いつまでも
大きな轟音が俺を眠りから覚醒させる。
その余りに大きな轟音は耳の中でまだ反響していた。
耳のあたりを手で無茶苦茶に撫でまわしながら上半身をゆっくりとおこす。
目をゆっくりと開け周りを見渡すと天井に空いた明り取り用の小さな穴から
光が差し込み昨日とは打って変わって部屋全体が暖かな暖色系の色で染まっていた。
「くぁあ~…」
起きて一番のあくびが出る。
そういえばなぜ生き物があくびが出るのかはいまだに解明されていないそうだ。
あくびの原因となりうる仕組みは諸説あるらしい。だけれどあくびがどのような仕組みで出ようが、
その仕組みなど知ったところで正直どうでもいいよな~、と思ってしまう。
そういう風に考えるからつまらない人間とか言われるのか?
―――いいじゃないか、だって興味ないんだもん。
とりあえず、俺はあくびによって睡眠から覚醒したのは確実だった。
「目が覚めた? 」
目を開けると少女の顔が眼前に見えた。
「ぬぁあ!?」
かお近ッ!!
咄嗟に後ずさろうして、ベッドから転げ落ち軽く背中を打ちつけた。
「…大丈夫? 」
少女が心配してベッドを足元の方から迂回して俺のもとに駆け寄ってきた。
「い、一様な」
そういえば昨日俺は、このノアという少女に出会い彼女と彼女の兄たちに連れられ
このアジトに来たのだ。
そして彼女の兄たちは俺達はここで寝て待ってるよう言われていた。
彼らは今頃は仲間の救出の最中かもう帰ってくるころだろう。
「あいつら帰ってきたのか?」
話す内容も見当たらないので彼らが帰ってきたのかを聞いてみた。
「まだ帰ってない…けど絶対勝つから」
ノアの顔が一瞬少しだけ曇ったかと思うと、今度は力強く答える。
「お前の兄貴たち信用されてるんだな」
心配はありそうだが彼女の先ほどの返事から察するに彼らは相当できるのだろうと思えた。
「だってこの間まで失敗することなてほとんどなかったから。
だから今日も絶対成功するにきまってる…」
しかし今度は顔が曇り今度は足に地が付かない様子で喋りだす。
「大丈夫なんだろ? 」
「うん…」
「ならいいだろ」
「…やっぱり迎えに行く」
「いいのか? 待ってろって―――」
「いい! どうせここで待ってても退屈だしそれに兄さん達が心配だよ」
ノアが急反転し部屋の外の方に歩き出す。
「…まあ確かにそうだなここで待ってるの退屈なのは俺も同意だ」
ノアのあとを追いかけ部屋を出る。
部屋を出て昨日彼らが集まっていたこのアジトの中央部と思わしきところに着くと、
ひときわ大きなテーブルに地図が置かれていた。
「こういうのはやっぱ紙地図を使うんだな」
てっきりもっとSFチックなものを使ってるのかと思ったけれど意外と普通だったことに驚いた。
「簡単な場所確認する用に置いてあるだけで基本的に使わない。
しいて言うならこうやってあとから其処に行く人に向けておいてある様な物だから」
ノアから簡単なレクチャーが飛んできた。
もう一度地図をよく見ると1箇所赤い丸で印がしてあるところがある。
「なるほどな。じゃあこの赤い丸で囲ってあるとこに行けばいいのか?」
「そういうこと」
「んじゃここは…谷か?ちょっと離れてるけど歩いていけばいいってことか?」
「そう」
このアジトから地図に示された地図によると大体ここからその谷までは
それなりにあり歩いていくにはそれなりに時間がかかる場所だと思われる。
けれど現状歩いていく以外に方法はない。
「んじゃ行くか」
俺は先にアジトから出た、その後ろからノアが昇ってくる。
出た瞬間に強烈な火薬の臭いが俺の鼻孔を刺激する。
「くっせっ!」
慣れない臭いに咄嗟に鼻を塞ぐ。
「何か臭いの?」
まだ梯子を昇っていたノアが顔をきょとんとさせ俺に尋ねてきた。
「いや火薬の臭いが」
「そんなの普通でしょ」
“さも日常的ですけど何か?”といった調子でノアが即答する。
