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白銀のヴァールハイト  作者: A86
4章 棺の中の獣と華麗な少女
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第133話 事後報告、後悔、気づき

 途切れ途切れの映像が、浮かんでは消えていく。最近の映像もあれば、何年も昔の映像もある。俺が今観ているのは、全て自分の記憶だ。


 その中で、父さんがいる映像があった。それは、まだ四歳の頃の俺から見た父の姿だった。それが、父さんとの思い出で一番幼い頃のもので、一番古い記憶だ。別に特別なことではない。小さい頃に親を見上げる姿は誰もが体験することだろう。


 けれど、その映像を見ると不思議なことに、深い悲しみを覚えた。父さんはもう生きていない――その事実が、俺の前に立ちはだかったのだ。死ぬ直前の場面の映像が、たくさん浮かんでくる。悔しさとやるせなさが俺の中で渦巻く。


 俺は、生きているんだろうか?死んでいるんだろうか?この感覚は、前にも同じことがあった覚えがある。とてつもなく広い宇宙の中で、何も出来ず、ふわふわと漂い続けるような感覚……。不安が過るけれども、どうすることもできない。


 あの巨大なヴァイス・トイフェルは、リアムとクレアが倒してくれたんだろうか?魔女は、俺の前から消え去った様子だった。そうなると、俺は助かったのか?たくさんの疑問が、再び生まれた。頭の中で、もやもやが止まらない。


 クレアの映像が現れてきた。笑ったクレア、怒っているクレア、悲しんでいるクレア。いろんな表情の彼女の映像が映っている。彼女の表情を見ていると、安心感を覚える。彼女が近くにいるだけで、ほっとすることができた。一緒にいたいと、思うようになる。この気持ちを……なんと表すんだろう。


 ふと、一つの映像が現れた。ほとんどがぼやけているために、一体何の記憶なのかが分からない。映像の映っているのは、一人の人物。人種は……獣人だ。証拠に尻尾が生えている。俺の目線にいたその獣人は、次第に遠ざかっていった。その獣人は、俺を追いかけず、ただじっと俺を見つめている。どこか懐かしい思い湧き上がってきた。


(嫌だ……。行かないで……!)


 あいつは……誰だ?誰に向かって言っている?その映像がプツッと消えると、俺は奈落の底へ落ちていく気分に陥った……。



「はっ……!」


 ここはどこだろう?殺風景な部屋。見ると自分は、ベッドの上で寝ていて、点滴が繋がれていた。ここは、病院……なのか?窓からは、太陽の光が差し込んでいる。まだ、陽が昇ってすぐの時間帯だ。


「デューク!?気がついたのね!」


 見ると、クレアがベンチに腰掛けていながらこちらを心配そうに見ていた。彼女の顔を見た瞬間、思わず安堵する。


「数時間くらい眠り続けてたけれど、心配はいらなそうね」


「……ヴァイス・トイフェルは?俺が倒れた後、どうなったんだ?」


「ヴァイス・トイフェルは、リアムが体内で爆発をさせて致命傷を与えたの。そして、わたしが彼を引き上げたら、騎士団から援軍が来た。わたし達は保護されて、弱ったヴァイス・トイフェルは倒してくれたわけ」


 あの銃撃は、援軍の誰かが発砲したものなのだろう。助かったのか、俺は。


「被害はどうなった?」


「被害はあの街と、その周りの山々だけで済んだ。今も街で雪が降り続けているし、街の中心は大穴が開けられた上に、ヴァイス・トイフェルが地下にまだたくさんいるから、復興は難しいみたい」


「アークやミリーネ……皆はどうなっている?」


「わたしとアークとシーナはほぼ無傷だった。リアムも、爆発の炎で毛が少しだけ焦げるだけで済んだ。けれど、ミリーネとシャーランは命に別状はないけれど、意識不明で、ヴィルギルは肋骨が折れているし、重症だった」


 魔女が発した、あの静電気のようなもの。あれを食らって、ミリーネとシャーランは倒れた。意識不明になるほど、かなり危ないものだったのだろうか……?


