第145話 大量虐殺
時刻は正午、昼の真っ只中だ。俺とクレアとアークは、同じ席で昼食をとっていた。
「今日はミリーネはいないのか」
「ミリーネなら、リアムとヴィルギルの方にいると思うけどね」
リアム……。昨夜に起きた殺人未遂。枕の下にサソリを忍び込ませ、リアムを殺害しようとした。けれど、彼自身が危険を察知したため、未遂に終わる。
現在は密かに、騎士団の警察部隊が犯人を探しているだろう。この事を知っているのは、俺、アーク、リアム、ヴィルギル、その他数名だけにとどまっている。不安の輪を広げさせないためだ。
あとで分かったことだが、リアムを殺害しようとサソリは、オブトサソリと呼ばれている。毒性が強いサソリで、非常に危険を種類である。
人を死亡させた例もあるらしく、通称『Deathstalker』とも呼ばれている……。
これだけでも、すでに危ないことが分かるだろう。俺もつい最近、街でクレアと共に襲われそうになった。あれも未遂で終わったが、ここのところ不穏な空気が漂ってて仕方がない。
「デューク!」
「……ん?どうした?」
「どうしたじゃないよ。さっきからずっと呼んでたんだから」
「そうだったのか。全然気がつかなかった……」
昨日の晩のことを考えていたなんて、クレアに言えない。
「それよりなんだ?」
「最終試験のことよ。あと五ヶ月しかないでしょ?なのに、わたしはまだ薬学の知識が全然追いつけてなくて……」
「追いつけてなくても、他の奴らよりできるだろ?お前、黒の騎士団の称号を持ったこともあるし」
「それはデュークも一緒でしょ。でも今は違う。三年になってからずっと順位が上がらないから」
優秀な訓練生に贈られる称号、黒の騎士団。その時の試験の結果によって贈られる人は変わる。試験は年に三回。三年の時だけは二回で計八回となる。試験と試験の合間は約四ヶ月。その間に、黒の騎士団の称号の人は他の人より優遇され、学食がタダになったり、勲章(何を湛えているのかはわからない)を貰ったり、訓練生では絶対にやらないことにも参加させてくれる。
これだけされると、黒の騎士団の称号を貰った訓練生は優越感を自然と持ってしまう。その為次の試験で実力がうまく発揮できず、奪取されるのだ。だから、ずっとトップを維持するのはなかなか難しい。その優越感に浸らざるを得ない状況でも、常に上位にいれる人こそが、騎士団が最も欲している人材……と、俺は勝手な解釈をしている。
黒の騎士団を持った記録として、
俺は一回目と四回目と六回目の三回
クレアは一回目と二回目と四回目と五回目の四回
アークは一回目と三回目と四回目の三回
ミリーネは一回目と四回目の二回
リアムは四回目まで残り続けたから四回
シャーランは今までの試験、すべてトップだから七回
つまり、トップを維持し続けているのはシャーランだけだ。そして俺は今、三回目の黒の騎士団の称号を貰っている。
俺達が同じ部屋にされたのは、一回目と四回目が同じだったからというのが大きい。この二つはイデアルグラースの襲撃に遭って散々な目にあったが……。なにか鉢合わせてしまう運命的なものでもあるのだろうか?あの殺伐とした外道な組織に。
しかしそれは、単に貧乏クジを引きやすいということだと思いたい。
「三年間、全てが試験範囲だもんね。憂鬱になるのは分かるよ」
話を戻そう。八回目となる試験。これは今までとは違い、三年間の総まとめとなる。筆記も実力もだ。実力テストの方は、本物のヴァイス・トイフェルとの戦い。従来と違って、命が保証されるのはギリギリである。腕一本失う可能性だってあるのだ。……流石にそれは最悪の事態に陥ったときだが。
けれど、テストの時はヴァイス・トイフェルは野放しにされるため、危険なことは変わらない。いつもは鎖でつながれているため、動きを規制されているからだ。
それだけじゃない。結果は訓練とは別の普遍な勉学、今までの学習態度、成績すべてが参考にされる。
そう、今までの試験は自分達を少しでもアピールする絶好の場面で通過点にすぎない。この最終試験は普通の勉学と統合され、その試験の結果に留まらず、今まで三年間培ってきたすべてを見通して真の『黒の騎士団』と呼ぶに相応しい人物を選ぶ。そして最終試験で選ばれた六人は、永久に『黒の騎士団』の称号を持ち続けることができるのだ。
本来、試験は七月と十二月と三月に行われる。だが最終試験だけは、七月を最後に七ヶ月も空けた二月に実施される。この七ヶ月の期間、誰よりも前へ前へと進もうとするために、皆必死に勉強に取り組む。取り組まざるを得ない理由がある。
一年の一学期に訓練生を半分ほど減らした。そこからさらに減らすのだ。現三年の訓練生の人数は、途中退学者を除いて248人。合格点を設置し、全員の6割が無事騎士団の完全な仲間入りになる。
では残りの4割はどうなるか?ある人は、大学のように浪人してもう一度臨むと思っている人もいるかもしれない。ところが、そうではないのだ。よっぽどの不都合な事情がない限り、再試は受けさせてもらえない。合格しなかった人の道は三つある。
一つ目は諦めきれず、本当に下っ端の下っ端である騎士団関連の職に就く。ただ、これは本当に雑草根性の奴がやることであり、周りからも冷遇されるために実行する人は一人いるかいないかぐらいだ。
二つ目は諦めて、普通の大学へ進む。訓練生とはいえ、高校の教育をしない訳じゃない。浪人にはなるがまだ希望がある道だし、やり直すこともできる。
