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白銀のヴァールハイト  作者: A86
4章 棺の中の獣と華麗な少女
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第127話 本当の絶望

「がっ……」


 スドウの声が一瞬聞こえた。触手で刺された感覚がない。もう、俺の心臓を貫いていてもいいタイミングなのに。俺はうっすらと目を開けた。すると目の前に、黒い触手があった。心臓を貫いていない……。その次にスドウを見た。奴は、俺達の方を見ていなかった。後ろを向いていて、足元には大きめな瓦礫が落ちている。何を見ているんだ?俺は奴と同じ目線を辿っていく。そこにいる人物を見たとき、俺は本当に口から心臓が飛び出そうだった。


「父さん……」


 首を絞められ、口からやっと出た言葉。そう、スドウの目線の先には俺の父、ルドルフ・フライハイトがいた。なんで……?住民は皆避難したと思っていたのに……。


「父さん……。ふっ、なるほど」


 俺の呟く声が聞こえたのか、スドウは理解した様子だった。


「デューク!今、助け出すからな!」


 来るな!奴は父さんがかなう相手じゃない!俺はそう叫ぼうとしたけれど、口から声を出すのが精一杯で、父さんの耳には届かない。隣にいるクレアが代わりに、逃げてと言っている。けれど、逃げる様子はない。

 すると、俺の首元を束縛していた触手が離れた。その触手は今までにない速さで動き、父さんを捕らえた。俺と同じように首を絞める。そして、俺の心臓を貫こうとしていた触手が父さんの方に向けられた。その光景を見た瞬間、血の気がスーッと引いていく。


「やめろ……」


 全ての背景がモノトーンになる。父さんは触手から離れようともがいていて、スドウはその光景を楽しんでいた。触手が、ゆっくりと後ろに下がる。


「やめろ……!」


 心臓が、バクバクと暴れている。口が半開きになり、体の力が抜けた。抵抗しようにもできない。腕をしっかりと掴まれていて、離してくれそうにない。

 触手が、勢いをつけて父さんの方に向かっていく。鋭く、そして速い……。俺達は、何も、出来ずに、その、光景を。


「やめ――」


 見ているしかなかった。

 グシュッ……。

 気づいた時には、触手が父さんの体を貫いていた。心臓の部分に突き刺さっている。そこから血が絶え間なく流れ落ちてきて、父さんの服をあっという間に毒々しい赤色に変えた。


「か……はっ……」


 父さんの口から、わずかながらもうめき声が聞こえる。スドウは、父さんの首を絞めている触手をさらにきつくして、息ができないようにする。父さんの目が見開いたと思うと、その目から光が……消えた。


「あ……あっ……」


 クレアが唖然としているような声が聞こえた。二本の触手が、父さんの体から離れていく。目の前の光景で起きているのは、現実なのか?現実だ。現実じゃなかったら、雪が降っているのに寒いと思わないし、息ができなくなるようなことにはならない。父さんが……死んだ……。殺された……。俺の目の前で……。


「邪魔が入りました。瓦礫を頭にぶつけられただけで済みましたけどね」


 俺の中で、スドウの殺意が生まれてきた。抑えようにも、抑えられない。駄目だ!人を殺しては駄目だ!そう言っている俺がいる。こいつは俺の父親を殺した。復讐をする権利があるはずだ。そうも言っている俺もいる。互いにぶつかり合って、指導権を握ろうとしている。最後に握ったのは……。


殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ


 ああ駄目だ……。ヴェインとの戦いの後で、人を殺しては駄目だと言い聞かせていたのに……。また……怒りに呑み込まれていく。もう……限界だ……!


「……ガァァァァァァッ!」


 俺は獣のような雄たけびをあげると、腕に力を込めて触手から解き放れようとする。スドウから笑みが消えて、触手で俺の腕を絞める力を強くする。だがもう遅い。俺は強引に触手から引き剥がすと、刀を構えなおして、スドウの方へ走った。殺す……絶対に!

 

 スドウは、束縛をしていない三本の触手で俺に襲い掛かってきた。邪魔だ……消え失せろ!前からやってきた触手をかわすと、刀を振り上げて叩き割った。バキン!金属が折れるような音がすると、触手がコンクリートの地面の上に落ちた。さっきまで触手を切り落とすことができなかった俺ではない。今なら奴を倒せる……!


 次にやってきた触手は、俺の周りを囲んでくる。俺はしゃがみこんで、黒い輪の外へ出た。しかし、触手は俺を追いかけてくる。尖った先端が襲ってきた。俺は刀を口にくわえ、両手で触手を掴むと、思いきり引っ張りながら走った。ブチンという音が聞こえる。


「アアアアアアアアアアアッッ!!」


 スドウが悲鳴を上げる。触手は奴の後頭部から生えている。触手を一本引き抜かれた今、血がダラダラと流れ出ている。クレア達を捕らえていた触手が、彼女達を放した。そこから家の壁や、地面に突き刺したりと、あちこちで暴れまわっていた。

 

 痛みに耐えながらも、スドウは俺を見つけると、先端まである八本の触手が俺に襲い掛かってきた。それより俺は、本体を倒す。それしか頭に残っていない。俺は触手の攻撃を避けながら本体に向かっていった。


 その時、一本の矢が、奴の腹部に刺さった。矢ということは、シャーランが放ったのか?スドウは、この状況を危険と察知したようだった。暴走した触手が鎮まり、奴は触手を使って、屋根の上に跳躍すると、走り去って見えなくなっていった。怒りと憎しみが徐々に収まっていくのが分かった。


「……父さん!」


 俺は駆け寄ると、上体を起こした。息は、もうしていない。雪が父さんの上にも積もっていて、白い雪と赤い血で彩られていた。目は閉じたまま……永遠に開くことはない……。叫びたい気持ちに駆られるが、俺は叫ばなかった。真っ白になっていく世界、点滅している電灯、その中にいる俺と……父さん、そしてそれを囲む仲間達……。向こうには、巨大なヴァイス・トイフェルが既に街を飛び出し、山を越えようとしていた。


「っ……!」


 涙を流しそうになるが、それを堪えた。今重要なのは、あの大きな怪物を……世界を壊しかねない存在を止める方が先だ。俺は父を抱え、皆の方に向き直る。


「悔しいけど……今はあいつを止める方が先だ。ヴィルギル、シーナ……父さんを、街の入り口にある詰め所に運んでくれないか?」


「……分かった。お父さんは任せて」


「肋骨が骨折しているけどな……」


 俺は二人に父さんの体を預けた。今気づいたけれど、父さんの体は軽かった。そう思ったのは、俺だけだろうか?

 俺の両サイドに、クレアとリアムが立つ。二人共、手にはワイヤー銃を持っていた。俺も銃を取り出し、時計台に向ける。


「デューク……」


「心配はいらないよ、クレア。今は、あれを倒すのが先だから」


 銃の引き金を引き、ワイヤーが時計台の屋根に突き刺さる。他の二人も同じようにする。もう一度引き金を引くと、体がフワッと持っていかれた。

 怒り、憎しみ、悔しさ、哀しみ、憤り、いろんな負の感情が俺の中で渦巻いている。けれど、本当にその気持ちを吐き出すのは、この戦いが終わったあとだ。


 それまで……父さんに別れを告げるのはやめよう。雪が降り続け、白く染まっていく世界。長い長い夜の末にたどり着いた最後の戦いが……始まる。

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