが鼻を刺激する。


「それで、どうだったの?その恋」


「わたしが好きだと思った人は、遠い国……わたしが一生かけても行けないところへ行っちゃった。わたしもいつか、その国にわたしも行くと思うけれど、その時わたしは彼を愛しているかは分からない」


「分からなくていいんじゃない?」


「……どういう事?」


 シーナの発言に、わたしはその言葉に問いかける。


「その人のこと、今でも愛してる?」


「うん。でも後ろめたい気持ちもあるの」


「後ろめたい、とは?」


「わたしの想いが一途なせいで、一人の人物の恋を拒絶した。でも彼は許してくれて、今でも一緒になることがあるけれど、その人とは恋人とは別の関係を持っていて、その人はわたしの好きな人の友人で、それで……」


「複雑だね……その恋」


 シーナが小声でそう言った。人に話したからなのか、少し気が楽になった。


「まだその事で悩んでたのね」


 意外なことに、シャーランが口ずさむ。ティーカップを手にし、水面を揺らしている。


「あなたの恋は解決できたと思ってた。でも、違ったのね。戦いで、その私情を挟んできそうで怖いのが素直な気持ちよ」


「大丈夫。そこはちゃんと弁えているから」


「……それなら、別にいいわ」


 彼女は、静かに唇をティーカップの淵につけ、湯気が出ている飲み物を喉に流し込む。すると、彼女が突然目を見開いた。


「うっ……がはっ……!」


「シャーラン!?」


 彼女は、持っていたティーカップを落とす。直後にカップが割れる音がして、周囲の人々がこちらに視線を向ける。どよめきが広がっていくのが分かった。シャーランは椅子から崩れ降りるように倒れた。瞳孔が開き、軽く痙攣をしている姿に、恐怖を覚える。


「……シーナ!助け、救急隊を連れて来て!ミリーネも!」


「わ、分かった」


 取るべき行動を思い出し、懸命にシーナとミリーネに助けを呼ぶように言った。わたしは、テーブルに置いてあった水を取って、シャーランの口に含ませる。ふと、シャーランが飲んでいた紅茶のティーカップを見た。割れたカップの中には、広がった紅茶の他に、ドロッとした白い何かがあった……。


――――


 今から数十分前

 俺は、ブラウンと共に螺旋階段を降っている。放課後、彼が一緒に来て欲しいという約束で付き合っている。底は暗く、グルグルと回ることで自分達の位置が把握出来なくなる。それぞれ懐中電灯を持って、階段の先を照らしていた。


「暗いですね。ここって何なんですか?」


「聞いたことがある。この騎士団が建設された時、奇襲に遭った時に逃げ道になるように作られたらしい。あと、防空壕としての役割も持っていたらしいぞ」


「それでは、この先に逃げ道があるのですか?」


「そのはずだったけれど、地下の工事は中断されて、結局は穴を空けただけで終わったらしい。ここへ来るとき、階段のところに立ち入り禁止のバリケードが張られてただろ。本来、ここは一般の奴は危険だから入ってはいけないんだ」


 でも、今こうして堂々とバリケードを抜けて侵入しているから、不法侵入同然のことを俺達は今やっているのだ。スリルはあるが、余程のことがない限りは二度としたくないものだ。


「今回だけだからな。立ち入り禁止区に入って、補習を受けるのはもう御免だ」


「補習?受けたことがあるんですか?」


「ああ。辞書と変わらない厚さの本の文章を延々と紙に書き続けるんだ。流石にあれはきつかった……」


 ブラウンが渋い表情を見せる。教師の誰かがこの近くに来ないかが心配だ。


「わ、話題変えましょうか。フライハイト先輩は、どうしてこの騎士団に入団したのですか?」


「結構、深入りしてくるんだな……」


「少し、興味があるだけです」


「俺が入団したのは、ある人の思いを引き継いだからだ」


「引き継いだ?」


 ブラウンが足を止め、こっちの方へ向く。螺旋階段も、終盤に差し掛かったところだった。


「五年前、俺は対白魔騎士団に入ろうとなんて思っていなかった。俺の友人が入団しようとしていて、そいつはいつも俺を勧誘していた。けれどある時、その友人は死んだ。ヴァイス・トイフェルによって」


