第146話 騒ぎの後に
病院に着いた俺は、受付で母がいる病室を聞いた。病院のスタッフは忙しなく動いていて、次から次からへと運び込まれてくる怪我人の対応をとっていた。外では赤い光が点滅していて、俺達の目に映る世界を赤く染め上げているように思えた。
母が刺され、病院に搬送された。この言葉を聞いて搬送された病院の場所を知ると、衝動を抑えながらもクレアとアークに一旦別れを告げて、ここへやって来た。騎士団と合併した病院だから、そこまで時間はかからなかった。情報がまだ乏しく、事件の詳細はまだ分からない。けれど、母の容態は知らなければ……。
エレベーターは使えなかった。患者が優先なので、俺は階段を使うことにした。一段一段と、踏み込むのが重い。早く病室へ行きたいはずなのに、何故か足取りは重かった。警察は母が死んだとは言っていない。だが、重症だとも言っていない。
会うのが怖いのか、怖くないのか。
無事なのか、そうじゃないのか。
その瀬戸際に立たされている気がして、それが原因で足取りが重くなっていると思えた。
つまらない考えに浸っている内に、母の病室がある階に来た。静かで、人がよく通っている。看護師が患者のカルテを持ち、ある人は点滴を掴みながら歩く患者がいる。殺風景なのに穏やかの壁と、清潔な床。窓から差し込む光は、その清潔な床に照らされてこそはいるけれども、鏡になりきれない床はその光をぼやかし、淡い道が出来上がっていた。その道の上を、俺は歩く。背後に伸びる影。気持ちが込められていない無表情の天井の照明が、まるでスポットライトの役目を持っているかのように、盛り上げているようだ。その音もない騒ぎに、俺は主役のような振る舞いをする。
少しだけ、暗い気分が晴れた。
ノックを二回し、一言言って引き戸を開ける。そこにいたのは――
「あらデューク。来てくれたのね」
ベッドに寝ている母さんと二人のスーツを着た人間と熊獣人の男性がいた。おそらく、警察だろう。
「それでは、また後ほど」
二人の警察は、母さんにお辞儀をする。病室から出る時も俺に向かって敬礼をした。そっと扉を閉じて、俺は母さんのところへ駆け寄る。
「ごめんね。軽傷なのに、担当医師があなたに電話をしたから心配したでしょ?」
「軽傷ってどれくらい?」
「脇腹を刺されたのよ」
そう言って、母さんは右手で刺された脇腹をさすった。若干表情を歪めたことから、傷の深いのかもしれない。
「十分重症じゃないか」
「そうね。でもわたしより重症な人はたくさんいるわ。一週間で退院できるから、何も入院までしなくていいのに」
「母さんの年頃を考えてのことなんだろ。そこは、言葉に甘えてもらおうよ」
「入院費のこともあるから、もっと深刻な人にベッドを譲りたいし……」
露骨に聞いてないな。でも、母さんは無事みたいだ。……本題を切り出してみるか。
「母さん……。事件のことは聞いたよ。それで辛いとは思うけれど、何があったのか教えてくれないか?」
後ろめたい気持ちが伝わる。俺に話していいのか?この時の俺は、母さんの気持ちが手にとって読めた。
「実は、わたしもさっきまで分からなかった。病室から出て行った二人がいたでしょ?」
「うん」
「あの二人は警察でね、事件の全容を教えてくれたわ。その後、事情聴取をしていたの」
やっぱりあの二人は警察だったか。
「それで、あの二人はなんて言ってたの?」
返ってきた反応は……無。それでも、母は言い淀みながらも言葉をつなげようとする。
「あまり言いたくないな。デュークに、こんな物騒な話を」
「俺の親が被害者に含まれていたなら、俺をその事件を知る権利があると思うが」
「……確かに。今わたし達がお世話になった街で起きたことですもんね。知っていた方が得策でしょうしね」
「ああ、それもある」
母は意志を決め、俺に洗いざらい話してくれた。それは、とても現実的とは思えない内容だった。
まとめるとこうだ。異変が起きたのは、12時09分。一人の人間の男性が奇声を上げてナイフを振り回し始めた。その男は人を次々と刺していき、中には死に至るほど深々と刺すこともあった。近くに警察にいたことから、すぐにその男は取り押さえることができた。