「いやいや…どこにもそんな臭いが日常的にあると思うなよ、異常だよ!異常!」
いや! おかしいからね! ふつう火薬のにおいなんてかぎなれてる人間いねえよっ!と全力で突っ込む。
「ふーん…」
俺の盛大の突っ込みを、ノアが歯牙にかけない様子で返事を返してきた。
これ以上彼女にこのことについて質問しても俺の期待するような答えは出そうにない。
「まあ、この際それはどうでもいい。にしてもこんな離れた場所にまで臭うって
どんだけ酷い戦闘なんだよ」
「行くまで分からない、早くいかないと」
ノアが砂と岩で覆われた斜面に足を少し傾かせて滑るようにして一気に下りていく。
俺もその後に斜面を下りることにした―――が、そう上手くはいかなかった。
「ぬわぁ!?」
手を突かずに足だけで滑ろうとした時、バランスを崩し盛大にこけそうになる。
ノアが余りにも簡単に滑っていくので、できるものだと思っていたが、
予想以上にこの30度ほど位傾いてそうな、この坂を下るのは想像以上に難しい。
彼女の身体能力がなまじ人間をやめてるのではないかと、思ってしまうほどだ。
だが俺もそこまで運動ができない人間ではない。
辛うじて右手で地面に手を突き体勢を立て直す。
そして下ること1分弱やっと一番下にたどり着いた。
「あー、靴が」
下る最中足元に熱さを感じた。
足は火傷してないだろうかと足元を確認する。
すると靴底の足をついていた側面の外側のゴムが削られて
内側の靴底が見えていた。長年愛用してた靴だけにちょっと残念だ。
「どうかした?」
俺の言葉にノアが反応して振り向く。
「ああ、ちょっと靴が削れただけだよ。まあこれくらいどうとでもねぇや」
特に歩けないわけでもないし帰った時にでも新しいものに変えればいいだけだ。
「それならいいけど」
ノアがもう一度反転して歩き始めた。
ふいにノアの方の靴底を見てみると。
彼女の靴が削れていないことに気付いた。
「そういえばお前は靴底擦れてないな」
「うん――靴底はゴムみたいに見えるけど、一様金属なんだって」
ノアが足を止めると足を俺の方に突きだして靴を俺に見せてくれた。
よく見ると金属独特の光沢があった。
「そういうことか」
「そんな事より、先に行こ」
ノアが俺を一瞥し再度歩き出す。
「――あ、ああ」
太陽は頭上高く上りそれは今が昼だということを示している。
彼らのいるところまでは、まだまだ遠く。
ごつごつしたこの付近の地形を歩いていくには暫くかかりそうだ。
基本的にシティにすんでいる俺の様な一般人はまずシティの外に出るようなことはないだろう。
別に外出が制限されているとかそういうわけじゃない。
しかし外に出ずとも中ですべてが完結するように整備されたシティがあるおかげで外に出る人間はほとんどいない。
それにシティの中は安全が保障されている。
シティ内ではなぜだか人が人を殺すことはできない。
銃や剣、他にも包丁なども街中では出せない。
だが一旦シティの外に出ればそれは無くなる。
その為、外に出る事は気が狂っている。
そういう考え方が根強くシティの住民たちには浸透していた。
それを証明するかのようにシティの中では一回も聞いたことのない鼓膜を破るような銃の発砲音が、
ここまで歩く中で既に何百回を超える回数聞こえている。
というよりは10分ほど前まで鳴り続いていた。
「今度こそ終わったのか? 」
銃声が聞こえなくなった。
「うーん…」
ノアが足が地につかない様子で小さく唸る。
「どうしたんだ? 」
「兄さん達の使ってる銃の音が少なかった、みんな無事かな…」
ノアの顔が曇り声が震えていた。
「大丈夫だきっと! だってお前の兄さん達なんだろ?」
「…そうだね。ありがとうアルト、気が楽になったかもしれない」
「これくらいでいいならいつでも言ってやるよ」
× × ×
不意に鼻が捻じ曲がりそうな悪臭がした――
「ひっ――」
隣にいたノアが小さく悲鳴を上げて俺の腕に掴まってきた。
