第130話 不可能な時間稼ぎ
ここ最近、ずっと戦闘の話を書いている為、早く終わってほしい気分に陥っている自分って一体……。そうぼやきながらやってます。
魔女の腕には、鷹と同じ……それ以上の強度を持っている気がした。人の頭を軽く潰せそうだ。対して、戦えるのは俺とリアムしかいない。クレアは、さっきの攻撃で拳銃の弾を使い切っている。爆弾が二つあるが、それはヴァイス・トイフェルを撃破するために使わなければならないので、ここで使用することはできない。リアムは、短剣を両手にそれぞれ一本ずつ持っている。俺は、破邪の利剣を手に持つ。こいつはどうゆう攻撃を仕掛けてくるんだ?ヴェインの時は戦いながら理解し、スドウの時は触手があることが分かっていたからよかったが、こいつは分からない。表情も読み取れない。そもそもこいつは生物なのだろうか?ロボットという線もありそうだ。
俺とリアムは、揺れるヴァイス・トイフェルの体の上で、バランスをとりながら立ち上がる。魔女は何も仕掛けてこない。ただじっと俺達を見ているだけだ。クレアもすぐに立ち上がったが、戦闘に巻き込まれないように離れていた。ワイヤー銃は彼女に預けておいてある。俺は、クレアの方を見た。何としてでも、彼女を傷つけてはいけない。武器を持たない今の彼女は、無防備だ。それに、ヴァイス・トイフェルの内部に入る時、命綱となるワイヤーを持っててもらうのは、彼女になる可能性もあるのだから。
「来るぞ……」
魔女は鉤爪を顔の付近に近づけたと思うと、こっちに向かってきた。あの腕に掴まれたらただでは済まない。直感ですぐに分かる。
俺とリアムは二手に分かれた。どっちへ来る……?魔女は一瞬迷った様子を見せたが、俺を先に倒すことを決めたらしい。鋭い爪と、不気味な目を持った黒装束がやってきた。俺は横にずれて、鉤爪の猛威から逃げるように避ける。近くでみると、とても頑丈に見えた。破邪の利剣ですら、捻じ曲げてしまいそうな気がする。
“私が曲げられることはない。絶対にな”
破邪の利剣の声が伝わってきた。冗談だ、真に受けるなと頭の中の声で刀に言った。案外、冗談が通じない奴なのかもしれない。
魔女は俺の方だけを見ている。となると、今のうちにリアムとクレアを頭部へ行かせる時間稼ぎが出来るかもしれない。
「二人共、今のうちに行け。俺はこいつを足止めさせておく!」
襲い掛かってくる鉤爪を避けながら言う。リアムはすぐに頭部へ向かおうとしているが、クレアはまだ迷っている様子だった。
「迷うなクレア!迷っている暇があったらこのヴァイス・トイフェルを倒すことに集中しろ!」
言葉が刺々しいけれども、これくらい強く言わないと彼女が動いてくれなさそうだった。限られた手段しかない今、選ぶ余裕などない。ヴァイス・トイフェルはまだ山の中を進んでこそはいるけれども、いつ別の街を襲うのか分からない。もしかしたら、あと数分で別の街へ辿り着くかもしれないのだ。だから早く、急いで、こいつを仕留める……!
クレアは俺の言葉で頭部へ向かおうとしていた。魔女はリアムとクレアを交互に見る。
「行かせない……」
まずい……。魔女の関心が二人に向けられそうだ。なんとかこっちに戻さないと!
「お前の相手は俺だ」
刀で、魔女の首元を狙う。魔女は俺の方に向き直ると、背中から翼を生やして、ヴァイス・トイフェルから少し離れた後、二人の方へ飛んでいった。飛ぶとかアリかよ、それ!
