第108話 詮索
城内に侵入すると、緊迫感が生まれた。どうやら城の廊下に出たらしい。全員が出ると、ダニエル先生は、床のタイルをそっと元に戻した。
「破邪の利剣の波動を感じるか、デューク?」
ダニエル先生が小声で俺に聞いてきた。俺は目を閉じ、耳をすませる。自分では少し気づいていた。金属音みたいなのがさっきから聞こえていたのだ。刀の波動は何なのかはよく分からないけれど、この金属音は俺に助けを求めている感じだった。
突如、頭の中で声がした。
“来たな。私はここにいるぞ”
「!……こっちです」
俺は居ても立っても居られず、走り出した。二人は慌てて俺を追いかけてくる。
刀が俺を呼んでいる。どの通路を辿っていけば早くたどり着けるのかを頭の中で教えてくれた。次は右へ、今度は真っ直ぐ、その階段を上れ……というようにナビみたいに俺達を導いてくれる。
それにしても広い城だ。俺がこの街にいた時に、遠目ながらでも眺めていたけれど、これ程までに広いとは思わなかった。たくさんの部屋を通って、甲冑が並んでいる廊下を渡って、進んでいく。
不気味なほど静かだ。俺達がこんなに動き回っているのに、敵にまったく遭遇しない。だが、これは今だけのことだろう。
ダニエル先生が俺の真横に来て、こう言った。
「追っ手が来ている。後ろからだ」
俺は一旦立ち止まった。後ろを振り返っても何もない。クレアも先生から状況を聞いたようだ。相手はどのくらいの速さで来ているんだろう。
「この足音からして……六~七人はいるぞ。このまま出来る限り、進んだほうがいい。戦うのは、もう少し待とう」
「はい。分かりました」
俺は再び走り始めた。感覚を研ぎ澄ましていたんだが、ダニエル先生がいち早く追っ手の存在に気づいた。戦歴がある先生のほうが、敏感なんだろう。
一分後、俺の方でも足音が聞こえてきた。近づいてきている。しかもかなり速い。大広間に出ると、突然ダニエル先生が立ち止まった。
「先生?」
「ここは私が食い止める。二人で破邪の利剣がある場所へ行け」
「そんな!ツァイトの鏡を使えばいいじゃないですか!」
ダニエル先生は下を向く。クレアは何かを察し、こう言った。
「実はね、ツァイトの鏡の実験でもう一つ分かったことがあるの。一度時間を止めれば、しばらくの間使えなくなる。少なくとも、六時間くらい。だからここで使えば、この戦いの間は二度と使えなくなると思うの……」
「六~七人だけならここで使うよりも、戦った方がいい。使用するのは、本当に危機的状況になった時だ」
ツァイトの鏡にそんなデメリットがあったのか。後先のことを考えて、ここで戦う……。ダニエル先生は数々のヴァイス・トイフェルと戦い抜いてきたのだろう。相手が人間だったら、先生のとっては敵と称するまでには至らない。だから、心配することなく先に進める。
けれど、自分は役に立つことが出来ない。破邪の利剣がない俺は、武器を持たない兵士だ。くそっ!こんなこと考えている場合じゃないのに……。
「来るぞ!」
ダニエル先生が一点を見つめている。そこには、ローブを被った小柄な人物がいた。それが六人いる。全員手には槍を持っていた。ここからだと顔がよく見えなくて、どんな表情をしているのかが分からない。
「言ったはずだ、ここは私に任せろ。お前達はまだ半人前の兵士だ。責任など感じなくていい。さあ行け」
「……すみません」
「あと、これを持っていてくれ。破邪の利剣を見つけた時に引き金を引くんだ」
俺はピストルを受け取って、振り向かずに先へ進んだ。クレアも後ろからついてくる。金属がぶつかりあう音が聞こえたのは、大広間を出た直後のことだった。
大広間を出ると、金属音が一段と強くなった。近づいているのか?破邪の利剣が俺を呼ぶ声が大きくなった。
“そうだ。来い、私のところへ”
「あとどのくらいで着くのか分かる?」
クレアが聞いてきた。感じる……。あの先の、ここからでも見える部屋にある!
「あの部屋にある」
風を切っているような気分だ。どんどんと、その部屋の扉に近づいてくる。俺は手を伸ばし、扉の取っ手に手がかかった。ゆっくりと開けて、中に吸い込まれていく。
中は、明るかった。上を見上げると、シャンデリアが吊るされていた。部屋の大きさは広く、赤く繊細にデザインされたカーペットの上に大理石でできたテーブルと芸術性の高そうな椅子が置いてあった。
その背景には貴族であったと思われる人が描かれた大きな絵が壁に掛けられていた。その近くにあるのは――
「破邪の利剣だ」
俺は絵の近くに寄る。ダニエル先生から預かったピストルを取り出して、引き金を引く。カチッという音がしただけだが、これでいいのだろうか。
「急ごう、デューク」
「ああ」
俺は刀を掴み、絵から離れる。…………あれ、この刀……。
「探し物は見つかったようですね」
後ろから冷たく、そして低い声が聞こえる。クレアはヒッと声を漏らした。心臓が早鐘のように鳴った。この声は、以前も聞いた覚えがある。俺はそっと振り返った。
「お久しぶりですと言った方が、正しいのでしょうかねぇ」
スドウが、いた。




