第136話 葬式
それから二日後、父さんの通夜が行われた。場所は対白魔騎士団の近くにある、『灯』の火葬場が併設された教会。俺の両親の親族が何十人か集まり、父さんの死を見届ける。クレアや他の皆も来てくれた。参列者は哀悼の花束を手に持ち、父さんが入っている棺桶に添えていく。
父さんのおかげで俺達が今生きていると改めて考えると、どこか複雑な思いを抱いてしまう。父さんを殺した張本人、スドウ。イデアルグラースの連中を百歩、いや一万歩譲ったとしても、あいつを許すことは出来ない。けれど、復讐をするつもりはなかった。永遠に許さない存在だということだけで、十分だった。
参列者が父さんの遺体を見て、賛美歌を歌っていく。俺の番のなり、父さんの遺体をもう一度見る。言い方が悪いとは思うが、父さんの死んだ姿が綺麗だと思ってしまった。殺されたとはいえ、父さんはとても静かな表情を浮かべていたからだ。
俺も、他の参列者と同じように賛美歌を歌う。そこまで上手くはないのだが、父さんにも届けられるように歌った……。
その後、母さんが参列に来てくれた人達に感謝の言葉と、父さんが生きていた頃の日々について述べる。時にはしんみりと、時にはユーモアに。俺は、ある人物を見つけた。スチュアート先生だ。腕に包帯が巻かれた姿で、教会に並べられている椅子に座っている。先生も、父さんの葬儀に参列していたのはとても意外だった。父さんとは、何か関係性でもあったのだろうか?あまり深入りするつもりないが、少しだけ気になってしまった。
約五十分ほどの式が幕を閉じ、遺体は『灯』の人達が火葬して、遺灰となって渡される。父さんの墓の周りにまかれるのだ。父さんが、火葬場の中へと入っていく。父さんの姿が……少しずつ遠のいていく……。火葬場の扉が閉められた瞬間、目から溢れるように涙が出てきた。涙が止まらず、本当に体が床に崩れ落ちる。今まで我慢してきたものが解き放たれるように、涙を止めることができない。後ろから、母さんが俺の背中をさすってくれる。その温もりを、忘れることはなかった……。
炎がシンボルマークである『灯』の人から遺灰を渡され、父さんのお墓に母さんと俺で少しずつ撒いていった。お墓の周りに植えられているものは、バラなどの花々がある。父さんは、花が割りと好きなほうだったから、気に入ってくれると嬉しいけれど……。
遺灰を撒いてお祈りをしてから、父さんのお墓から去っていった。時折、顔を出した方がいいだろう。騎士団に入ってから、父さんと滅法話す機会がなかった。その方が絶対に喜ぶと思うしな。墓地から出ると、スチュアート先生や他の皆が待っていた。先生が先に俺に近づいてくる。
「デューク、本当にすまない。我々の不注意によってお前の父を……」
「責任を負わなくて大丈夫です。仕方がなかったんです……」
俺が破邪の利剣に頼りすぎてて、守ることが出来なかったのも原因なのだから。……言うなら今だろう。悲劇を繰り返さないために、先生に要求したいことがあった。
「先生、頼みたいことがあります」
「ああ、私にも話したいことがある。だが、ここでは言いづらい。それはお前も同じだろう?」
「……確かに、そうですね」
「私は先に部屋に戻っている。そこで話し合おう」
分かりました、俺はスチュアート先生に返事をすると、先生は頷いて参列者の中を通っていった。俺はクレア達がどこにいるのかを探した。
クレアに恋愛感情を持っていることが分かって、俺は彼女にいつも通りの振る舞いをしながら、その気持ちを伝えるかどうか悩んでいた。このまま伝えなくてもいいとも思った。どうしても、彼女に対して後ろ向きになってしまうのだ。単なる友人だったはずなのに、その気持ちを伝えて、今までの関係性も全て壊れてしまいそうで……とてつもなく怖くなる。
クレア達は、イチョウの木の下で話し合っていた。皆、包帯を巻いていたり松葉杖を手に持っている様子(というより、ヴィルギルしかいないんだけど)で、そんな中でも俺の父の葬儀に来てくれたことに、感謝しかなかった。
「みんな……今日はありがとな」
「君のお父さんには感謝しかないよ。当然のことさ」