「どうした?!」
「あ…あれ」
ノアが指さす方にゆっくりと目をやる。
「―――っ!?」
死体だ。しかもまだ新しい―――どこかで見た覚えのあるその装甲服はユニオンの警備隊、もとい軍隊の物だ。
頭部のヘルメットの強化プラスチック製のバイザーが大きく割れていた。
その他にも装甲服のいたる所が激しく損傷している。
ヘルメットの割れ目から恐怖で凍りついた男の顔が左頭部の一部がなくなった状態で覗いている、
頭部のその断面から何か得体のしれないものが流れ出している。
それだけでも十分今回の戦闘が酷かったことが窺える。
「行こう――あれはお前の兄さんじゃない」
俺はその場で立ち尽くしていたノアの手を強く引っ張り先に進んだ。
「どうなってんだよここっ」
進んでいくと先ほどのような死体がごまんと転がっている。
だがそれだけではすまず、さらに進んでいくと原形をとどめていない肉塊が転がり始めた、
もう元の姿を想像するのは難しいだろう。
そして鼻の奥を衝く強烈な悪臭がのせいなのかさっきから頭がガンガンしてきていて立っているのも儘ならなくなってきた。
「ノア、大丈夫か、あれならハンカチで――」
「いらない」
“ハンカチで鼻でも覆うか?”と聞こうとしたら言い切る前に突き放すように拒絶された。
先ほどから彼女の息遣いは荒くなっているが、それは決して俺のように悪臭や
このグロテスクな何かに変わってしまった元人間が原因で体調不良を起こしたわけではないだろう。
依然として生きている人間をここに来て見ていないという事と、
此処まで来る間にユニオンの人間よりも一般人の様な恰好をした人間の死体のが多いことが
彼女の不安を刺激して過呼吸寸前にさせているのだ。
さらに歩いていると地図で示されていた谷にたどり着いた。
所々から火炎があがり、燃焼が不完全だとか不燃成分が入っているとかで
固形物が空中に漂うことでできる黒い煙が一緒に出ていて地面が一部黒く焦がしている。
「奥に…行ってみる…か? 」
そう聞くとノアが首を縦に振って谷の中の奥の方に足を進めていった。
谷の中の光景は今までの様子がまだ可愛く見えるほど凄惨な光景だった。
谷の真ん中には何らかの理由で穴に車両が落ち炎上していてその中から
装甲服を着込んだ黒焦げの兵士が窓から手を伸ばし絶命していたり、
谷の両岸には銃座と思わしきものの残骸やそれを設置していたであろう横穴が
蜂の巣のように大量に突き出している。
下を見ても上を見てもそこにあるのは地獄のそれである。
谷の中がどれほど激戦地だったかが容易に予想できる。
周りの様子を見るほどこれが夢であってほしいと願う思いが強くなってゆく。
不意にノアに袖を引っ張られたかと思うと彼女が一つの大きな焼け死んだ骸を指差し小さく言い放った。
「あれ、ゴリ兄ぃだ」 と。
その言葉には感情はなくただそこにあるものの情報を声に出している様子であった。
その受け入れがたい事実と受け入れるしかない現実の間で彼女は戸惑っているのだ。
ゴリ兄は俺も昨日少しの間一緒にいたので元々がどのような人物であったかは覚えている
そしてそれが今目の前で黒焦げそして永遠に動くことがない骸に成り果てている事実を受け入れるには
時間がかかった。
何とも言えない感情が喉元まで這い上がってくる人の死をこれほどまでに実感したのは
この時が初めてだった。
面識が少ししかなくても喋った人間が死ねば心に来ないわけがない、
彼女は―――ノアは今どんな気持ちになってしまっているのだろう。
長年家族と慕っていた者が突然目の前からいなくなってしまった彼女は
どのような気持ちになっているのだろう。
俺はいま彼女にどんな事を言って慰めればよいのだろう…いや俺程度が慰めていいのだろうか。
彼女に深く同情するのと同時に己の不甲斐無さに心打ちひしがれそうになる。
「誰…か、いる…のヵ」
小さいながらに何処からか男の擦れた声が聞こえる。