「城に生き埋めになった学園長とダニエル先生は、援軍の救出作業で発見されたよ。二人共、重症ではあるけれど、無事みたい」


「そうか……」


 イデアルグラースの野望は、打ち砕くことは出来たのか?まだ何かあるんじゃないのか?まだ聞きたいことはたくさんあった。しかし、その中でも特に聞きたいことは――


「父さんは……今、どこに?」


 俺がこの質問をすると、クレアは少し暗い表情になった。


「ルドルフさんは、この病院の別の部屋にいる。……本当のことを言うとね、あの後『灯』が来て、死体を回収したの。けれども、ルドルフさんはまだ回収されていない。デュークが目を覚ますまで待ってて、ってわたしが言ったから……」


「……」


「今回の戦いで、戦死した人はたくさんいるけれど、住民はヴァイス・トイフェルが地上に現れた時には、避難が終わっていた。つまり、ルドルフさんは、わたし達を助けるために戻ってきたのよ」


 父さんが……俺達を助けに……。スドウとの戦いで、父さんが来なければ、俺達は確実に死んでいた。父さんのおかげもあって、俺はここにいる。俺のせいで、父さんが死んだ……。俺のせいで……!


 突如、抑えきれない衝動に駆られる。上体を起こし、クレアの方に顔を向けた。彼女は、俺が起き上がってきたことに、驚いた様子だ。


「駄目だよデューク!まだ傷が癒えていないんだし、寝てないと――」


「父さんのところへ行きたい。どの部屋にいるんだ?」


 その言葉を聞いたクレアは、俺がこの言葉を言うのが予想していたような反応を見せる。


「……隣の部屋にいるよ。そこまで付き添うから」


 俺は、彼女の手に借りられて、ベッドから降りた。まだ傷がズキズキと痛む。俺は少し、歯を食いしばりながら、クレアの導きで病室から出る。全体的に白くて、先が長い廊下に直面する。患者が一人、俺の前を素通りしていった。


 隣の部屋は扉が開かれていた。そこからすすり泣き声が聞こえる。その病室に吸い込まれるように入ると……母さんがいた。俺達の存在に気付き、涙を拭きながらこちらを向いた。


「デューク……。お父さんにちゃんとお別れを言ってあげて」


 俺は頷くと、父さんが寝ているベッドに近づく。父さんは……体に布団を被されて、永久に開かない目が天井を向いていた。清楚な顔が枕の上に乗っかっている。


 父さんが死んだ悲しみと、守れなかった悔しさが湧き出てきた。俺がもっと強かったら、父さんは死ななかった。

 死ぬことはなかった。

 後悔が溢れてきて、身がもたなくなっていく気分だ。俺のせいで死んだ。それしか思い当たらない。リックも、父さんも……。耐えきれなくて、顔を父さんから背けてしまう。一番守りたい人物だった人を、守れなかった……。


ごめん。

ごめん。

ごめん。


 後悔の念に押しつぶされていく。床に崩れ落ちそうになり、目から熱い一滴の雫が現れ、獣毛の中に吸収されていった。

 隣にいる母さんは、どう思っているんだろう?父さんが死んだ……あの状況を知っているのだろうか?気になりはするが、ここで聞くのはマズイだろう。俺は、母さんの顔を覗いた。涙を流した跡が、頬に残っている。


「いつまでもこうしてはいられないわね……。お父さんのお葬式は近日あげるから」


「うん……何か出来ることはある?」


「大丈夫。もう『灯』に手配されているから」


 そう、分かった……と、そっけない返事をした。俺は、自分の病室へと戻っていく。父さんの姿をもっと見ていたかったが、これ以上見続けると、本当に後悔の念に押しつぶされる気がした。いつまでも、その気持ちに浸っているのもよくない。渋々ながらも、父さんがいる病室から出ることを決めた。


 クレアが隣に立って、俺の空な手のひらに、そっと手を置いた。そして、こうささやく。


「デュークは悪くない。それは絶対だから……」


 ああどうして、彼女が俺を気にかける言葉を聞くと……こんなにも安心をしてしまうのだろう?まるで、彼女の事を……。

 クレアの方を見た。隠れて続けていた気持ちが、露になる。隠れていたというより、逃げ続けていたこの気持ち。認めざるを得ないこの気持ち。ゆっくりと……目を閉じた。


 俺は……クレアのことが好きなんだ。好きになっていたんだ。


 病院の背景は、空白になった心を埋めてくれそうにない……。



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