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白銀のヴァールハイト  作者: A86
4章 棺の中の獣と華麗な少女
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第131話 決別(リアム視点)

 猛吹雪が俺達の行く手を阻む。それを押しのけ、退けられ、前進する。強風は吹き荒れているけれども、構わずに俺達は進み続けた。坂道のように、なめらかだった道が斜面のようになってきた。頭部が近いのだろうか?だとすると、急がなければ……!俺のすぐ後ろでは、クレアがついて来ていた。最初に体に巻きつけていたワイヤーは、切り離してしまったために、もう使い物にならない。けれど、残り二つあるから心配はいらないだろう。問題は、ヴァイス・トイフェルが俺を口の中に入れてくれるかどうかだ。クレアがワイヤーで吊り下げてくれたとしても、俺を食おうとしないかもしれない。もっと言えば、餌である俺の存在を吹雪のせいで気づかないかもしれない。運悪くタイミングが合わずに、つららのような歯で体を貫かれるかもしれない。または、その歯でワイヤーが引っかかるか切れるかもしれない。


 自分から言い始めたことなのに、いざ実行に移ろうとすると、足がすくんでしまう。余計な心配ばかりしてしまう。こうなるんじゃないか、ああなるんじゃないか……考え出したらキリがない。

 落ち着くんだ、俺。誰だって怖いさ。命を賭けるようなことをしようとしている尚更だ。出来る限り平常モードで取り組むんだ。そうすれば、きっと成功する。……過去の俺に、別れを告げられる。


「着いたな……」


 鋭い歯、全てを飲み込んでしまうような口が、俺達の真下にある。クレアは爆弾を二つ俺に渡すと、ワイヤーを銃口から出していた。引き金を引いただけで、切り離してはいない。ワイヤーの先を拾って、俺の腰部分に巻きつけた。下を覗いてみた。長い口元が広がっている。一度、深呼吸をした。


「気をつけてね……」


「ああ……」


 俺は飛び降りて、ヴァイス・トイフェルの口元のところまで下がる。俺がいることを示そうとする前に、向こうから口を開いてきた。間違いなく、俺を食おうとしているんだろう。俺は少しずつ勢いをつけて、振り子のように揺れ動く。ワイヤーはクレアに支えてもらっているが、あまり無理はさせないようにしよう。俺を均一な高さに保っておくのは大変なのだろうから。


 巨大な口が開かれていく。それに合わせて、ワイヤーの揺れ幅も大きくなっていった。あと少しで、口の中へ入れそうだ。鋭い牙が目の前にある。この大きなつららを超えていかなければならないんだ。骨の髄まで凍らせるような息が俺を包みながらも、その漆黒の空洞の中へと向かっていく。振り幅がさらに大きくなり、ワイヤーがヴァイス・トイフェルの牙に少しぶつかった。


「今だ!降ろしてくれ!」


 ワイヤーが歯に引っかかったのと同時に、上の方で支えてもらっているクレアにそう言った。ワイヤーが緩んで、俺はヴァイス・トイフェルの口の中へ滑り込むようにして落ちた。その直後、開いた口が勢いよく閉ざされた。ヴァイス・トイフェルの口の中へ、入れたのだ。


 中はとてつもなく寒かった。人間だったら、凍傷になっていてもおかしくなかっただろう。暗闇はずっと奥まで続いている。先はまったく分からない。けれど、坂道があるわけでもなさそうだ。

 牙に引っかかったワイヤーを解して、先へ進めるようにする。足元の感触としては、硬くもなければ柔らかくもない。決して、立てないほど不安定な状態ではなかった。

 

 もう少し先に進んで、爆弾を投げよう。足が少し沈むような感覚に囚われながら進んでいく。道は平行だろうと思っているが、もし落とし穴があったらとやはり考えてしまう。そんなのある訳がない。ある訳がない……。歩みが止まった。


 俺が、あの街にいた時もこんな状態だった。先の見えない不安、誰も俺の味方になってくれない孤独さ、俺に見えていたのは、永遠に続く闇だった。自分しか信じれなかったあの時、いじめられ、蔑まれ、人扱いをしてくれない。心がどんどんと死んでいって、人としての感情が失われていく気がした。


 出来れば父に、別れだけでも言いたかった。平穏を奪われ、父も奪われていくのを知っていたら、別れを言っていたのに……。けれど、今更悔やんでも仕方がない。父は俺の目の前で殺された。その事実は永久に変わらない。悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて……堪えられない気持ちがまた溢れ出てきた。


「……しっかりするんだ」


 俺は頭を振って、浮かんでくる追憶を振り払う。暗闇にいると、いつもまとわりついてくるからとても鬱陶しい。思い浮かぶのは、誰も味方がいないというのが、一番つらいということ。実験材料として扱われ、街ではいじめられるのは、たとえつらくても耐えることができる。最終的に、限界がきてしまったが……。けれど、自分の居場所がどこにもないというのが、どうしても耐えられなかった。家族もいない、友人もいない、誰も俺を気にかけてくれる人がいない。表では見栄を張っていたとしても、裏では傷ついていき、ズタボロにされていく。


 自分の居場所がないということが、人を追い詰め、心を殺していく病だ……。


 だからこそミリーネ・アスタフェイが、救世主のようにも思えた。俺に居場所を与えてくれるような気がして、素直に嬉しかった。破天荒な部分はあったけれども、それが彼女の個性でもあるから気にしたことはなかった。優しくて、自分の危険を顧みずに助けてくれることもあったし、何より彼女と一緒にいることが、とても楽しかった。

 けれど、初めて彼女と出会って次第に触れ合っていく内に、彼女に依存していく自分が怖くなった。依存したままだといけない。いずれは自分の力で切り開いていかなければいけないのだから。だから、自ら彼女から離れて、精一杯足掻いた。


 それが失敗だった。彼女から離れるという意志は間違っていない。問題は、心が不完全だった状態で一人で闇の中を突き進んでいくことだった。当然そんなことをすれば、いずれ行き詰って転倒してしまうのに……。俺はあまりにも……無知だった。


 何も変われなかった俺は、全てを諦めてイデアルグラースの指示に従う日々が続いていった。もう無理なんだと勝手な諦めをつけていた。ミリーネは俺の方へ駆け寄ってきて、もう一度チャンスをくれた。俺は無力なんかじゃないということに気づかせてくれた。もう一度俺に……手を差し伸べてくれた。すべて彼女のおかげだ。今こうして、俺がイデアルグラースの野望を阻止しようとしているのも……だ。


 俺は爆弾を手に取り、起爆スイッチを入れようとする。

 次はくじけない。彼女や皆にサポートしてもらいながら、自分の精神状態を回復させていくんだ。時間はかかるだろう。過去を見据え、それを乗り越えていく。でも焦る必要はない。イデアルグラースから脱退するのを決めた今なら出来ると思うからだ。無論、油断は禁物だがな。


 起爆スイッチを押すと俺は、それは遥か遠くへと投げ飛ばす。静かな静寂、だが突然眩い光が広がった。それは、目を開けられないほど輝き、冷却の空間を一気に暖める。爆発音もしただろう。だけど何故か、俺には聞こえてこなかった。背後にある巨大な口が開かれ、俺は繋がれたワイヤーに体を持っていかれる。照らされた暗闇から、光が差し始める世界へと連れて行かれる……。自分の意思を持って。

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