しかし、ここからが本題に入る。なんと傍観していた者達の内、六人の人間獣人問わない男女が人間の男と同じように持っていたナイフを取り出し、人々を刺していったのだ。ただでさえ、ざわついていた人々はさらにざわめき、パニックに陥って、人々がその通り魔達から逃げようとしてすぐに大混乱にまで発展した。
人通りが多いため、すぐに犯人達を全員取り押さえることができず、被害者がかなり膨れ上がってしまった。しかし最終的には、全員を捕まえることに成功する。警察も増援されて、現場は封鎖、未だ混乱している人々を沈静化させて、落ち着きを取り戻そうとしていた。
だが、さらに予想外の事態に発展していく。犯行をした七人は、取り上げられたナイフとは別の物、あるいは警察から拳銃を奪い、七人全員が自殺をしたのだ。狙った部位は、脳幹か心臓部分。取り押さえる時間すら与えてくれず、あっという間だったようだ。その七人もこの病院に運ばれたが、ついさっき全員の死亡が確認されたという。捜査は一気に、難航になった……。
「その犯人達は普通の格好だったの?」
「そうね。何ら普通の姿で、一般人そのものだったみたいよ」
もし、これがイデアルグラースの犯行だったら……。いや、ローブを被っていないから断定はできない。俺とクレアが襲われた事件は、ローブの人がいたから、あれはイデアルグラースの差し引きであるはずだ。
待てよ。よく考えてみたら、今回の虐殺事件はイデアルグラースとって得はないはずだ。仮に俺とクレアの通り魔事件、リアムのサソリによる殺害未遂がイデアルグラースに繋がっているのは納得できる。破邪の利剣を持っている俺を排除したいだろうし、リアムは裏切り者の始末ともとれるからだ。
それに比べ、この虐殺事件は騎士団に痛手を加えさせられないはずだ。不穏にこそはできても、警備は強化されて、犯行はより難しくなるはずだ。せめて、犯人である七人の動機さえ分かれば……。今はその七人の身元を特定しているだろうし、共通点はあるはず。
通り魔で共通しているのは、今回と俺達の件の二つ。この事件の犯人がすぐに自殺をしたことだ。リアムの件でまだ犯人は分かっていない。もしその犯人も死んでいるのなら、この三つの事件は……何かしらの関係性が帯び始める。それまでまだ、結論は急かせない。今判明したことが精一杯だ。
「似てるわ」
「え……」
突然母は、そのような言葉をポロッと口にした。
「あなたが物事を深く考えている姿、昔のルドルフにそっくりね」
「父さんに?」
「ええ、そうよ。いつも事件とかが起きると、推理なんてしちゃって……。懐かしいわ」
そうなんだと、俺は今は亡き父を思い浮かべた。父さんと俺は、やっぱり似ているのだろうか。外見は違くても、中身が……。父さんともっと、話しておけばよかったな……。母はそんな俺の姿を見て、自分が言った発言を後悔した。
「ごめんね。思い出させちゃった?」
「うん……。少しだけ」
そこは素直に答える。母さんは、申し訳なさそうな表情を見せた。
「気にしなくていいよ。そろそろ戻らないと。また来るからね」
「分かったわ。勉強頑張ってね」
病室から出る前に、母さんに微笑んだ。廊下に出ると、警察と思われる人達が誰かと話していた。これだけの大騒動だ。総出で動いているだろう。
ふと、俺は思う。どうも腑に落ちない。何故虐殺事件が起きた?犯人達の動機は何だったのか?そして、この大事件は前二つの事件と関わりがあるのか?
三つの事件。接点がありそうで無い。一年前、これほど物騒ではなかったけれども、奴らは騎士団に侵入して、危うく世界が崩壊してしまいそうな計画の下準備をしていた。もしかして、今回も何か大きな作戦の前段階ではないのか?そう考えてしまう。
階段に差し掛かり、俺は踏み外さないように下りていく。胸騒ぎがする。これで終わったとは思えない。まだ事件が起きるんじゃないのか?通り魔とサソリの案件は被害者は出なかった。今回の虐殺事件は被害者が多数出た。そして、誰も次の事件は起きないと言っていない。もし被害者が出る所は、騎士団の訓練生からもあり得てくる。この時にも、静かに事件が起きていないとも言い切れないのだ。不安は募っていく。たまらないくらいに。また、何か起きるんじゃないかと……。
自然と駆け足となって、階段を下っていく。目の前に広がるのは、闇夜の世界だった。俺はその世界の底へと、駆け下りていく……。




