第110話 戦いの始まり(ミリーネ視点)
あたしは、家の中から連れ出される住人をずっと見ていた。もう十五分はたったいるのに、変化がない。本当にこの街にイデアルグラースがいるのかな?
「退屈だ……」
「我慢しなよ。襲ってこないだけで充分平和じゃないか」
隣にいるアークがあたしに呼びかける。確かに、敵が襲ってこないのはいいけど、同じ場所でずっと立ち続けるのは、流石に疲れるよ。
住人を救い出す手順も覚えちゃった。住人に目覚ましになる薬草を飲ませて、兵士のエスコートで街の入り口に行く。その繰り返しがあちこちで起きている。そろそろ飽きてきたなあ。
「でも、言われてみればどうして相手の動きがないんだろうね。もう街の中心部の避難はほぼ終わっているから、気づいてもおかしくないと思うんだけど……」
ちょっと……そんなこと言わないでよ。怖いじゃん!向こうがチャンスを見計らっているような気がしちゃうし。
この街に、リアムがいるといいな。真面目な話、あたしはリアムを助けたいと思って、対白魔騎士団に入った。余計なお世話だと思われるかもしれないけど、彼を見守りたいと思った。親友だから……その理由もあるけど、今振り返ると別の感情があるのに気づいた。親友とはまた違った、感情を。
「あっ……」
「ごめんなさい。だ、大丈夫ですか?」
しんみりと考え事してたら、見知らぬ人とぶつかっちゃった。どうやら住人の人みたい。四十代くらいの夫婦だ。
「ええ、大丈夫よ。あなたも騎士団の兵士なの?」
「はい!入団で一年も経たずに優秀者に送られる黒の騎士団の称号を受け取った美少女!ミリーネ・アスタフェイ、16歳です!」
ふっ……決まった。
「元気ねぇ。わたし達の息子も対白魔騎士団に入ってるのよ。丁度あなたと同い年で黒の騎士団なのよ」
え!人間の夫婦、そして息子、黒の騎士団、あたしと同い年……まさかまさか!
「もしかして、デュー君のご両親ですか!?」
「デュークのこと知ってるの?」
やっぱりそうだ!よく見ると、デュー君のお母さんとっても綺麗だ。お父さんの方も落ち着いている感じがあって。
「あたし達、親友なので!デュー君もここにいればよかったなあ。別の所で任務を遂行している最中です」
「あら、そうなの?一度でいいから見てみたいわ。デュークの晴れ姿」
「ロザリー、デュークは真剣なんだぞ。授業参観じゃないんだ」
「そうねえ……。でもよかったわ。彼の親友と出会えて。迷惑をかけるかもしれないけど、息子をよろしくお願いします」
デュー君のお母さんが深々とお辞儀した。そんな!お辞儀されるだなんて!
「いえいえこちらこそ!あ……急いで街の外へ避難して下さい」
「分かったわ。じゃあね」
二人は救出隊の兵士によって、街の外へ案内されていった。
「いやー、二人共いい人そうだったなー。落ち着いてて、物腰が柔らかそうで!デュー君の両親だとは思えなかったな。外見どころか、性格もちょっと違ってる感じがするし。だよねアーク。……アーク?」
アークは、デュー君の両親を見ていた。どこか、悲しそうな目で。
「おーい、アーク聞いてる?」
「……ん、ああごめん。ちょっとボーッとしてた」
「ふーん。珍しいね」
そんな時だった。遠くで何かが爆発する音が聞こえた。城の方向から……。デュー君とクレアがいる城で一体何が?
と、城の様子を見ていたら一本の矢があたしの方に向かってきた。
「危ない!」
アークが矢を素手で掴む。僅か数センチで止まった。危なかった……。
矢が飛んできた方向を見ると、そこにはローブを着た人物がいた。その後ろに二人もいる。あの人達、リアムの塔でも似たようなのを見た!そして、空に信号弾の煙が上がった。色は赤……敵の攻撃の確認と敵を見つけ次第倒せという命令だ!
あたしはローブの人達に槍を向けて、迷うことなく走り出した。相手は矢を三本放ってくる。一本目は外れて、二本目はかわし、三本目は槍で撃ち落とした。弓を持っているのは一人だけ、まずはその人からだ。あたしは薙ぎ払いをして、弓を振り落として頭部を強打させた。
すると、後ろにいた二人が剣を出して、あたしに襲いかかってきた。体勢が少し崩れている……避けれそうにない。と思っていたら、後ろからアークが片方のローブの人の溝内の所を思いっきり殴った。そこから、もう片方のローブの人の腕を掴み、あたしから引き離すと、重心力を利用して、家の壁に叩きつけた。壁にのめり込んでいる。どれだけで力があるの!?
「ありがとうアーク」
「一人で戦ってるわけじゃないんだから、あまり出しゃばらないように」
はーい、とあたしは呑気な返事で返した。
その時、一本の矢があたしの足下に刺さった。外したけれど、今度は誰なの!上を向くと、別のローブの人が立っていた。さっきの三人組と違って背も高くて、体格が良い。ローブをそこまで深く被っていないから、素顔をすぐに見ることができた。
「リアム……?」
そう、あたしに矢を放ったのはリアムだった。あたしが名前を呼ぶと、リアムは踵を返し、逃げていった。
「待って!リアム!」
あたしは無我夢中で彼を追いかけた。やっと出会えたんだ。ここで見失うわけにはいかない!
リアムは屋根伝いで走っている。足速いよ……追いつくのが精一杯だ。
「アラ、どこへ行くノ?」
目の前に、一人の少女が道を塞いでいた。紫の髪に黒い服を着ている。お世辞にも綺麗とは言えないな。
「お前!」
「久しぶりネ。あんたに殴られた痛み、ワスレナイヨ」
「知り合い?」
「……イデアルグラースの五芒星の一人だ」
か、幹部なの!?どう見ても未成年の子にしか見えないんだけど!
「そこを通してくれないか?会わなきゃいけない人がいるんだ」
「ソレハ、隣にいる娘がデショ。その子なら通してもイイワ。でも、あんたはダメ。ここに残ってあたしに付き合ってくれないト」
あたしは、アークの方を見た。リアムを追いかけなきゃいけないんだけれど、アークをここに残していくのもちょっと……。
「大丈夫だよミリーネ。君はリアムを追う責任がある。ここは僕に任せていいから」
「……ごめんアーク!」
あたしは罪悪感こそはあるけれど、リアムを追いかける方に決めた。アークはあたしのことを後ろから押してくれたんだ。絶対にこのチャンスは逃せない。
リアムと真剣に話し合うんだ。




