第122話 それぞれの後悔
「ここら辺でいいかな?今、手当てするから」
「あぁ……」
魂が抜けたような返事をしてしまった。傷がやっと治ったばっかなのに……。天罰みたいなものなんだろう。人を殺そうとした罰なんだよ。
「階段で降りてきたのか?」
「う、うん。かなり段数があったから今ここで止血しといた方がいいかなって思って」
「そうか……。迷惑をかけたな」
「デュークは謝らなくていいよ。むしろ無傷だった方が驚くかな。落下した筈なのに、どうして骨折もしないで普通に立っているの?」
驚く、か。そういえば数十メートルも下へと落ちていったんだ。アークがワイヤー銃を渡してくれたことは、本当に感謝している。
クレアは、刺し傷のことを聞いてこない。ヴェインがあの状態になっていたことも、聞いてこない。彼女は俺が何をしたのか察しているんだろう。だから聞いてこないのかもしれない。その方が俺も安心する。俺自身の問題は解決しないけれど……。
俺は本当に、あいつを殺そうとしていたんだろうか?いや、じゃなければあそこまで痛めつけたりしない。事実を認めるんだ。自分には、人を殺してしまうような一面があるんだと。
あいつは殺す勢いがなければ倒せないと言っていた。実際に殺すつもりで戦ったら勝てた。こいつなんて殺してもいい、リックの仇だ、ざまあみろ。何よりも、こいつを殺せば皆救われると思っていた。
違う!
違う違う違う!そんなの間違っている。誰かがあいつを殺していいなんて言ったか?リックを殺したから殺してもいいなんて誰が決めたんだ?全部、全部……俺の自己満足じゃないか。勝手に決めつけているだけだ。人を殺せば、その人の家族や友人の悲しみが玉突きのように広がっていくんだ。そんな時、責任なんてとれるのかよ。そんなこと、分かってただろ。分かっていた……分かっていた……分かっているはずだった。
これじゃあ、あいつらと同じじゃないか。
クレアは持っていた小さな薬箱を開けて、綿とピンセット、消毒用アルコールを取り出した。綿にアルコール消毒を染み込ませて、それをピンセットで摘み、俺の腹部の傷口に当てる。
「絶対染みると思うから、覚悟してて」
ピリッとした痛みが感じられた。これくらいなら我慢は出来るけれど、今はそれどころじゃなかった。軽い消毒が終わると、薬箱から包帯を取り出して、慣れた手つきで俺の腰に巻きつけていく。
「これでよし、と。大丈夫?痛む?」
一度立ち上がって、腰に痛みがあるのか確かめる。特に痛みは感じない。
「大丈夫みたいだ。ありがとう」
クレアは少し嬉しそうに笑い、薬箱をしまった。彼女は治療専門のビショップであるから、重症の時は本当に助かる。先が見えない階段を二人で見つめる。
「ここからはずっと階段を上ることになるから……。まだつらかったら肩を貸すよ?」
「うん。いざとなった時はお願いするよ」
一段、また一段と上っていく。遅くも速くもないスピードで。ここはあまりにも暗すぎる。目の前に広がるのは闇だけだ。階段から踏み外していまわないように、俺達は踏み込みながら進んでいた。先も分からない、後ろを振り返っても見えない。彼女が手に持つライトだけが頼りの状態だった。
「やっぱり……あの人も手当てするべきだったな……」
クレアが後悔したかのように呟く。あの人というのは、ヴェインのことだろうか?
「銀色の狼獣人?」
「うん。敵なんだろうけれど、あれだけ大怪我していたんだから応急処置くらいしとければよかったなって」
確かに、あそこまで痛めつけなくてもいいのに俺は……。
「あの怪我、デュークが負わせたんだよね?」
「……!」
クレアがいる方を見つめる。言われるとは薄々感じていたが、まさかここでとは思わなかった。嘘をついても仕方ない。聞かれたことは正直に答えよう。
「そう、俺がやった」
「あそこで、大怪我をしている人も驚いたけれど、それよりデュークの表情が怖かった」
俺の表情が怖かった?一体、どんな顔をしていたんだ?
「普段のデュークは落ち着いていて、あまり表情が顔に出てこないんだけど、さっきは殺気で満ち溢れていて、歯を剥き出していてまるで猛獣みたいだった。それに、どこか哀しそうだったよ」
哀しそうだった――。そうかもしれないな。リックの死を思い出して我を失った自分を、理性の俺が哀しんでいたのか、そもそもリックの死に哀しみを感じているのか、それはどっちもなんだろうな。
「デューク。何があったのかは聞かないよ。でも、一生後悔するようなことはしないで欲しいの」
「……しないよ。約束する」
彼女といると、和むな。約束は果たせるんだろうか?いや、果たさないといけないんだ。二度とこんな過ちをしないために。
突然、巨大な地震が起きた。身をかがめ、階段から転げ落ちないようにしがみつく。地震というより、爆発が遠くで起きているような感じだ。揺れは次第に収まった。
「外で何が起きたの?」
「……行こう」
俺達は階段を駆け上るようにして上を目指していった。やがて、瓦礫で塞がっているところで行き詰った。さっきの地震で崩れ落ちたんだろう。僅かながらも光が見える。
「岩をどかすぞ。クレア手伝ってくれるか?」
「もちろんだよ!」
岩を引きずり、入り口を開けるためにずらしていく。か細かった光が、岩をどかすごとに明るくなっていった。運がよかった。これなら早めに外へ出られる。
「せーの!」
最後の大岩を二人で少しずらして、できた隙間を通って外に出た。……外?城の中じゃないのか?目の前に広がる光景は、大量の瓦礫が散乱していて、あちこちで煙が上がっていた。この瓦礫は、城の壁だ!俺は辺りを見回した。無い!城が無い!大量の瓦礫が積まれている。
もしかして、さっきの爆発が起きたような地震は、城が破壊された振動なのか?先生達は……城の中に入ってきた兵士達は皆どこだ!
「ダニエル先生!スチュアート先生!どこにいるんですか!クレア、城が崩れて……クレア?」
クレアは、城の残骸など見向きもしていなかった。彼女は街の方を呆然と見つめている。何かに驚いているようだった。俺も彼女の目線に合わせる。
すると、街の中心辺りに大きな煙が上がり、そこから巨大な何かが出てきていた。まるで、地中深くにいた生物が、モグラのように顔を出してきたように……。その巨大生物の頭だけが出てきているだけで、本体はもっと大きいのだろう。頭を地表に乗せると、街をミニチェアのように破壊されていった。
最初は大きすぎて一体何なのかよく分からなかったが、正体が分かるとクレアと同様に呆然とした。
「冗談だろ、あれ……」
街の中心から出てきたもの、それはヴァイス・トイフェルだった。それも普通の奴じゃない。
今まで見たことない、数時間で世界を氷で閉ざしてしまうほどとても大きな……ヴァイス・トイフェルだ。