アークがみんなを代表して、言葉を述べる。その言葉は複雑な気持ちだけれど、それは俺の心の中に押しとどめておいた。
「それで、皆はこの後どうするんだ?俺はこの後、スチュアート先生のところへ行くけれど」
「僕は講座を一つ取ってるからそこへ参加するよ」
「あたしとシャーランも同じかなー」
アークとシャーラン、シーナは授業か。そういえば、もう年が明けるまで三ヶ月もきっている。たとえ成績優秀者である黒の騎士団を持っている俺でも、こうしている間に差を広げられるだろう。負ける事はできない。みんなを追い越すような勢いで、努力しなければならないのだ。
「あたしとヴィルギルはね、リアムの尋問に付き合うんだよ。利用されてたとは言え、騎士団を裏切ったからねー。まだ信用は回復してないんだ」
ミリーネの尋問という言葉に、リアムの額がピクリと動いた。そう言えば、今回の戦いでリアムとミリーネ、ヴィルギルというちょっと異色なトリオが結成されていた。リアムの様子を見ていると、鬱陶しさは見えなくて、寧ろ以前よりも輝いているようにも見える。
「クレアは?」
アークが彼女に振った。クレアと俺が目を見合わせる。ほぼ同時に、目を逸らしてしまったけれど……。戦いが終わると、それまでなんとも思ってなかったことが浮き彫りになり、様々なことを思い浮かべてしまう。家族のこと、世界のこと、彼女の……クレアのこと。
この気持ちを伝えるか否か……それをずっと悩み続けている。そう考えていると、彼女から近づいてきた。小声で俺に聞いてくる。
「デューク……スチュアート先生と話が終わったら、中庭に来てくれないかな?」
「あ……いいよ」
クレアは下を向き、もう一度俺の顔を見ると歩み去っていった。皆が皆、それぞれの思いを持って、一旦別れる。俺も、母さんのところへもう一度行って来ないと思って、戻ろうとした時……
「デューク!」
後ろから声をかけられた。振り返ると、リアムが俺を呼んだことが分かった。
「リアム?」
「俺とお前は、奴らの手で父を奪われた。だがお前は、俺とは違う。たとえ殺されたとしても、父親を弔うことができたんだから。最後に親の顔を見ることも出来た。だから……自分を責めすぎるな」
リアムの言葉は、今の俺と同じような境遇を体験したからこそ言えるものだった。彼の言葉の、しっかりとした重みが伝わってくる。
「その……口下手だから、上手く言えなかったが――」
「気遣ってありがとうな、リアム。少し気が楽になったかも」
俺はリアムに作り笑顔を見せた。そうすれば、彼も思いが伝わったと感じて、落ちつかもしれない。リアムは、何かを思い出したような表情を見せる。
「あとそうだ。これはお前が持っててくれないか?」
彼の手に持っていたのは、鍵だった。それを渡され、俺を奇妙な感覚に襲われる。この鍵……まさか!頭に電気が走ったように、ある事を思い出した。謂れ因縁の書のことだ。
思えば、リアムが住んでいた塔でも同じ鍵を見つけて、それから治療やら救出作戦やらがあったせいで、部屋に置いたままだった。でもこれで、鍵が二本も揃った。二つの真実の章を見ることができるのだ。スチュアート先生のところへ行くとき、謂れ因縁の書も持って行かないといけないな。
「あ、別にいらなかったら捨ててもいいから……」
「ううん。大事にとっておくよ」
そう大事に、ね。本当に頭からすっぽりと抜けていた。リックから託された使命だというのに。俺は鍵をしまうと、彼に背を向けて歩き出した。
自分を責めすぎるな……リアムの言葉が、反復した。
母さんにも挨拶を済ませて、俺は騎士団へと戻った。制服に戻って、先生に言われた通りにある部屋へと向かっていく。扉をノックしてから、中に入る。書斎の椅子に座っているスチュアート先生がいた。
「来たな、デューク」
先生は立ち上がり、こちらへと寄ってくる。俺が手にしている書物を見て、動きが止まった。
「謂れ因縁の書?それに鍵が二つ……」
「はい。一つは以前、リアムの行方を捜すために街で、もう一つはリアムから渡されました」
「……そうか。その真実とお前の要望を聞く前に、一つお前に謝らなければいけない事がある」
謝らなければいけない事?何かあっただろうか?
