第103話 帰還
俺達は駅のホームから出た。さっきまで乗っていた電車は遠くへと走っていく。今は午後二時。街は賑わっている。俺は、先程までいたリアムとミリーネの故郷を思い出した。暴徒化した人々。逃げるようにして帰ってきたが、あれは本当になんだったのだろう……。今、思い返せばなかなかシュールな光景にも思えてくる。
それは一旦置いといて、俺達は対白魔騎士団へと向かった。背中の傷がズキズキと痛む。周りの皆も分かっているからか、俺のペースに合わせて進んでくれた。
街は人でごった返して、通りには人が休む暇もなく行き来している。人間、獣人問わずに。対白魔騎士団の近辺にある街だ。それなりに発展はしている。店の点々とした明かりに導かれて、俺達は進んでいく。街の人々は誰一人、俺達に目を向けることはなかった。背中の傷によって、服が血で汚れているというのに……。騒ぎにならないのはいいと思うが……。
なんとか対白魔騎士団の門のところまでやってきた。そこで俺達は立ち止まる。
「さて、俺はスチュアート先生のところへ報告しにいくけれど、皆はどうするんだ?」
「決まってるじゃん。行くに決まってるでしょ。今回のことは皆で行ったことなんだし。それに……リアムのことで何か情報があるかもしれないから……」
ミリーネは口をどもらせ、下を向いた。他の三人もどうやら同じようだ。俺はクレアと目が合った。しかし、彼女は俺を見ると、すぐに目を逸らしてしまった。
階段を上り、スチュアート先生の部屋の前まで来る。いざ、入ろうと思うと気が引けた。表向きでは、俺達はミリーネの里帰りに付き合うのに、帰ってきたら対白魔騎士団の情報を得て帰ってきたのだから。もし、その経緯を聞かれた場合はどうすればいいのだろう。正直に話したほうがいいのかもしれない。うん、話したほうがいい。
俺は、ドアをノックして中に入った。そこには、まるで待っていたかのように先生を立っていた。
「そろそろ来るとは思っていたよ。イデアルグラースの情報を探っていたのだろう」
「……!気づいていたんですか」
「私も昔はお前達と同じようなことをやったものだからね」
お見通しだったのか……。というか、スチュアート先生も俺達と似たようなことをやっていたのか。そこに親近感が生まれるような……いや、生まれないか。
「勝手な行動をして、申し訳ありません」
「まぁ、罰則は受けてもらおうとは思っている。それで、何か情報はあったのか?」
「はい。ありました」
俺は、塔で見つけた手帳のページを開いた。次の襲撃場所が書かれているページだ。
「リアムとシャーランの故郷でこの手帳を見つけました。ここに、次に襲撃すると思われる場所が記載されています」
スチュアート先生はまじまじとそのページを見る。彼は、ノートから目を逸らすと後ろの机にあるノートを手に取った。
「つい先ほど、捜索隊から報告があった。リアム・テルフォード及び、イデアルグラースが潜伏しているという情報が、な。しかも、一人二人ではない。大人数いるということだ。そして、お前が持っている手帳に書かれている場所と、同じだ」
それから先生は、その街の住民が一人残らず眠りについていることを伝えた。一年前のあの事件の状況に似ていた。人が眠りにつき、ヴァイス・トイフェルが動かなくなった餌を喰うために地下から這い上がってくる。あの日の出来事が次々と蘇ってきた。その時、次の襲撃される街で自分にとって重大な事実を思い出した。
その街には、俺の両親が住んでいるのだ。なんで、すぐその事に気がつかなかったのだろうか?いや、それは後でいい。二人が、危ない。
「早くリアムを救出しないと!イデアルグラースもいるんでしょ!なら、急いで――」
「待つんだ。今回の状況を見てみると、一年前のお前達が遠征で体験した状況と似ている。下手に相手を刺激したら、眠っている住民に危害が加える可能性があるのだぞ」
ミリーネが少し落ち着かない状態になる。しかし、スチュアート先生の言葉で多少ながらも落ち着いた。俺は、先生に聞いた。
「住民とリアムは、助かるのですか?」
「もちろんだとも。必ずとは言い難いがな」
「……でしたら、その救出に俺達も参加させてください!」
先生は、目を細める。流石に今回は無理だろうか。いくら両親のためとは言えども、今回は住民の命が関わっているのだから。
「だが、お前は怪我しているではないか。背中に大きな斜め傷を。そんな状態で人命を救助することは難しいと思うが……」
「……」
傷のことも、気づいていたのか。背中に痛みが走った。出血は止まっているけれど、戦闘とかになった場合に傷口が開いてしまいそうだ。家族のことも大事だが、自分自身の健康管理も大事だ。このまま行けば足手まといになることは間違いない。それに、俺達よりも戦いに慣れている兵士のほうがいいだろう。
そう考えていると、先生は思いがけないことを言った。
「デューク・フライハイト。お前には、破邪の利剣を取り戻すという使命がある。それは、他の兵士よりも、刀に選ばれたお前が取り戻した方がいいだろう。しかし、お前は怪我をしている。まずは治療に専念して、それから住民とリアムの救出へと向かう。実行は五日後としよう」
「……!本当ですか!?」
先生は頷く。そうだ、刀も奴らから取り戻さなければならない。イデアルグラースの人が大人数いるということならば、刀がその街にあるのもありえそうである。
「分かりました。治療に専念したいと思います」
俺達は先生の部屋から出ようとした。するとクレアは、何かを思い出したのか再び先生の方へ向き合った。
「先生、伝えたいことがあります。わたしが持っている手鏡のことです」
「クレア……」
アークが彼女に何か言おうとしたが、それを本人が制した。彼女は両親からもらった手鏡を取り出した。
「この手鏡、不思議な力があったんです。これは時間を止める鏡……ツァイトの鏡だったんです」
なんだと……。先生は少し驚いた表情をする。なんでクレアがそんなものを。というより、クレアの両親がツァイトの鏡を持っていたことに驚きだ。
刀の時と同じだ。先生は世紀の大発見とも呼べるものを見ても、動じない。もしかして、ツァイトの鏡も以前どこかで見たのではないか?
「確かなのか?」
「はい。実際にわたしが体験しました。この手鏡がなければ、わたし達は間違いなくここに戻ってこれませんでした」
「……分かった。その鏡については後ほど検査をしよう」
「お願いします」
クレアはそう言って、踵を返す。また、俺と目があった。けれどまた、すぐに目を逸らしてしまった。
気になることはある。なぜ彼女は、いや彼女の両親が三種の神器を持っていたのか。でもそれはいつでも聞ける。時間に余裕がある時に聞けばいいのだ。
それより俺は、街の住民、両親を救出する為に五日間の間で怪我をなるべく治さなければならないのだ。これからのためにも、まずそこから、始めるのだ。




