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門の娘アイラ  作者: 文月 郁
第二章 北部の村
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ランズ・ハンの亡霊

少しグロテスクな描写があります。苦手な方はお気を付けください。

 日曜日の教会は、ミサに出席した村人で埋まっている。リウとミウも、他の村人に混じって自分の席に座った。

 やがて開式の挨拶、経典の朗読、エヴァンズ牧師の説教、レヴィ・トーマへの祈り、聖歌斉唱、閉式の挨拶と、普段通りにミサが進む。

 ミサが終わった後、リウは教会の近くで、金髪の、長身の青年を見付けて声をかけた。

「ルーク、これ、出してきてもらえる?」

「ん? ああ、分かったよ」

 青年――ルークはなぜだか眩しそうに目を細めながらも、リウが渡した手紙を受け取った。

 ルークはトレスウェイトで頼まれ屋と郵便配達人を兼任している。頼まれ屋、というのはつまり便利屋のことで、他人からの頼みを聞いて報酬を得るのだ。

 小さな村のこと。郵便配達の仕事はそう多くはなく、空いた時間を使って村人の手伝いをしていたのが、いつしか兼業ということになったらしい。

 力もあり、また器用な彼には、二人も度々頼っていた。

 市で買い物を済ませ、家に戻る。家ではアイラが、まだ少し眠たげな様子をしながらも昼食のために食器を並べていた。

「……お帰り」

「ただいま。もう起きてたの」

「ん。そろそろ帰って来るかと思って」

「そう。あ、手紙はちゃんと預けておいたから」

「……ありがとう」

 食卓にパンとサラダ、買って来たルイシン(鳥肉と野菜、きのこを刻んで混ぜ、ペリの葉で包んで焼いてタレをつけたもの)を並べる。

 アイラにとって、ルイシンは初めて食べるものだが、これがかなり美味しかった。鳥肉にタレがよく合うだけでなく、混ぜられた野菜ときのこのおかげで、肉だけを食べているときにはない旨みがある。

 ルイシンの皿はあっという間に空になった。

 その夜遅く、目を覚ましたアイラは、寝起きのぼんやりとした頭で、さっきまで見ていた夢を思い出そうと記憶を辿っていた。

(何かを斬る夢、だった気がする)

 何を斬っていたのか思い出せない。細かい部分は忘れても、起きた直後なのだから、大まかな流れくらいは覚えていそうなものだが。ただ、怒りや憎しみのような感情に動かされていたような気がする。

 目を閉じ、眉を寄せて考えるうち、ぼんやりと男の顔が脳裏に浮かんできた。濃い茶の髪の男。ただ、はっきりとした造作までは分からない。

 確かに知っているという気はする。しかし、誰かは分からない。濃い茶の髪の男など、アイラが会った中でも何人もいるのだ。

 そのうちに、鈍い頭痛に襲われ、アイラは記憶を辿るのをやめた。

 再びベッドに潜り、目を閉じる。アイラが眠るのに、五分とかからなかった。




 ランズ・ハンに最も近い村、コクレア。そこに住む少年、トーマスとその友人、ハックルは、ある夜、こっそりと家を抜け出した。

 向かうのは、かつてハン族が暮らしていた集落。既に住む者はなく、荒れた土地には雑草がはびこっている。ぽつりぽつりと残る天幕はぼろぼろで、張られた布は手を触れただけで朽ちて落ちる。

 二人の少年は、ずいぶん前から幽霊が出ると言われていたランズ・ハンに興味を持ち、こうしてやって来たのだ。

「何かいるか?」

「いや、何にも。そっちはどうだ、トーマス?」

「こっちにもいないぞ。やっぱり噂は噂――」

 言いかけたトーマスの声が途中で止まる。ハックルの後ろに立つ、半分身体が透けた人影を見たのだ。

 必死で後ろを指すトーマスに気付き、ハックルも後ろを振り返る。後ろに立つ人影を見て、ハックルも言葉を失う。

 立っていたのは、灰色の髪の、丁寧な刺繍が施された服を着た男女。

 二人ばかりでなく、周りを見回せば、あちこちに人影が見える。どれも身体が半分透き通り、向こうが見える者ばかり。

――やあ、客とは珍しい。どこから来たのだね。

 男が二人に声をかける。その顔は穏やかで、よく話に聞くような、恐ろしい形相ではない。それに勇気づけられたのか、トーマスが口を開く。

「コクレアだよ。おじさん、ここの人?」

――ああ、そうだよ。今日は娘の誕生日だからね、お祝いをするんだ。よかったら――

 男の言葉が途切れる。その腹から剣の刃が突き出される。灰色の髪をした男の後ろに立つのは、ローブを纏った人影。

 刺された男の顔が歪む。苦しげに振り返り、後ろに立つ人影に何か言いかける。

――助けてくれ!

――痛いよ!

――異端には処罰を!

――やめて、この子だけは!

――ママ!

――異端者には死を!

 ハン族の助けを求める声と、“狂信者”の断罪の声が交差して響く。

 二人の少年は、目の前の光景を見ながらその場に釘付けになったかのように、動くことができないでいた。

――“門”が見えない!

――“門”はどこ?

――“アルハリクの門”はどこにいるの?

「に、逃げるぞ、ハックル!」

「おい、待てよ!」

 こけつまろびつ逃げる二人。ランズ・ハンを飛び出し、道の途中に生えている、エリヤの大木まで駆け戻り、その陰に倒れ込む。

「な……んだよっ、アレ!」

 トーマスが、荒い息と一緒に言葉を吐き出す。その隣ではハックルが、同じように息を切らせている。

「知る、かよ……。それより、誰かに、知らせた方が、いいんじゃ、ないか?」

「んな、こと、できるか。俺達が、こっそり行ったってこと、ばれちまうぞ」

「あぁ。じゃ、黙っとくのか?」

「当たり前だろ。大体、信じるわけ、ねーって」

 段々二人の呼吸も静まってきた。

「な、なあ。もう一回、行ってみるか?」

「ええ!? 俺やだよ。お前、行きたきゃ一人で行けよ、トーマス」

 この後何も起こらなければ、もしかしたらトーマスはランズ・ハンに再び足を踏み入れたかもしれない。

 実際、彼はエリヤの木から離れ、一足二足踏み出した。

 そのとき、どこからともなくカチカチカチカチと、時計の秒針のような音が響いてきた。少年達はその音に、ぎょっとして動きを止める。

 音の主は、この辺りで度々見られる、アンクウと呼ばれる虫であった。死神、と呼ばれるこの虫は、カチカチという音で死ぬまでの時間を計り、死者をあの世へ連れて行くという。

 そのため、死神の化身であるとも言われ、カチカチという音が聞こえると、「アンクウが時間を計っている」と、言われる。

 顔を見合わせる二人。どちらの顔も青ざめている。

「なあ、帰ろうぜ。死神(アンクウ)が近くにいるじゃないか。お、お前の時間を計ってるんだったら、ど、どうするんだよ」

「そ、そうだな。は、早く帰ろう」

 少年達はそれぞれの家に帰ろうと、震える足をできる限りの速さで動かして走り出す。二人とも、家族に気付かれる前に無事にベッドに潜り込むことができた。

 少年達はその後、誰にもこのことを話しはしなかった。だが、二人の他にも見に行った者がいるのか、ランズ・ハンに幽霊が出るという噂は、急速にコクレア中に広まった。そしてコクレアの周囲の村や町にも、その噂は広まって行った。


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