第126話 隣り合わせの死
武器を取り出し、全員がスドウに立ち向かう姿を見せる。スドウは、余裕の笑みを崩さない。
「一つ聞きたいことがあります。狼獣人が持っている二本の刀。その一つは一体いつどこで手に入れたんですか?鞘に二匹の龍の紋様が刻み込まれている方です」
そうか。スドウは破邪の利剣を破壊したと思っているんだ。俺はあえて黙っていた。余計なことは言わない方がいいだろう。何で破邪の利剣が無事なのかも分からないしな。
「黙秘……ですか。結局答えても答えなくてもと、あなた方八人を殺すのは変わりませんが」
「うぅ……」
ヴィルギルが声を漏らした。今の言葉は脅しと同じだ。本気で俺達を潰しにかかってきている。手元に破邪の利剣があれば切り抜けることが出来るかもしれないが、他の皆が同じようにやれるとは思わない。少なくとも、あいつを倒すことは不可能だろう。悔しいが、またこの刀に頼ることになる。
スドウの髪が重力に逆らっているかのように持ち上がった。そこから十個に分裂する。やっぱり、あれは髪じゃなくて触手のようだ。十本もある。
彼は笑みを浮かべたまま一本の触手が襲ってきた。目に止まらない速さだ!けれど、刀が即座に上に上げろと命令したために触手を受け止めることに成功する。一気に、手がとても痛んだ。ガキンッという音を立てたし、もの凄く重い。触手が鉄でできているようだった。よく見れば先端がものすごく尖っている。俺の首を狙っていたし、もし刀で防ぐのが遅かったら……。これこそ死と隣り合わせだ。本当に誰かが死んでもおかしくない!
「速すぎるましたかね、今のは。少し遅めに行きますよ」
触手の動きを遅くする?あっさり殺すのが単に嫌なだけなのか、それでもありがたい。
再び触手が襲ってきた。十本全てだ。さっきよりスピードは落ちてはいるけれども速い。真ん中の二本は俺の方にやってきる。残りの八本は左右に分かれる。クレア達の方へ向かおうとしている。あっちはあっちで頑張ってもらうしかない。俺は、自分を身の危険に晒す奴らと対峙するだけで精一杯なのだから。
右側にいた触手が俺の心臓を狙っていた。俺は体を左に反り、追加でやってくるもう一つの触手を刀で叩き落とした。最初に襲った触手が戻ってきた。反った状態のままだから、避けることはできない。俺は遠心力を利用して刀に勢いをつけさせて触手を切り落とそうとする。また、硬そうな音がなった。さっきと同じように叩き落すことはできたけれども、斬ることはできなかった。やっぱりこの触手は金属でできている。俺は、今叩き落した触手の上に乗っかり、起き上がれないようにする。横向きで倒れているから、もう一本の触手にも太刀打ちできるが、これは……かなりきつい。迫ってくる触手が上、右、左、と不規則な動きをするし、腕だけを動かしているから次第に疲れていくのだ。それでも二対一で戦うよりも、多少不利な状態でも一対一で戦った方がやりやすい。破邪の利剣がどのように攻撃をしてくるのかを教えてくれる為、辛い態勢でも戦えるのだ。
“集中力を乱すな。落ち着いて防いでいけばそこまで強敵じゃない”
刀はそう言っているが、いずれは腕にも限界が来る。どのタイミングで攻めようか考えていたその時……
「げはっ……」
突然、後ろから何かがぶつかり俺は弾かれた。雪が体にまとわりつきながらも、すぐに立ち上がって不意を突かれないようにする。俺にぶつかってきたのは――
「クレア!?」
そう、クレアが触手で腰の部分を掴まれて宙に浮いていたのだ。手も挟まれているために、武器をとれだせそうな様子ではない。
他にも、触手に捕まっているのがいた。シーナとミリーネは両手を掴まれて吊り上げられている。ヴィルギルは右足を掴まれていて、家の壁に背中から叩きつけられていた。痛い痛いとむせび泣きながら口から血を吐いている。シャーランとリアムは、武器が弓や猟銃なので掴まれることなく的確に撃っている。シャーランの方など、触手が俺と同じ二本と相手しているのに、全く苦戦している様子は見られなかった。アークは、触手を素手で掴んでいて、動きを止めようとしていた。手から血が流れているけれど気にしている様子はない。触手に引っ張られそうになっても持ちこたえていた。
クレアは申し訳なさそうな表情で俺を見つめていた。どうやったら皆を触手から解放することができる?触手は鉄のように硬いから切り落とすことは難しいだろう。だとしたら……本体を狙えばいい!
俺は、クレア達がいる方向の反対側を向く。そこにはスドウがじっとたたずんでいる。あいつ自身を攻撃すれば、触手の束縛から解放させることができるかもしれない。しかし、向こうは俺の意図に気がついたようだ。すぐに後ろの二本の触手が追いかけてきた。
“背中を狙われているぞ!”
俺は触手の方に向き直った。さっきまでのスピードとまったく違う。本体を攻撃されないように必死なのか、触手の動きが速くなっている。コンクリートを突き破ってきたり、俺を殺すのに躊躇いはない。飛んだり回り込んだりしながら懸命に触手の攻撃から逃れる。
「っ……!」
腹部の傷が、突然痛み始めた。激しい動きをしていたから、傷口が開いたんだ……。くそ!触手が邪魔で中々奴のところへ行けない。腹部を見ると、血が服に滲んでいた。俺の動きが鈍くなっているのが分かる。スタミナがもたない。こうなったら、一か八か賭けてみるしかない。
俺は触手の存在を無視して、スドウの方へ向かった。二本の触手が俺を止めようとするが、破邪の利剣が触手がどの位置にどのタイミングで来るのかを教えてくれるため、あまり見ずにジャンプしたりして避けることことができた。スドウも俺が触手の攻撃から逃れるのが意外だったのか、彼の顔から笑みが消えた。スドウまであと数メートル、俺は刀を振り上げ、それを振り落ろした。
――目の前に、クレアが見えるまでは……。
「うわっ!」
俺は思わず刀を振り下ろすのをやめてしまった。それがスドウの狙いだったんだろう。二本の触手はすぐに俺に絡みついてきた。一本は腕に、そしてもう一本は首にだ。いつのまにか先端が尖っていないため、切れることはないが、息が圧迫する。おまけに腕もふせがれていて、抵抗できない。また、この触手に首を締めつけられた。
「どうやら皆さんを捕まえられたようです」
スドウの言葉を聞くと、どうやら俺が最後らしい。皆がどのように捕まっているのか首が動かせないために見ることができない。スドウの近くに一本の触手が寄ってきた。シャーランが戦っていた触手の一本だろう。その触手が鋭く尖り、一番近くにいた俺に向ける。そして、こう言った。
「安心してください。安楽死させますから」
その触手が俺に突き刺さろうとする。今度こそ駄目だ。騎士団の兵士達は、巨大なヴァイス・トイフェルの方に集中していて俺達がここにいることに気づいていない。皆の悲鳴や、クレアが俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。その中で俺は、ゆっくりと、目を、閉じた。