「…リオン兄ぃ―――リオン兄ぃ!! 」
ノアがその声を聴いて大きく反応した。
昨日その名前を目の前の男から聞いていたので俺にも覚えがある
彼らのリーダーだ。その声がしたのだ。
ノアが近くを闇雲に彼を見つけようと躍起になって走り回っている。
俺は近くの人がいそうな…この大きな深い穴を覗いてみることにした。
―――いた。全身が焼けただれているがまだ辛うじて生きているようで
覗き込んだ瞬間彼と目があった。
「き…きみぁ」
男が俺を見つけると手をあげて俺に話しけようとする。
「喋るな! 今すぐノアを呼んでやる」
そいて大きく振り返りノアに受かって叫んだ。
「ノア! リオンを見つけたぞ! 」
「本当?! 」
ノアが他のところを見まわるのを止めこちらに一目散に走ってきた。
そのまま穴の下に降りて行った。
「リオン兄ぃ!! よかった―――無事だったんだね」
ノアは募る気持ちを抑え彼の無事を安堵した。
「あ、ああ」
彼―――リオンも心配させまいとしっかりとした調子でしゃべる。
「リオン兄ぃ、今傷を治してあげるからね」
ノアがアジトから持ってきていた小さな救急キットを取り出した。
「いや…いぃ」
リオンが彼女の手を軽く押さえてそれを止める。
「なんで、早く治療しないと死んじゃうよっ」
「俺にはもう…必要はない。最後にお前が来てくれた、
それだけで…十分だ」
俺はこの光景を見ていて何とも居た堪れない気持ちになった。
彼女の持っている、簡易型の救急キットじゃ彼の様な重傷の前には
まるで効き目がないのだ。もう一つ大型の医療機関などが使うような大型のものがあれば、
まだ助かる可能性があるがそんな物はあのアジトには無かったはずだ。
だが彼女がそれを知れば自分が小型の救急キットしか持っていなかったのを
ひどく後悔してしまうだろう。それを彼―――リオンも知っているようで
それを言わず優しく治療を拒んだ。
両者が沈黙し空間に深い静寂が訪れた。
それを静かに上から見守っていたら不意に
彼と目があった。
「そうだ…君にも言わなければいけないことがある」
リオンが突然俺の方に向き直る。
「―お、俺に?」
いきなり過ぎてあまり驚く暇すらなかった。
「ああ」
リオンは構わず続ける。
「君は俺達の事をどう思う?」
「お前らっていうと…レジステアンズか?」
此処で言う“俺ら”と言えばこれぐらいしかない。
「ああ」
彼がゆっくりとうなずきながら言った。
「正直言うとあんまりいいイメージはないな」
一見識で判断するとやはりそのイメージしかない。
「そうか…やはりこの世界の住人にはそう見えてしまうのだな」
又彼らが不思議な表現を使った、この世界――では彼らはどこから来たのだろうか。
「どういうことだよ」
「じゃあもう一つ質問だ。君は今の世の中がいいと思ているか?」
しっかりとした応答は帰ってこず質問で返された。
「いいもなにもそんなこと考えたことが無かった。それよりお前らは結局何がしたいんだよ」
俺は彼の質問を軽く受け流すように答えた。
そしてもう一度、俺の聞きたいことを尋ねた。
するとリオンが仕方なさ気にゆっくりと口を開いた。
「そうだな…じゃあその質問に簡単に答えよう―――俺達はこの世界をつぶしに来た」
リオンが事ともせず答える。
「! やっぱてめぇら…」
俺が眦を決するのを彼が見ると半畳を入れてきた。
「もう少し聞け少年。
この世界は一言でいえば夢なんだよ、
俺達がしようとしているのはその夢を見させる装置を
潰してこの世界から目覚めさえようとしているのだ」
「意味がわからねぇ」
コイツの話はやっぱりぞっとしない。
「説明があまり得意じゃないんだ済まない。
じゃあもう少し世界の説明ではないが、話をしよう」
納得するまでこいつは話し続ける気でいるのかもしれない。
「なんだよ」
俺は諦めてリオンの話を聞くことにした。
「君は何を持って現実を現実認識している?
