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白銀のヴァールハイト  作者: A86
4章 棺の中の獣と華麗な少女
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第129話 大きすぎる敵

 雪の結晶が空中で止まり、木々が鉄のように固まる。地上にいる人々は取り留めもない形を作っていながらも、それが一つの絵のような小綺麗さを見せていた。飛び散る血は雫のように、彼らが手に持っている武器は勇姿を見せつけている。それは決して、お世辞にも綺麗だとは思えないけれども、どこか……この世界の異変に向き合っているような気分になった。俺達はその光景を、上から見ているんだ……。


 今、この世界で動いているのは俺とクレア、リアムしかいない。ちっぽけだった俺達の存在が、突然世界の支配者になったような感じだ。この、時を止める鏡を作った人は……どのような思いだったのだろう?科学の黄金期を築いていた時代にいた彼らにとっても、世紀の発明だったのかもしれない。その世紀の発明を借りて、俺達は戦う……。


 爆弾は五つあった。俺とリアムはそれぞれ一つ持ち、クレアは三つの内一つだけを取り出して、残りの二つを保持しておく。先に爆弾を投げたのはリアムだ。彼が手に持った爆弾は豪速球で投げられ、丁度ヴァイス・トイフェルに当たりそうなところで止まった。怪物とはそこまで距離を置いていない。数メートルで触れてしまいそうなところにいる。それでも下にいる黒装束に気づかれないのは、猛吹雪による視界の悪さのおかげでもあるのだ。


 彼は次に猟銃を構えて、銃弾をヴァイス・トイフェルに撃ち放つ。放たれた弾は数秒ヴァイス・トイフェルに向かうけれども、すぐに動きを止める。その間に、俺とクレアも爆弾の起爆装置を入れて、投げる。クレアは拳銃を手に持って、リアムと同じようにヴァイス・トイフェルに向けて撃ち続けた。空中で、三つの爆弾と数十発の弾丸が浮いていた。浮いていても、固定されているようでビクともしない。これが……時間が止まった世界。全ての動きが止まり、只々静寂な時が流れていく。


 二人共、銃の弾が尽きたようで、発砲をやめた。かなりの銃弾がヴァイス・トイフェルに向かっていた。頭部を狙っているんだ。さすがにサイズが大きくても生き残るのは難しいだろう。


「そろそろ三分たつよ!」


 クレアの言葉と同時に周りの景色が動き始める。風が吹き、雪がその風に持っていかれ、木々は動き、下にいる人々の武器が振り上げ、振り下ろす。そして、爆弾と銃弾がヴァイス・トイフェルに向かっていく。最初はスローモーションだったけれども、次第に元の速さに戻っていった。


 俺達は爆風に巻き込まれないように、ヴァイス・トイフェルから距離を置く。爆弾が凄まじい音を出して炎が広がっていき、銃弾がヴァイス・トイフェルの体に食い込んでいく。


「……っ!!」


 耳をつんざくような音だ。対白魔騎士団で禁じられし部屋を調査した時と同じだ。爆発した衝撃がとても大きい。一つの爆弾で、三体のヴァイス・トイフェルを焼き払ったんだ。巨大でも、三つ来ればひとたまりもない。


「どうだ……?」


 黒い影がうごめいているのが分かる。煙のせいで倒したのかよく分からない。下にいる人達も、何が起きたのか分かっていないようだった。猛吹雪の風によって、煙がすぐに吹き飛ばされた。煙の先に見えたのは――


「嘘……だろ?何で……?」


 何事もなかったかのように、巨大なヴァイス・トイフェルが進んでいた。表面には焦げ跡がびっしりとあるのだが、致命傷を与えたようではない。ただ大きいだけじゃない……。熱による耐性も強くなっているんだ!


「あそこだ!撃ち落せ!」


 下から怒声が聞こえる。下を見ると、黒装束の一人が俺達の方を指差している。見つかった……!

一斉に弓矢がこちらへ向けてきた。


「二人共、ヴァイス・トイフェルの上に乗るんだ!」


 そこなら、向こうも俺達を狙うのは難しくなるだろう。クレアとリアムは、ワイヤー銃を取り出して、ワイヤーの先をヴァイス・トイフェルの体に打ちつけた。俺は、リアムの肩にしがみつく。体が宙に浮かびながら、怪物に引き寄せられていく。下からは矢が数本飛んできた。しかし、思っていたより大量の矢は来ない。見ると、対白魔騎士団の兵士達が黒装束が俺達の方に気を向けたのをチャンスだと思い、攻撃をしていた。当然目の前にいる敵に集中しなければいけないので、俺達を攻撃する余裕がないということになるのだ。


 彼ら兵士だって、この怪物を止めるために戦っているんだ。けれど、大勢いる黒装束のせいで怪物に触ることもできていない。俺達は……怪物の上に乗っている。吹雪で飛ばされないようにしがみついた。ワイヤーで繋がれたままにしていた。

