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白銀のヴァールハイト  作者: A86
4章 棺の中の獣と華麗な少女
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第121話 逆鱗

 あの時は、リックの死で頭がいっぱいだった。他に考えていたことは、ヴァイス・トイフェルが近くにいて、自分も死ぬんだ……その恐怖だけが俺を支配していた。

けれどあの場所で、もう一人……誰かがいた。


 戦う気力を失った気分だ。それだけ脱帽していたんだ。こんな事をしている場合じゃないのに……。体が硬直していて動かない。


「もっとも、お前には関係のない話だがな……」


 ヴェインはピストルを手に持ち、銃口を俺に向けた。俺は我に返って、破邪の利剣で銃弾を斬り落とせるように身構える。自分はまだ驚いていた。あの日……シルエットだけしか見えなかった人物がここにいる。俺の、俺達の敵としてだが。

 とりあえず、あのピストルを奪えばこちらが少し有利にはなるだろう。けれど、どうやって?言葉で簡単に言ってしまったが、実際に行動に移すのは難しい。

 ヴェインがピストルの引き金を引き、銃弾が放たれる。反射神経が働き、右にずれて銃弾をかわした。ところが、ヴェインはまるで俺が右に避けるのを知っていたかのように迫ってきた。俺は慌てて刀の切っ先を向けて近づけないようにする。奴は、頭を下げて俺の鳩尾を殴った。今までとは違う強烈な痛みに耐え切れず腰をかがめてしまい、彼の肘、もしくは刀の柄の部分が背中に直撃した。


「うっ……!」


 態勢を整える前に、首を掴まれ宙に上げられた。首が締め付けられていく……。酸素を欲しがって、息が荒くなっていくのが分かった。爪で掴まれている手をひっかくが、彼は涼しい顔をしている。


「所詮、この程度か……。破邪の利剣に依存していた結果だな」


 するとヴェインは、俺の首を掴んでいない手で刀を持ち、俺の腹部に突き刺した。殴られた痛みとはまた違う痛さが体中に伝わる。顔を歪み、体が熱くなっていく。刀は背中まで貫いた。


「ぐあああああっ!!」


 刀は引き抜かれ、刺された腹部と背中から血が流れていく。その上首を締め付けられて呼吸が上手く出来ず、頭が破裂しそうなくらいに痛くなる。それでも破邪の利剣を手放してはいけないと思い、柄を握っている手をしっかりと持つ。


「俺を殺す覚悟でいかなければ、倒すことは出来ない……。甘さと利剣の依存がお前の敗因だ」


 首から手を離され、地面の上に倒れる。ガハッと荒い息を繰り返し顔をヴェインに向けた。こいつが言っていることは、悔しいけれども紛れも無い事実だ。俺は破邪の利剣に依存していた。他にも、ピストルを奪えばいいとか、隙を作らせるなど甘い考えを持っていた。最初から殺す気で戦っていれば何か変わっていただろうに……。

 待てよ……。何でこいつに手加減なんてしてたんだ?面識もなく、相手は俺を殺そうとしている奴だ。おまけにこいつは――。


「お前も、あの少年と同じ無様な死を遂げるがいい……」


 こいつはリックを殺した。殺した、殺した、殺した。こいつがあの山にいなかったらリックは生きていたんだ。死ぬことは無かったんだ。リックが死んだことも、こいつは滑稽と言っている。ヴァイス・トイフェルを世界各地に放ち、人々を恐怖に落としいれ、死亡者を出して俺達が住む場所を削り取っている。なのにこいつは――イデアルグラースはなんとも思っていない。

 全生物の絶滅がイデアルグラースの目的だとスドウは言っていた。あいつに言い返せなかった言葉が一つだけある。どんなことを言われてもこれだけは言える。


 ――こいつら……狂ってる。


 怒りが、火山が噴火したように現れた。血が流れるのを抑えた手を離し、血塗れた手を見る。俺の内側に隠れていた殺意が表面上に出てきた……。

 ああ、お前らなんだ。リックが死んだのも!俺達の故郷が奪われたのも!俺達の平和が壊されたのも!

 

 全部……全部!お前らのせいで!


「グルァァァァァァァァ!!」


 怒りが俺を支配する。俺は破邪の利剣を持っている手に残った力を振り絞り、ヴェインの刀身を斬り裂いた。バキッという音がして、刀が真っ二つに折れる。


「……っ!」


 ヴェインは初めて動揺した表情を見せた。その瞬間を俺は逃さず、回し蹴りで相手の横腹を蹴った。殺してやる……。俺達の、世界の敵であるお前らを殺してやる!

 奴は、今までの平静な表情は保てていないけれども、死に物狂いの反撃で刀を捨てて俺の肩を鷲掴みした。腹部にまだ痛みは感じている。けれど今の俺には関係のないことだ。こいつを今すぐにでもあの世へと送り飛ばしてやる!

 俺の肩を掴んでいる右腕に両腕を掛け、力を込めて相手の関節を外した。嫌な音と共に、ヴェインの苦痛のうめき声を上げた。

 俺は倒れこんだヴェインの上に馬乗りになり、何度も腕を振り下ろし、刀で切り刻んだ。鎖骨を薙ぎ、左肩と脇腹を切り払い、俺と同じように腹部を突き刺し、奴の頬に拳を打ち続けた。

 苦しめ……。俺達が今まで感じてきた痛み、苦しみ、哀しみ、怒り……全てを思い知らしてやる。そして最後はこの破邪の利剣で、お前の心臓を貫いてやる。


“……お前の勝ちだ。向こうは抵抗の気力も残っていないぞ”


 破邪の利剣の声が頭の中に響く。まだだ。まだ終わっていない!最後に、リックを殺した怒りを思い知らせるんだ。血が飛び散り、嫌な音が鳴り響く連続が止み、暗闇の中で沈黙が再びやってくる。俺の両手に破邪の利剣を握り締め、奴の心臓に狙いを定めた。ヴェインはおぼろげな目で俺を見ると、覚悟したのかゆっくり目を閉じた。

 死ね……ヴェイン。俺は刀を突き刺す――


「デューク!」


 暗闇で響いた聞き覚えのある少女の声、俺は思わず刀の動きを止めた。その瞬間、さっきまでの怒りが嘘のように静まっていく。俺はじっと、血だらけで動けなくなっているヴェインを見た。彼に何をしたのかが脳裏に出てくる。俺……何やって……。

 左側から光が近づいてきた。次第に一人の少女がはっきりと見えてくる。三つ編みの黒髪に眼鏡を掛けている。俺は思わず安堵した。


「クレアか……」


「よかった、無事みたいだね。……デュークその人……それにこの傷……!」


 クレアはヴェインの姿に絶句する。俺は顔を下げ、耳が下がった。クレアが来ていなかったら、今頃死んでいたんだ。怒りに身を任せていた……。腹部の傷が痛む。

 クレアは何が起きたのか察知したらしい。俺に何も聞かず、彼女の肩に助けられて立ち上がると、その場から離れていった。ヴェインの姿は、見えなくなっていった。


「急いで外に出よう。痛いと思うけれど、我慢してね」


 俺は自分の行いを恐れていた。あと少しで俺は人殺しへと変わっていたんだ。例え友人を殺した人物であっても、人を殺すことは許されない。自分の感情で殺すなんてもっといけないことだ。

 俺はあいつに勝った。けれど、負けたんだ。自分の感情をコントロール出来なかった時点で、俺は負けていたんだ。

 腹部から流れる血が、ポタポタと落ち続けていた……。


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