五感があるからか?」
「だとしたらなんだよ」
「いいか五感というものは脳がどこからともなく発信された電気信号を
受け取ってそれを出力しているだけに過ぎないということだ。
つまりそれが感じ取る夢があったなら…という話だよ」
「…なんとなく分かったような気もしないでもない。
でもそれだけじゃ訳が分からねぇ」
「そうか…だがこれ以上は俺もどう伝えていいかはわからないだが
この世界は偽りで本当の世界があるんだ、俺達はそこから来た。
外の世界の人々はこの世界を作ったやつらに追い詰められ滅亡しようとしている。
それを救う為に俺達はここに来た。ここにきてこの世界をつぶせれば
彼らを倒すことができる可能性があるからだ」
最後の最後にやっと俺にも理解できることが出てきた。
「世界を救うっていうのは、その外の世界の事だったのか」
「ああ、だがもちろん君たちだって助けたいと、ここにきて思うようになった。
だからこそ手段は選んでいられないのだ」
「そうか…」
しかしいきなりの衝撃的な事実は俺に俺の脳は質問することを止めさせる。
夢と言われても俺はここでずっと生きてきているしここが俺のすべてだ。
これが夢で外に世界があるといわれても分からない。
もし全てが分かったとしても、何かが今すぐできるわけではないだろう。
「でもあんたらはもう…」
「ああ、だが君には知っておいてもらいたいそして、それを理解できた日が来たら
世界のため行動してほしい」
「…無茶苦茶だ」
「重々承知の上で言っている。だからもし理解するきがないのなら
この話は一人の男の粋狂だと思ってk― 」
リオンが言いきる前に血反吐を吐き出した。
「大丈夫か?! 」
「リオン兄ぃ! やっぱり救急キットを! 」
もう一度彼女は救急キットを取り出そうとする。
しかしリオンはまたもその手をおさえる。
「いぃんだ、本当にもういい。それよりもノア、伝えたいことがある」
「――っ何! 」
彼女が身を乗り出してリオンの手を握り寄り添う。
「済まなかった、お前が言ったとおりここは攻めるべきじゃなかった、
そのせいで俺達は…いや俺は大切な家族を大勢死なせてしまった。
本当にすまなかった」
「じゃあ生きてよ! …生きてまた、皆のために頑張ってよ!」
彼の死を予期させる発言に、感極まった彼女が取り乱し叫びながらに訴える。
「………」
彼が、後ろめたそうな顔をして彼女から視線をそらした。
「ねぇ、リオン兄ぃは誰よりも強くて頭がいよくてすごいんでしょ?
これくらいの傷なら大丈夫だよね?」
頭がいいからといっても死の底からは這い上がれる訳はない。
どれだけ強くても体が動かなければどうしようもないのが人なのだ。
そのことを彼女も理解はしているだろう―――しかしそれほどまでに彼女の心は追い詰めらている。
「…流石に今回は無理だ。俺だって人間だ、こういう時だって来るさ…」
「…嫌だ、嫌だ、嫌だよっ、なんでそんなこと言うの!
リオン兄ぃ言ったじゃん、あたしを一人ぼっちにはもうしないって!」
「済まなかった…本当にすまなかった」
「謝るなら生きてよ! 生きてまた一緒に帰ろうよ! 」
「無理なんだ!! この傷はそれじゃあ治らねえんだ
俺だって!俺だって、お前と!皆と一緒に帰りたかった!