三つ目は何もしない。これが一番最悪だ。気の毒だとは思うが、不合格だという現実を受け入れられず、引きこもり、ニートの方へ向かってしまう。事実、企業の入社試験で騎士団の最終試験が不合格だという事を必ず記さなくてはならない。だから採用される確率も低くなり、人生に諦めを持ってしまう人がいるのだ。どこも人材不足に悩まされているが、やはり汚点がある人物を採用しづらいのが現状なのだ。
怠けてた奴も、努力を重ねてた奴も、一部を除いて真剣に試験勉強に取り組む。見限られないように、この先のために、だ。それは、俺達にも言えることだった。
「ブルーだ……」
「デュークとアークは別に不合格になるほどひどい成績じゃないでしょ。黒の騎士団を貰えなかったとしても」
「そうだけどさ。あと五ヶ月あるとはいえ、ずっと勉強漬けになると考えるとな」
「やれるだけやろうよ、二人共。まだ間に合うでしょ」
「そう言いながらお前は単語メモを見てるんだな……」
アークは俺達の会話に参加してるとはいえ、目は単語メモに向かっていた。彼の風景は休み時間、帰り道、今現在の昼と少しの休憩も惜しまずに勉強している。それは試験が近づくにつれそれを見る頻度は増えていった。くそ、こういう意外とマメな部分がリックを思い起こしてしまって仕方が無い。
「フライハイト先輩」
「うおっ!」
いきなり後ろから声をかけられて、素直に驚く。そこにいたのは、ブラウンだった。
「すみません、いきなり話しかけてしまいました。お願い事があるんですけれど、いいですか?」
「別に、それは構わないが」
「よかった……。フライハイト先輩しか親しい先輩はいないですから」
親しい先輩……か。その言葉を聞いて、少しだけ嬉しかった。こっそりとだけれど、尻尾も少しだけ揺れているのが分かった。
「今日の放課後、一緒に来て欲しいところがあるんです。騎士団の地下の方へ」
「地下?どうしてそこへ?」
ブラウンは一瞬、考える素振りを見せる。そこから、若干困った表情を浮かべながらこう言った。
「言葉に表しづらいんですけれど……。地下へ続く螺旋階段に参考書を落としてしまったんです。落としたのも、手すりに置いていたのが自然に滑っていったという理由なんです。それで取りに行こうと思ったんですけれど、暗くて……その」
ああ、そういうことか。確かに地下は誰も使わないから余計そう思うだろう。
取りに行くのが、怖いということに。
「分かった。放課後でいいんだな」
「はい……ありがとうございます。同級生だとかなり言いづらいので」
先輩にはもっと言いづらいだろう、と思ったことは言わないでおこう。ブラウンはその後、一度お辞儀をして、人の中へと溶け込んでいった。
「見た目だけじゃなくて、中身も可愛いところがあるんだな」
「デューク。今の子誰なの?」
「ブラウン・アッカー。一年だ。時折あいつと話したりするんだよ」
その時だった。突然ざわめきが大きくなり、人の出入りが激しくなったのは。最初は気づかなかったが、あまりにも周りの声がうるさくなり、気になって周りに耳を傾けることになった。
「聞いたか、ついさっき起きた虐殺事件」
「58人刺殺だったんだろ?」
「馬鹿。64人だよ」
「ヘルシャフトの人通りが多い場所で起きたんだっけ?」
「犯人は複数いるんだろ?」
「怪我人も多いらしいな」
「やだ、怖い」
ヘルシャフト。虐殺事件。刺殺。俺は無意識に立ち上がった。
「母さん……!」
俺の口から出た言葉は、ヘルシャフトの街に住み、俺が一番心配している人だった。俺は突然走り始め、食堂を飛び出る。後ろから、クレアとアークが俺を呼んでいる声がする。けれどそれに応えることより、その虐殺事件が本当なのか?そして本当なら母さんは無事なのか?それを確かめたかった。
俺が向かったのは、大型のテレビが置いてある寮のエントランスホールだった。もしついさっき起きたことなら、ニュースで今やっているだろうし。知っている訓練生も、そこから知ったのが大本だろうと考えたからだ。
過ぎ去る廊下で、みんな虐殺事件を噂していた。吹きつけてくる風を押しのけ、エントランスホールに辿りついてテレビを見ると、案の定だ。中継がされていて、ヘルシャフトの街が映し出されていた。騎士団の警部達が現場を封鎖していて、画面には地面に夥しいまでの血が生々しく残っていた。あまりの惨状に奇声を上げる人、泣き叫ぶ子供、それを取り締まる警部達。行こうと思えば十分で行ける街に、そんな信じがたいことが起きているのを、大型の薄い板を通して見ているのだ。
「デューク、足……速いよ」
クレアとアークが、息切れしながら駆け寄ってくる。虐殺事件は本当だった。でも母さんの安否は確認できない。事件の被害者なのか?それが分からない。
『64人の死亡者が出ており、123人の怪我人がでています。現場は今も混乱していて……』
刺殺。また通り魔なのか?あの街で何が起きているんだ?そこまで治安が悪くは無かった。それが突然……。一体……。
ポケットに入れていた携帯が鳴る。本来なら今の時間帯に使ってはいけないのだが、混乱した頭の中で配慮する余裕がなかった。通話ボタンを押し、耳に携帯をあてる。
「もしもし?」
『ロザリー・フライハイトの息子さんですか?』
「はい……。そうですが」
相手は男性だった。声色からして若そうな雰囲気がある。そして、その手のひらサイズの長方形から通達される単語が連鎖した記号は、俺の悪い予感を……的中させることになった。
『単刀直入に言います。あなたの母、ロザリー・フライハイトさんが刺され、病院へ搬送されました』