「そんな……」


「遺物のように渡されたのが、一冊の本だった。その本が、俺がやれみたいに言っているようにも感じられた。死んだ友人の声がずっと、頭の中で聞こえていた。それから、俺は騎士団を目指すことになって、それと同時にその友人の目標である、世界のすべての真実を知ることも継承した」


「世界のすべての真実を知る?」


 俺達は、残り僅かで底に着く螺旋階段を降り続ける。光が少しずつ薄れ始め、懐中電灯の光だけが頼りになってきた。


「ヴァイス・トイフェルのこと、世界のあり方、それを知りたい。友人はそう言っていた。それこそが、今の俺達がやるべき事だと言っていた」


「それは……良いことなんでしょうか?」


「あ?」


 螺旋階段の数手前で、ブラウンは再び立ち止まった。


「これはあくまで、僕の意見ですよ。……人は皆それぞれ、秘密を抱えて生きています。中には、自己の精神を守るものだってあるでしょう。それは世界でも同じことが言えると思うのです」


 この深さだと、彼の表情が見えない。懐中電灯は下に向けられている。


「人は、絶対に正しいことができるとは限りません。いつか間違える時だってあります。もし、その間違えた内容があまりにも、人間性を疑うものだとしたら……僕は真っ直ぐ隠すと思うんです」


「……何が言いたい?」


「僕は、ヴァイス・トイフェルの真実がすべてじゃないと思うんです。この雪の侵略者が迫ってくる世界で、たくさんの秘密や嘘で練り固められている気がします。それがさっき言ったように、人間性を疑ってしまうようなものだったら、僕達の存在のあり方に疑念を持たせる真実だったら。それが社会を形成している一つだったら、秘密と嘘で作り上げられた秩序を暴いた瞬間、世界は崩壊し、ヴァイス・トイフェルの話だけでは済まなくなる。ですから、フライハイト先輩。もし世界の真実を暴くなら、気をつけた方がいいと思います。世界を人と考えると、その人の秘密を問答無用に解き明かすということになりますから。真実を知るというのは、時に人を打ちのめす力があるので」


 あまり考えたことがなかった。謂れ因縁の書に封印された真実は、あと三つ。ヴァイス・トイフェルの秘密はもう暴かれた。ブラウンの言う通り、真実はヴァイス・トイフェルだけじゃない。その真実を隠蔽したのには、必ず理由がある。覚悟どころじゃない。もしかしたら俺は、とんでもないものを明かそうとしているんじゃないのだろうか?彼の言ったとおりに、世界の存在を疑ってしまうことが、あの書物の中に記されているとしたら……。その時俺は、無事に戻ってこれるのだろうか?平常に保てるのだろうか?

 ありとあらゆる可能性が出てくる。でも、もう戻れない。俺は知ってはならないことを既に知ってしまった。最悪、上の機関に抹消されるかもしれない。だってこれは、政府が関わっていたことだ。危険人物とされてもおかしくない。スチュアート先生がその事を他人に漏らして無くても、いつかはその秘密も暴かれる。全員が、俺が世界の深層に触れたことを知ったという真実を知ったら。

 俺はもう、とんでもないことをしている……!


「先輩?どうかしましたか?」


「心配はいらないよ。先へ進もう」


 いくらなんでも、これは迂闊すぎだ。話さないと。スチュアート先生と今後のことを話さないと!あの書物はどうする?

 ……。

 結論は急かしすぎないほうがいい。かえってボロを出すだけだ。まだ、数人しか知られていない。先生と会って考えなければ。

 結局、俺も自分を守るために真実を隠している。謂れ因縁の書のように、真実に鍵をかけて、見られないように鍵をどこかへ隠している。

 ようやく地下にたどり着いた。何も見えない。懐中電灯と上から差す光しかない。


「それじゃあ、急いで探し物を見つけて帰ろう」


「先輩。謝らなければいけないことがあります。僕は、先輩に一つ嘘をつきました」


「……嘘」


「はい。本当はここに僕の教材は落ちていません。ここに来たのは、別の理由があるのです」


 理由。こいつ、何を……。警戒心が突然高くなった俺は、予備として持ってきた破邪の利剣代わりの刀を手に持つ。すると、ブラウン自身が懐中電灯を顔に当て、暗闇の中に浮かぶ幽霊のようになった。


