第123話 凍りついていく世界
数十分前、スチュアート先生とミロワールは玄関ホールにある階段で、お互いの武器が交錯し合っていた。武器はどちらも、杖。鈍い音が響き渡る。
「くっ……はっ……!」
ミロワールは華麗な動きをしながらも、その表情は険しかった。何度も杖や自身の体術でスチュアートを狙っているのに、どれも防がれているのだ。右ストレートを食らわせようとすれば片手で止められる。杖で打撃しようにも、杖自体を掴まれて投げ飛ばされる。ミロワールは次第に苛立ちが募っていった。
スチュアートは、手を動かすだけでその場から全く動かず涼しい顔をしている。力の差は一目瞭然だった。
「これが五芒星第一位の力か?呆れるのにも程がある」
ミロワールの額に青筋が浮き上がった。しかし、一度冷静に戻り相手の様子を見る。
「……流石、学園長と呼ばれているだけの実力がありますわね。感服致しますわ」
ミロワールは体をグニャと曲げたと思うと、スチュアートに突っ走っていった。お互いの武器がぶつかり合い、力が相殺する。彼女は懸命に押すが、スチュアートはビクともしない。だが、彼女の目的はスチュアートを倒すことではなかった。
「あなたの強さはイデアルグラースの全軍が知っています。そこで一つ質問。わたくしとお母様、その配下達は何故ここにいるのか、おわかり?」
「お母様?」
ミロワールは口を滑らせてしまったことに気付く。手遅れとなった今、打ち明ける以外他はなかった。
「お母様というのは、今玄関ホールで戦っている……周りの人は『魔女』と呼んでいる人です」
彼女が言った魔女……。大きさは人間と変わらないが、黒い布で包まれていて、顔の部分は巨大な赤い目しかない。背中には翼が生えていて、手は人間だとは思えない鋭い爪と鋼鉄な皮膚を持っている。
魔女は、向かってくる敵を片っ端から捻り潰していた。もしくは鉤爪で体を斬り裂いている。銃で撃とうとする人もいるが、撃つ前に防がれるか、かわされるかのどちらかだった。対白魔騎士団の兵士は十数名もいるのに対して、イデアルグラースは魔女一人だけになっている。イデアルグラースにも兵士はいたのだが、彼らはすべて対白魔騎士団によって倒されていた。それでも全く関係がないように、むしろ押し返されていた。じわじわと……全滅に導かれていく。
この異形な怪物の娘……?スチュアートの脳内で確かな疑問が生まれた。
「あなた方の仲間がお母様によって危険にさらされていますわ。助けにいった方が懸命じゃなくて?」
「……彼らは死を覚悟して、戦いに臨んでいる」
「そう……。それより、わたくしの質問に答えてくださる?」
ミロワールは薄ら笑いを浮かべながら、聞いてくる。スチュアートはその様子に不気味さを感じながらも、答え始めた。
「私達を迎え撃つ、もしくはここで排除する。どちらもだろう?」
「惜しい。65点ですわね」
「残りの35点はどこへ?」
ミロワールは、杖を持っていない左手からスイッチらしき物を取り出す。すべてが上手くいったかのように、彼女は喜んでいる様子にも見えた。
「確かにわたくし達は、あなた方が来るのを予想していました。ですが、排除するつもりはありません。最後は皆死ぬのですから」
「どういうことだ?」
「お分かりになりませんか?あなた方が来ると予想していたら、犠牲を少なく確実に仕留められるようにします。けれど今回、敢えて皆さんの前に姿を現し、正面から迎え撃ちました。それは何故?」
しばらくの間、スチュアートは考えた素振りを見せていた。そして一つの結論に到達した時、自分達が嵌められていることに気がつく。
「まさか……!」
ミロワールはスチュアートから離れると、スイッチを入れる前にこう呟いた。
「大当たり……」