でももう無理なんだよ! だから!だからっ…」
弱弱しい彼の叫び。もう後がない。
そのことを受け入れられない彼らがいて―――でも彼らはそれを受け入れるしかなかった。
「――――っ、リオン兄ぃは本当に…本当に死んじゃうの?」
「ああ」
「………」
静かな深い沈黙が場を飲み込む。そして彼女が再度口を開いた。
「あのさ、リオン兄ぃ…」
「……」
「リオンにぃ…? 」
気づくとノアの手から彼の手が滑り落ちていた。
「――待って、待ってよ!! まだ死んじゃダメ、死んじゃダメなのにっ!
言いたい事があるの! 嫌! リオン兄ぃってば! リオン兄ぃってばあぁ――――――! 」
彼女の声が虚しく谷に響き渡り、谷を覆い尽くす黒煙に吸い込まれていった。
彼女が必死に彼の事を揺さぶり声をかけ続ける。
彼の体にはすでに限界が来ていた。先ほどまであれほど耐えていたのが奇跡そのものに近かったのだ。
虚しくも彼の体が揺さぶる度に焼けただれ脆くなった皮膚が彼の体からずり落ち、彼女の体に落ちてゆく。
何処までも谷に広がってゆく黒煙はまるで彼女の心の様だ。
彼女の両手に抱かれた男はもう完全に死んでしまったのだ。
その受け入れがたい事実に彼女は落ちてゆく無数の彼を拾い上げ元の体に戻そうとする。
勿論そんな事をしても元に戻ることはない。
「りおん、にいっ…!」
小さな彼女の肩が小刻みに振動する。
静かに彼女の目から滴が流れ、息絶えた彼の顔へと落ちる…
静寂の空間で彼女の静かに鳴く音だけがやけに大きく響いた。
―――俺たちを、夏の蒸し暑さがじんわりと包み込む。
どうして、とは言えない。
何故、とも聞けない。
いつか起こるかもしれないと、彼女だって理解していただろう。
だけれども、現実は、あまりにも苦しくて、辛辣で。
「…」
不意に彼女が立ち上がった。
泣き続けた顔は、目が腫れ、涙の跡がついてぐちゃぐちゃで。
でも、そんなことが気にならないくらい―――彼女の目が暗く、光が無くなっていた。
「…ノア?」
ゆっくりと、生気の無い動きで彼女が何かを探すように辺りを見渡している。
そして、ある一点へとその視線が止まる。
「っ!」
カチリと微かな金属音が響く。
彼女の手に握られていたのは…一丁のリボルバー拳銃。
彼女はハンマーを倒し銃口を顎に押し当て静かに目を瞑る。
ダメだ―――やめろ、そんな事をしたら死んでしまう。
全てに絶望した彼女の精神は、この世から去ることを選ぼうとしている。
死んでしまったのなら―――その絶望は永遠に続くのだ。
「ノア―――――――っ!! 」
地面を強く蹴り俺は飛び出した。
強く踏みしめられた地面から少量の土埃が宙舞う。
そして、手を彼女に伸ばした―――
バンッ
撃鉄が作動して落ち、弾薬の底部にある銃用雷管を叩いて火薬が発火―――弾丸が発射される。
その弾丸は人体を貫通、後ろの壁に鮮やかな紅色を塗りつける。
動作を終了した拳銃は静かに銃口から煙を吹き出しその息を再度ひそめ、谷はその残響を響かせた。
「…な、なんでっ―――?! 」
ノアが勢いよく俺の方に向き直る。
「ぐが―――っ!! 」
弾丸は確かに発射された。
そこに間一髪、俺の手はノアに届き発射される直前、射線を彼女から逸らす事に成功した。
弾丸はその直後に発射されて、俺の右腕を貫き鮮血を飛び散らせた。
時速1296km/h―――マッハ1.2で飛ぶ弾丸に貫かれた衝撃で俺は、大きく横に吹き飛び倒れた。
意識が―――飛びそうだ。
俺は意識を端つことに注力を尽くし、ギリギリのところで踏ん張り意識を保たせる。
全身の感覚がない、あまりの痛さに脳が痛みを送ることさえ忘れたかのかもしれない。
ノアがつんのめりそうになりながら、俺に駆け寄ってくるのが見える。
彼女の目は先ほどまでとは違い死ぬことを考えるのを止め、目の前で倒れている人間を見つめている。
「―――なんでっ…なんで助けるのっ…アルトには…アルトには関係なんてないじゃんっ! 」
「…関係ねえ訳ぇ―――ねぇえだろうがああ!! 」
最後の意識を覚醒させた俺は立ち上がり、ノアの肩を強くつかむ。
「ここまで付き合わせておいて、関係ねえなんて言わせねえぞっ…ノア!! 」
そうだ…ここまで付き合わされて、目の前で大勢の死体を見させられて。
それでもって目の前で人が死ぬ瞬間を見させられて―――挙句に自殺しようとしやがる。
そんな自分勝手…許せるわけえねえだろっ!
