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門の娘アイラ  作者: 文月 郁
第三章 ランズ・ハン
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タキとアイラ

 四年ぶりに会ったアイラとタキ。二人は今、差し向かいで昼食を食べていた。

 薄く切ったパンと、卵と鶏肉を炒ったもの、バターで炒めた葉野菜。並べられたそれらを、アイラは黙々と食べている。

 初めは、アイラの容姿は変わっていないと思ったタキだが、よく見ればアイラは、四年前に別れたときほど痩せぎすではなくなっている。灰色の目にも、以前ほどの険はない。

 それでもアイラの、二十四の女とは思えぬほど小柄な体格と、少年のような見た目は相変わらずだ。

 昔のアイラは傘の骨のように痩せこけた、きつい目の子供だった。自分と他人との間に高い壁を作り、誰にも心を開かないでいた。

「一人旅はどうだった?」

「ん、悪くは、なかった」

「そうか。北部は寒かっただろ」

 さっくりと焼いたパンをかじりながら、アイラはこくりと頷いた。パンを一切れ食べ終えて、アイラはやや躊躇いがちに口を開く。

「……タキ」

「どうした?」

 尋ねると、アイラは少しの間空中に視線を彷徨わせた。言おうか言うまいかと考えているらしい。

「その……ごめんなさい。私は、言われたことを……ちゃんと、受け止めるべきだった」

 時折口ごもりながらも、アイラはゆっくりと言い切った。タキは一瞬目を見開き、それからその口元に微笑みを浮かべる。

「それなら俺も謝らなきゃならんよ。俺もあのとき、もっと言葉を考えなきゃならなかったんだ。悪かった」

 この言葉を聞いて、アイラの顔にも淡い笑みが浮かぶ。タキにも分かるほどぎこちないものではあったが。

 それでも、アイラが笑みを見せたことに、タキは驚かされた。

(こんな顔もできたのか)

 アイラとは十年ほど共に暮らしたタキだが、その間は一度も笑顔を見たことはなかった。始めて見る養女(むすめ)の笑顔は、何だか無理矢理に笑顔の型を顔に貼り付けたようにも見えた。

 アイラ自身も笑顔を保つことはせず、すぐにタキも見慣れた無表情に戻す。

 それでも、例え一瞬でもアイラが感情を表すようになったことに、彼女の変化を感じる。

 四年間、何をしていたのかと尋ねると、アイラはぽつぽつと旅の間にあったことを語り始めた。

 彼女はどうやら、タキと共に旅をしていた頃と同じように、時々護衛の仕事をしつつ、あちらこちらと流れ歩いていたらしい。

 そして前の冬、アイラが巡礼地で“狂信者”に襲われたことを聞き、タキの顔色が少し変わった。

「それで、そいつらをどうした?」

「……断刀で……殺した、と思う……」

 曖昧な言葉に、覚えていないのだろう、と直感する。そのことは口に出さず、タキは話を進めた。

「それから、トレスウェイトに行ったのか」

「うん。冬の間、そこにいた」

 そうか、と頷く。

「良かったか?」

「うん」

 再びこっくりと頷くアイラ。その顔には、穏やかな色がかすかに漂っている。

 続けてトレスウェイトでのことを尋ねる。盗賊のこと、牧師とのこと、そしてグリーズの一件を、アイラは淡々と語った。

 グリーズの件と、その後のアイラとマドとの言い争いを聞いて、タキは思わず大笑した。

「はっはっは、そりゃ上手くやったもんだ。マドの奴らは揃いも揃って馬鹿みたいに自尊心が強いからな。奴らにゃずいぶん堪えたろうよ」

 ひとしきり笑った後で、タキはアイラについて思っていたことをようやく口に出した。

「お前も随分変わったな」

「……そう?」

 アイラが小さく首を傾げる。

「そうさ。昔のお前じゃ、笑いもしなかっただろうし、こうして家に来たりもしなかっただろうよ」

 そうだろうかと、アイラは更に首を傾げる。確かに冬をリウとミウの家で過ごしてから、以前より普通の人間らしい感情を抱くようになった気はする。

 しかし自分がまともかと聞かれれば、多分そうではないだろう。

「それで、お前はこれからどうするんだ。まだ旅烏を続けるのか? それとも、どっかに留まるのか?」

「とりあえず、ランズ・ハンへ行く。その後は……考えてない」

「ランズ・ハンに? 墓参りか?」

「それも、あるけど。……これ」

 アイラは服の襟を引き下げ、首元の、中途で切れた刺青をタキに示した。それを見て、タキが納得したような表情を浮かべる。

「戻っても、誰もいないけど。でもせめて、やるべきことはやっておきたい」

「なるほどな。いつ、行くんだ?」

「……明日」

「また早いな。お前らしい」

 タキがくっくっと笑う。アイラは何がおかしいのかと言いたげな顔でタキを見ていた。

 昼食の後、アイラは屋根裏で、紙と睨みあっていた。双子に手紙を書こうと思ったのだ。

 とりあえず、ウーロにいる養い親の家に着いたこと、養い親に会ったこと、明日からはランズ・ハンへ向かうことを書く。

 更に二言三言付け足してペンを置き、ぐるりと肩を回す。

 やはり、手紙というものはまだ、アイラにはよく分からない。

 屋根裏は仕切りこそないが、だいたい半分に分けられ、奥は物置、手前はアイラの寝室として使われている。アイラの記憶よりも荷物は増えていた。

 壁には小さな窓があり、開けることはできないが、外を眺めることはできる。

 アイラは固い敷き布団の上に横になると、そのままとろとろと微睡んだ。

 三十分ほど眠った後でゆっくりと起き上がる。

「お、そうだ。晩飯、何か食いたいものあるか?」

 一階に降りたアイラに、タキが問いをかけてきた。何でもいい、と返す。

「ちょっと出てくる」

「おう、行ってこい」

 アイラが出て行くのを見送る。その手に手紙が一通あるのを見て、タキは目を見開いた。

(手紙を出すような相手もできたのか)

 相手がどんな人間か知らないが、他者に対しての関心を持つことがまずないはずのアイラと、ここまでの関係をよく築いたものだ。

 やがて、アイラが戻って来る。

「……ただいま」

「おかえり。どうだ、アイラ。晩飯の前に軽く運動でもするか?」

 ふと思いついて付け加える。アイラは少し考えてから、首を縦に振った。

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