「リアム!そっちへ行ったぞ!」
リアムは短剣を構え魔女を見据えた。クレアも同じように魔女を見る。俺は急いで二人のところへ走った。相手が飛べるのはかなり厄介だ。あの鉤爪もかなり危険だしな……。これならまだ触手の方が戦いやすかった。
魔女は、リアムを見ていない。見ているのは……クレアだ!自然と足が速くなった。もうこれ以上、彼女を傷つけたくない、痛い目にあってほしくない、その気持ちが溢れ出てきた。リアムはすぐに魔女が彼女を襲おうとしているのが分かったようで、同じようにクレアの方へ走っていく。けれど俺と彼の距離は、彼女から少しばかり遠い。対して、魔女は空も飛べるために俺達とは比べ物にならない速さで突き進んでいく。クレアは、魔女の鉤爪から逃れるために、スライディングをして魔女の下を潜り抜けた。ところが魔女は、彼女へ向き直ることなく真っ直ぐ進んでいく。その先にいるのは、リアムだ。彼は戸惑いの表情こそは見せたけれども、状況をすぐに受け入れて迷うことなく魔女の方へ突進していった。
魔女の鉤爪がリアムの方へ向かっていく。それを彼は、左手に持っている短剣で防いだ。鉤爪は短剣をしっかりと掴み、そのまま握り締めた。すると、短剣が握りつぶされたのだ。さすがにリアムも驚きを隠せない。
「そんな……うっ、くっ!」
短剣を握りつぶされたことに驚く暇もなく、化け物のような腕が彼に次々と襲い掛かってきた。鉤爪は彼の頭や腕を狙ってくる。リアムはスレスレながらも攻撃をかわし続ける。どれも掴まれればひとたまりもない。早く彼を助けなければ……!俺の隣には、クレアがいる。せめて、彼女だけでも頭部に行ってて欲しい。後は俺達があの魔女を何とかすれば――
何とかって何だ?どうすれば奴を足止めさせておくことができる?空を飛んでしまう以上、どうしようも出来ない。時間稼ぎが難しいとなると、他に出来る事はないのか?
俺は刀を魔女に突き刺す。それを察知したのか、翼を広げて再び空を飛んだ。駄目だ!どうしてもあの翼が邪魔になってしまう!……その時だった。
「いっけぇぇっ!!」
突然聞こえた声。聞き覚えがある。けれども、吹雪のせいでどこからなのか分からない。霧の中から槍がこちらに向かってきた。俺達ではなく、魔女の方へ。
「ミリーネ!」
リアムが叫んだ。槍は魔女に命中しないで、上の方へ飛んでしまった。ミリーネは、ヴァイス・トイフェルの上に倒れこんだ。
「お前……どうしてここに?」
彼女は、雪まみれになった顔を上げる。その顔は笑顔だった。
「デュー君が言ったんだよ。出来れば、俺達の跡をついてきて欲しいって。ヴィルギルとシーナが詰め所に戻るんだったら、あたし達も戻るんじゃなくて、参戦した方が絶対に良いって決めたんだよ」
そういえば、俺は確かにそう言ったな。まさか本当に来るとは思わなかった。……あたし達?
「他にもいるのか!?」
「そうだよ。あっ、丁度来た」
吹雪の中から、もう一人の人物が現れた。シャーランだ。彼女は二双の剣をヴァイス・トイフェルの体に突き刺して、よじ登ってきた。
そうだ、それより魔女はどこに行った?俺が行方を捜していると――
「皆!上から来るよ!」
クレアが上を指摘している。見上げると、赤い眼が落下するように来ていた。俺達はバラバラに分かれて、魔女との衝突を避ける。呑気に話をしている暇はない。
「あれって……リアムを攫った元凶じゃん!」
魔女はくるりと回って着地する。こっちは五人に増えたんだ。もしかしたら、今なら……。
「リアム!クレア!今こそ頭部へ行くんだ。三人もいれば足止めできるかもしれない!」
「……分かった。気をつけろよ!」
リアムとクレアは走り出し、吹雪と霧の中へと消えていった。不思議な安堵ととてつもない不安を覚える。それは、魔女に向けたものじゃない。悪天候の中へと吸い込まれるように進んでいった二人……特にクレアに対するものだ。地上へ続く階段の時もそうだった。彼女が無事でいるのを見ると、とても安心して、別れると途端に不安になる。彼女の考えるのは別に構わないと思っているが、度が過ぎるとかえって目の前の問題から目を離してしまう。自分の緊張感のなさを……呪いたい。
「……倒す」
「っ……ミリーネ、シャーラン。一緒に加勢してくれるよな?」
「当たり前じゃん!あの邪奇眼黒装束、絶対に許さないんだから!」
「……あなたを助けるつもりがなかったら、ここにいないわよ……」
二人共、言葉や意気込み具合は違っているけれども、この魔女を倒す意志は同じだ。魔女は翼を広げたままにしているけれども、飛ぶ気配はなさそうだ。絶対に食い止める……魔女も、ヴァイス・トイフェルも、奴らの野望も!その為に頼むぞ、クレア!リアム!