「いいか、勝手に死ぬんじゃねえ!! 俺の寝覚めが悪いだろうが!! 」
自己中心的?――――押し付け? 知るかっ! 俺はこいつを助けたいんだっ!!
「でも―――…そのせいでアルトがアルトがっ! 」
「お前の命の代わりなら…この程度いくらでもくれてやる! 」
「っ!」
「だからなあっ! 勝手に死ぬなんて許さねえぞ…ここまで付き合わせやがったお前の責任を取りやがれっ」
「そんな…そんなこと言われたって―――もうどうしていいかわからないよっ!
あたし、一人になちゃって…どうしたら、どうしたら…」
「一人じゃない! 俺がいる…俺が! ずっと一緒にいてやる!
それでもってお前の辛いこと、悲しいこと全部、全部受け止めてやるっ!
だから死ぬんじゃなくて、生きろ――ノアっ」
ノアの目に若干の光が戻ってくる。そして涙袋に水がたまる。
涙袋に入りきらんばかりの涙は溢れ出し、もともと涙でぐちゃぐちゃだった顔が更にぐちゃぐちゃになった。
「酷いよ…ひど、いよっ! アルト! なんで…なん、でっ…うわああぁぁぁぁああああああ」
ガクンッと泣き崩れ、上を向き、わんわんとノアが泣き叫んだ。
いいんだ―――好きなだけ泣けばいい、辛さがそれで完全に消えることはない。
だけど、その残った辛さや苦しみは俺が一緒に共有してやる…ノア、お前は一人なんかじゃない。
俺はゆっくりとノアの前にしゃがむ。
「ノア」
「アルぅ、うぐっ…アルトぉ」
「俺と一緒に来い。お前のその辛さや苦しみが晴れるまで俺が一緒にいてやる」
「―――本当? 」
「ああ…本当だ。お前の気が済むまで、ずっと一緒にいてやる! 」
ノアの手を強く握る――そしてストレージから『帰還』と書かれたボタンを押した。
俺とノアが白くそして柔らかい光に包み込まれてゆく。
次の瞬間、俺が親しみなれた部屋に転送された―――
これがノアという少女と、俺が出会うまでの物語である。
そして俺がこの世界に違和感を抱くきっかけとなった話だ。
【完】
この話は元々は序章最終話として投稿させていただきました。
しかし作者の力不足により広げ過ぎた展開を上手くまとめることができそうにありません。そのためこの話にてこの物語は最終話とさせていただきます。本当はもっともっと長く続けていくつもりで書いていたものなのですが。
人様の挿絵とか書いてたら。書く時間が無くなって……
次に書くものは決まっておりませんがもしも次に書く機会があるのなら無理のない範囲で書けるものをと考えております。
ここまで読んでくださった皆様本当にありがとうございました。