「実は、ずっと前からこの螺旋階段の下に何があるのか気になって、探究心を抑え切れなかったんです」


「……は?」


「一人で来てみるのも良かったんですけれど、自分の中に臆病な面であったせいで、先輩を巻き込んでしまいました。すみません」


 俺は呆気に取られて、刀を戻すことすら忘れる。ゆっくりと帯刀をし、ブラウンに問いかける。


「それだけの理由で、この立ち入り禁止区域に侵入したのか?」


「はい」


「……身構えた俺が馬鹿みたいだ……」


 すごく寒い風が吹いた。それは多分、俺とブラウン両方が感じているだろう。彼の気持ちも同性としては分からなくはないが……。


「でも、ここは本当に何もないぞ。一応地下にも来れたし、戻ろう。……ブラウン?」


「今……風が吹きつけてきませんでしたか?」


 彼がそう言うと、懐中電灯が向こうへと走り去っていく。それはつまり、ブラウンがさらに奥へ進もうとしていることを意味していた。


「待て、おい!それ以上先はまずいぞ!」


 彼を引き止めるために、俺は追いかける。右に曲がり、左に曲がって、彼は止まった。俺はそいつの左側に立つ。


「ここです。ここから風が吹きつけてきます」


 懐中電灯を照らす。俺達が止まった目の前には、大きな穴があった。地面には雪が残っていて、風が常時吹いている。この先は――


「外へつながっているのか」


 返事がない。もう少し大きめの声で言う。


「……?ブラウン、おい」


「あっ、すみません。聞こえませんでした」


「近くにいたのに聞こえなかったのか?」


 すると、彼は黙りこくってしまった。


「今度はどうした」


「先輩。もう一つ、秘密にしていたことがあります。実は僕、左耳が聞こえないんです」


「そうなのか?」


「はい。いつからかは覚えていないんですけれど、ある日突然左耳だけ聞こえなくなったんです。ですから、左側の音は全く聞き取れないんです。……それより、この洞窟」


 懐中電灯を洞窟の暗闇の中に差し込ませる。先はよく見えないが、風は通ってきていることは、外には一応つながっている。


「本当はもっと行ってみたいが、やめよう。引き返したほうがいい」


「そうですね。立ち入り禁止区域ということは、この先も危険でしょうし」


 そうだ。俺達は今、不法侵入をしている。罰則はもう受けたくない。


「戻ろう……。早く、早く!」


「急ぎましょう!」


 その後俺達は、ひたすら続く螺旋階段を上り続け、バリケードを抜けると、人目につかないようにすぐにそこから離れた。あの洞窟へ行かなかったのは、危険かもしれないという事と、あの……五年前の事件と似たようなシチュエーションだったからだ。あの先は……どこへつながっていたんだろう?


――――


「よし。もう大丈夫だ」


「ちょっとだけ、スリルがありました」


 こいつ、楽しむ余裕があるのも今のうちだな、きっと。

 俺達は本校舎を出て、寮を結ぶ並木道にいた。日は沈み、白いカーペットが敷かれた地面には、各自の特徴のある足跡がたくさん残っていた。


「あの洞窟、一般の人は知らないんでしょうか?」


「当たり前だろ。知ってても、この騎士団に深く関わっている人くらいだろうな」


「それでは、敵があそこから攻め込まれた時、対処の仕様がありませんね」


「は、はは……」


 笑えない冗談だ。その時、また携帯から着信音が鳴り、ポケットから取り出して発信者を見ると――


「クレア?」


 目で通話ボタンを押し、耳に当てる。


『デューク!?やっと出た……』


「どうした?」


 彼女の声色から慌ただしさが分かった。何かあったのか?


『聞いて、シャーランが……。飲んだ紅茶に毒を盛られていて、今生死をさまよってるの……』


「……な。どういう事だ!?」


『いいから、早く病院へ来て!』


 通話はそこで途絶えた。見ると、不在着信が十四件もある。


「先輩?」


 虐殺事件の後、また事件は起きるだろうと思っていた。けれど、もうこんなに早く来るなんて。それも犠牲者は、俺が危惧していた騎士団の訓練生、それも俺と関係を持っている人物。


 シャーラン・イヴェールが犠牲者となった。

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