1-3
「私の発表っ」
少女とも見えるが、主は娘と言っていた。
傍に控えていたアビゲイルは起き上がった女性に声をかけた。
「体調はいかがでしょうか」
「……っ」
目を見開く娘はアビゲイルに気が付いて、無意識に上掛けを胸元に握りこんだ。
「私はアビゲイルと申します。ロージオン様のこの離宮で侍女長を拝命しております。お加減はいかがでしょうか」
「あ、そうでした。私、界を渡ったんですよね。アビゲイルさんでしたね。体調は大丈夫です。えっと」
「こちらのお召し物を」
「あ、ありがとうございます」
アビゲイルがロージオンに指示された服を美々に渡した。
アビゲイルが用意させられたのは簡素なワンピースで誰もが着ることができるサイズを気にしないものだ。ただしサイズは子供向け。
「丈は大丈夫そうですね」
「はい。丈は」
アビゲイルがこめかみをぐりぐりと刺激している。
「とりあえずは苦しくなければ、こちらで我慢していただけますか」
美々は頷く。パッツンパッツンにワンピースの前身頃は押し上げられていて、激しく動くには支障をきたすがただ着ている分には我慢ができそうだった。
用意させられた服から、もっと幼い少女と思っていたのだが、実際に会うと少女どころかご立派なと思考がずれたあたりでアビゲイルは隣の居室にいるロージオンに扉越しに声をかけた。
「ロージオン様、お客様がお起きになりましたが、どうなさいますか」
「こちらに」
「かしこまりました」
女なら一般的なサイズのサンダルを用意しておいたアビゲイルはベッド脇にそれを整えて置く。
「ケノミミ様、こちらを。ロージオン様がお呼びです」
美々は思った以上に睡眠がとれていると首を一周回して解してから寝台から起き上がった。
***
美々がその扉をくぐるとアビゲイルからの視線以外が注がれた。
ある者は目を見開き、ある者はにやりと、またある者は無表情に、各々思い思いの感想を美々に抱いたようだった。
「あー……重ね重ねすまない。アビー、服の用意を至急頼む」
ロージオンはと言えば、美々の姿を上から下まで確認した後、頭を抱えてから一言。アビゲイルに命じた。
「ふふ、かしこまりました」
美々が着替えた時からロージオンの失敗に気が付いているアビゲイルは微笑んで部屋から出た。今の美々の服装にロージオンは耐えれないとアビゲイルは知っている。
「新しい服が出来上がるまで、先ほどの服を上から羽織っていてくれると助かる」
「わかりました。取りに戻ります」
そんなロージオンの様子に若いねと感想を抱いて美々はまた隣の部屋に戻った。
美々の姿が見えなくなってからソロムスの口からこぼれた言葉に残っていた全員の視線が集中する。
曰く「童顔に爆乳って犯罪っぽいですね」
「ソムロス!」
「貴様」
「いやぁ、好みなんだよね。あの子。どんぴしゃ。後は性格が」
「ソムロスさん!」
ロージオンが、シルバンが、ソムロスの口を注意すると更に続けてソムロスが口を滑らせる。
セルバスがやや頬を赤らめ非難した。
「ソムロスさん、それ、お客様の前で言わないでくださいね。この国の男性が軽薄だとは思われたくはありません」
「あれ? イグノスもあの子この」
「口を慎めソムロス」
シルバンが最後にソムロスの口を閉ざさせる。シルバンにはもうじき美々が戻ってくると足音が聞こえていた。
「入ります」
美々が戻ってくると同時に残っていた男どもが沈黙する。
その沈黙に美々は「……何か、ありました?」と聞いた。
***
呼び戻されたゼノンが足されてアビゲイル以外の側近がロージオンの前に並ぶ。
「ケノミミ、この者達を紹介する」
「まず先ほど、私と一緒にいたのがイグノス・リ・バルチェだ」
美々は一歩前に出て自分に「先ほどはご挨拶できず、失礼いたしました。イグノスです」と挨拶する男を眺めた。