 俺達はあくまで、この怪物を止めるだけで、倒すのは別の人だと思っていた。でも、この状況下で見ると、怪物を倒すチャンスがありそうなのは……俺達だ。

 俺達でこの巨大なヴァイス・トイフェルを倒さなければいけないんだ。


「……どうすれば………?」


 思わず本音が口から出た。爆弾三つ、クレアとリアムが持っている銃弾も使って攻撃をした。それでも外傷をさせただけ。致命傷も与えられていない。おまけにワイヤー銃の一つは使い物にならなくなり、ツァイトの鏡も使用してしまった。この戦いの間で鏡を使うことはできないだろう。だとすると、残ったのは爆弾二つ、ワイヤー銃二丁、あとは破邪の利剣とリアムが持っている短剣が二本あるだけ……。これでどうすればいいんだ?どうやって倒す?破邪の利剣でこいつの胴体を切り裂いていくか……。俺は刀の切っ先を胴体に向け、思い切り突き刺した。


「ぐっ……!」


 刀が、ヴァイス・トイフェルの体内に入らない。皮膚が分厚いのか?どおりで倒せないわけだ。体温を保っているから、いくら熱を与えても内部には届かない……。くっ、考えるんだ。どうすればいいのかを!


「聞いてる、デューク?」


「えっ……悪い、聞いてなかった」


「何回も呼んでいたんだよ。リアムから提案があるんだって」


 策を考えるのに集中していたせいで全然分からなかった……。


「提案……?」


「ああ、俺達が爆弾を使っても、どんなに銃で撃ちつけても、表面を傷つけるだけに留まった。それに、お前が刀で突き刺そうとしても、刀身が皮膚の中に入らなかった。ということは、皮膚が硬いために体温も一定になっていて、外からどれだけ攻撃してもこいつの表面の皮膚を傷つけるだけしか出来ないんだと思う」


「それは、俺も考えていた」


「逆に言えば、内部で熱を与えれば倒すことが出来るんじゃないかと思っているんだ」


 ……は?何言ってんだこいつ?一体それはどういう意味だ。


「単刀直入に言う。このヴァイス・トイフェルの中に入って、爆弾を起動させよう」


「……それはいくらなんでも無理だろ!どうやってこいつの口の中に入るんだよ?」


「一人が爆弾を一つ持ったあと、ワイヤーで怪物の目の前に吊る下げておく。餌を見つければ自然に口をあけてくれるはずさ。中に入って一つ目の爆弾を体内で爆発させる。そしてもう一つは、ヴァイス・トイフェルの口の部分で爆発させる。そうすれば口を開き、そのままワイヤーを引っ張って回収するんだ」


 口では平気で言っているが、彼が言っている作戦はあまりにも危険すぎる。まず一回目の爆発から離れていなければ、巻き込まれる可能性がある。それに、タイミングよく口の中に入らなければ、爆弾を投げる奴はつららのような牙に体を貫かれてしまうかもしれないんだ。

 だが、手段を選んでいる暇があるのか?こうしている今でも、ヴァイス・トイフェルは前に進み、別の街を襲おうとしている。そうなれば、その街の住民が助かる見込みはない。大勢の命より、一人の命が犠牲になるだけだったら、俺は一人の命を選ぶ。そして、その役目を担うのは――


「分かった。俺に任せてくれ」


 俺がいいだろう。俺だけが責任を負うので十分だ。ところがリアムは、こう言ってきた。


「いや、俺が行くから心配はいらない。これは俺が言い出したことだ。それに俺は、少なからずとも何人かの人に被害を与えた。それはデューク、クレア……お前達にもだ。だからせめて、償いをさせて欲しい。全てを……終わらせるために」


 こうなると、反論のしようがなかった。俺もさっき似たようなことを言ったのだから、彼の言葉を否定する権利なんてなかった。彼には迷いがない。自分が死ぬかもしれないのに、後悔というものが微塵も見当たらないのだ。だとすると、俺が言えることは。


「……頼んでいいか?」


 これしかない。引き止めても無駄だということは感じていた。


「もちろん。死ぬ気は毛頭ないけどな」


 そして彼は、少しだけ……笑った。こんな時に笑顔を向けられるだなんて、不気味なくらい怖いけれどとても頼りになれた。

 そうと決まれば、まず頭部の方へ目指そう。ヴァイス・トイフェルにしがみつきながら進もうした時……


「二人共、前……」


 クレアが俺達に呼びかける。言われたとおりに前を見ると、黒くて大きな人物が佇んでいた。大きな赤い目が一つ、こちらを見ている。


「我々の邪魔はさせない……」


 黒い人物はそう言った。魔女だ……。心の中でそう呟いた。

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