彼女はスイッチを入れて、消えた。まるで瞬間移動をしたかのように、消え去ったのだ。その直後、眩い閃光と炎が城の全ての支柱から噴出した。爆発が起きたのだ。予め、全ての支柱に爆弾を仕掛けていた。イデアルグラースが城に潜んでいるのを敵に流し、おびき寄せる。親玉も城にいるとなれば、少人数で来たとしても敵側の核の存在がいる可能性が出てくる。そして、餌に食いついたネズミは、できる限り留まらせておき、合図を受け取ると、渡されていた瞬間移動装置を作動して城から脱出、後は遠隔操作で爆弾を起動させるだけである。
支柱が破壊され、城は崩れ落ちていく。スチュアートは急いで外へ出ようとするが、もはや遅かった。落石に巻き込まれ、出口は塞がれる。城の中にいた対白魔騎士団の兵士達は全員、城の崩落に飲み込まれていった……。
今まで俺達は、たくさんのヴァイス・トイフェルを見てきた。サイズが少し大きかったり小さかったり、動きが素早かったり鈍かったり、と様々だ。けれどそこまで大きな差異はない。ほとんど同じやり方で倒していった。けど、あれは……。
「大きすぎる……」
地下から出てきた怪物、ヴァイス・トイフェルは今までの中でも巨大だ。巨大どころか、一息で世界を凍てつかせてしまいそうなほどに。
街の各地で上がっていた煙や炎が、突然消え去った。かと思えば、濃霧が発生して、コンクリートに霜が生まれ始めていた。距離もあるのに既にこの状態まで来ている。おまけに今、雪が降っている。これはあいつらにとってはプラスだ。この街全体が銀世界へ変わっていくのも時間の問題だ。
「あんなの……どうしろって言うの?」
隣でクレアは愕然としていた。俺だって今にも崩れ落ちそうな勢いだ。巨大なヴァイス・トイフェルは、ゆっくりと進んでいく。動く度に、家々が潰されていく音が聞こえた。住民の避難は終わっているんだろうか?
とにかくここでじっとしている訳にもいかない。まずは出来る限り近づいてみよう。あれをどうやって倒すのか考えるんだ。
「あの怪物の近くまで行ってみよう」
「そんな……死ぬ気なの!?」
「死なないさ。だがここにいても何も始まらない……」
腰辺りの傷はまだ痛む。それでもゆっくりと走り始めた。なるべく傷口が開いてしまわないように。クレアは待って!と俺に言って、ついて来た。何かあるんじゃないか……あれを倒す方法を。
アーク達はどこにいるんだろう?無事だといいんだが……。それだけがとても気がかりだった。
ここは街の入り口。住民の避難は終わっているが、突如現れた巨大なヴァイス・トイフェルによって、パニックに陥っていた。皆、我先にと思い逃げようとしている。騎士団の兵士達は誘導を行っていた。
「落ち着いてください!怪物はこっちには来ていません!慌てずに街から離れてください!」
兵士の言葉に従う人、そんなことなど無視して逃げる人、逃げることを忘れてヴァイス・トイフェルを傍観している人、それぞれ違っていた。その中で一組の夫婦がいた。二人共、五十路で落ち着いている。名前は、ロザリー・フライハイトとルドルフ・フライハイト。デュークの両親だ。二人は、逃げることよりもヴァイス・トイフェルを見ていた。
「ヴァイス・トイフェルはこっちには来ないようだな」
「それより、早く逃げましょ。急激に冷えてきたわ」
そう話し、ヴァイス・トイフェルから背を向けた時、近くにいた騎士団の女性……カレン・クラシアはトランシーバーで誰かと話していた。
「こちら救助隊隊長のカレン・クラシア。突入部隊、応答して!ダニエル・マッカン、報告を急ぎます!デューク・フライハイトとクレア・リースは無事なんですか!?」
「……!デューク……」
ルドルフは、逃げることを忘れ、街へと引き返した。ロザリーはその跡を追おうとしても、人ごみで行く手を阻まれてしまい、見失ってしまう。自分の息子が、危機に晒されているかもしれない。カレンの言葉を聞いてそう思ったルドルフは、息子であるデュークを探すために、混沌としている街の中へと戻っていった……。