「お前が持っている破邪の利剣のことだ。今回の戦いで何か違和感がなかったか?」
「……っ!」
知っているのか、先生は。それとも仕組んだのは……。
「ありました。刀を取り戻すために城に潜入して見つけたんですけど、目の前で破壊されて地下へと突き落とされたんです。何とか助かったのですが、その地下にある柱の中から……もう一つの破邪の利剣を見つけたんです。すぐにそれが本物だと分かりました。けれど、イデアルグラースがそうしたようには見えなくて……誰の仕業なのか分からないんです。まさか先生、知っているんですか?」
「知っているもなにも、すり替えたのは私だ」
先生の発言に、思わずあんぐりと口を開けてしまう。スチュアート先生が?どういうことだ?
「どういうことか、説明してくれませんか?」
「もちろんだとも。きっかけとなったのは、入団してきたコンラッド・スラム……イデアルグラースの差し金である彼から始まった。お前達が騎士団で再会する一週間前に、彼はやってきた。いくつかテストを受けた結果、彼を入団させることが決定したのだ。だが、彼の存在に違和感を持ってな、彼の生まれ立ちなどを調べたのだ」
思えば、コンラッドが来たことで破邪の利剣を偽物にすり替えられたのだ。先生の話は続く。
「すると、彼がイデアルグラースの一員であることが分かった。そこから、彼の動向を観察し続けていると、騎士団に来た理由の一つがお前が持っている破邪の利剣を盗むことだと分かったのだ」
先生達はもう、コンラッドの正体に気づいていたのか。教えてくれてもよかったのに……。と言っても、あの時はまだ、奴を味方だと信用していた。そう思うと、教えなかったのも分かる気がした。
「危険を察知した我々は、お前をこの部屋へと呼んで、予め作っておいた破邪の利剣とほぼ瓜二つとも言ってもいい物とすり替えたのだ。丁度その時『灯』の社長、ペトラ・ドールが来ている時だ」
ペトラ・ドールが来ていた時……。思い出したぞ。あの時、謂れ因縁の書の鍵候補があるから来てくれと言われたんだんだ。何故か、破邪の利剣も持って来いとも言われて、疑問を感じていたけれど、もしかして鍵候補は嘘で、本当は刀を取り替えるために呼んだのか……。
偽物だと気づかず、俺はその瓜二つの刀をコンラッドに渡す。当然奴は知らないから、偽物と偽物を取り替えることになる。そのままイデアルグラースへと戻り、本物だと思っている俺が取り返しに来て目の前で破壊する。けれどその刀は、騎士団で用意した偽物。破壊したところで意味がなかったのだ。
しかしそれでも、疑問は残る。
「いつどこで取り替えられたのかは分かりました。けれど、どうやって城の地下……もっと言えば、柱の中に隠したのですか?」
「リアム・テルフォードが連れ去られた時、居場所を掴むために調査隊を向かわせたのだ。その調査隊にリアムと行方と、特定した場所に本物の破邪の利剣を隠しておくようにと言って、持たせたのだ。彼らは、柱の中に隠しておいた方がいいと思ったのだろうな。つまりだ。最終的に破邪の利剣を持たせたのは、調査隊だ」
「その……調査隊って何者ですか?行方不明となったリアムを見つけたり、刀をうまく隠したりして」
「………詳しく言ってしまうと、騎士団の機密情報になってしまうのだが、一言で言えば困った時に助けてくれたり、情報をくれたりする特殊部隊だな」
特殊部隊……。誰だか分からないけれども、その人達のおかげでリアムが騎士団にいて、俺が破邪の利剣を持っているんだ。本当に頼りになる人達なんだろう。
「しかし、コンラッドの正体にもう気づいてたんて……」
「あの時のお前達は、彼を信用していたからな。真実を話すのを躊躇してしまったのだ」
敵を騙すならまず味方から、という言葉があるが、これこそまさにその通りかもしれない。
「どんな事だろうと、今回はお前に迷惑をかけてしまった。本当にすまない」
俺は、別に迷惑だとは思っていなかった。寧ろ、刀を守ってくれていたことにお礼をしたいくらいだった。
「別に平気ですよ。破邪の利剣を守るためだったのですから。……それでは、俺の話をしますね。まずは、この書物からです」
俺は謂れ因縁の書を先生に見せる。鍵穴が五つあった。そこに二つの鍵を差し込む。鍵が合っていたのは、上の二つだった。鍵を差込みゆっくりと回す。
カチャ、パカリ……
真実の封印が二つ、解かれた。俺は表紙を手に持ち、中を見る準備をする。
「それでは、読みます」
スチュアート先生に見守られる中、俺は本の中身を見る。どういう真実が書かれているのか?期待と不安が入り混じって、読み始めた……。