美々は頭の中でイグノスに秘書とあだ名をつけた。神経質そうだが、その神経質さもロージオンの補佐をするためで、きっと優しい性分だろう。こげ茶と言うか濃い茶の髪をオールバックにしている詰襟の服がストイックで、ロージオンも美形ではあるが、この人も人気があるだろう。泣き黒子がイヤラシイ気もする。
「続いてもう一人の側近セルバス・リ・ファウル」
新人君。
美々は名乗られる毎に頭の中で印象と名前を覚えるためにあだ名をつけた。
「セルバスです。イグノスさんと共にロージオン様に政務面でお仕えしております」
今いる中で一番若そうだ。新人の中でも営業に回されてエリートな先輩達に可愛がられて成長していくタイプだろう。真面目で初心で素直そうだ。
髪はまるで収穫前の稲のような色だ。艶感がないから金髪と言う感じではない。
後は軽薄そうな男と生真面目男と豪快男って感じねとイグノス、セルバスから目を離した。
「この二人は武官になる。衛兵隊長のゼノン・ベネルと護衛隊長のシルバン・ウルバルスだ」
ゼノンは鋼色の髪に厳しい眼差し。この人に冗談は通じないと美々は肌で悟る。逆に茶色の髪が逆立った獣のようなシルバンは制服を軍服を着ていなかったら山賊とか盗賊とかの親分なイメージでパチリと大きな目が印象的だ。
「ゼノンだ。衛兵隊長をしている。若い女性が少ない離宮だから不届き者が居たら報告してほしい」
「シルバンだ。ロージオン様付近衛隊長だ。この離宮内では皆名前で呼んでいるからな。殿下以外は名前で呼べ」
「先ほどのアビゲイルが侍女長で、最後に侍従長のソムロス・ハイドルだ。君の生活面のサポートはアビーとソムロスがする」
「初めましてお嬢様。私はソムロスと言うしがない愛の僕です。あなたのサポートは何から何までわたくしにご用命ください」
美々の足元に傅き、いつの間にか手を取り、甲にキスしようとするキツネ目の男。セルバスよりも赤く派手な赤茶色の髪は撫でられている。
(軟派だ。チャラ男だ。すっごいちゃらい。無理)
「すいませんが、できるだけ自分の事は自分でしますので、係わりは必要最低限にお願いします」
とられた手を引き離し、ちょっと気持ち悪いとばかりにその手を撫でている美々。
シルバンはソムロスの肩を叩き噴出した。
「ロージオン様、私も自己紹介した方がよいのでしょうか」
「あぁ、お願いするよ」
美々がその二人を眼中から外し、ロージオンに向き直る。
「家野美々です。美々が名前で家野が家名になります。美々とお呼びください。こちらでは美々・家野になります。年は二十六歳です」
年を聞いた途端、ソムロスの糸目が開かれた気がするが、美々は気にしないことにして続けた。
「製薬会社に勤めていました。研究開発職ですので、ロージオン様の願いもきっとそのあたりではないかと思います。基本的なことを教えていただければ、できるだけ自活したいと思います。しばらくの間、よろしくお願いします」
世話にはなるが、おんぶに抱っこは嫌なことを伝えた。
「ミミさんとお呼びしますね。ミミさんのご要望ですと基本的な生活は我らと変わらないぐらいで良さそうですね。そのように手配します。ソムロスさん」
「手取り足取り腰取り生活をサポートさせていただければ幸いなのですが」
イグノスが無表情に言えば、心底不満そうに頷くソムロス。
「我らがこちらのことをミミさんに教えてから、何の望みが貴女をこちらに呼んだのかを探しましょう。研究開発職で製薬カイシャにお勤めだったことを踏まえて、まずは薬師塔に話をつけましょうか。ロージオン様いかがでしょう」
流石敏腕秘書と美々はイグノスからロージオンに視線をやる。
「それでいいだろう。ミミ、よろしく頼む」
「はい」
こうして美々の異世界生活が幕を開けたのだった。
思ったより濃いキャラになった侍従長
……なぜこうなった。