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美髪な彼女  作者: 真咲静
異世界に呼ばれたよ
1/6

1-1

 ここは人の国ハルジオン。


 四季のあるこの国は葉が萌える緑の季節を迎えていた。

 さわやかな風が柱の間を吹き抜け、花の季節から葉の季節に移行して、もうすぐ二月ほどの雨季を迎える少し前のそんなある日のこと。


 この国の現在の王太子である王弟殿下が一人の側近と共に自室でとある実験を行っていた。

 殿下の手には一冊の薄汚れてはいるが装丁の見事な本。臙脂の表紙に書かれているタイトルは人の国の文字ではない。竜王が支配する魔の国の古語。知る人ぞ知るその文字にはこう書かれていた。『妖怪召喚術』と。

 殿下の足元に広がる青く発光している模様。

「この国に必要なものよ。我がもとに」

 殿下の口からは魔の国の古語が発せられている。

 ただその声域は王城の女官を筆頭に貴族の女性陣から絶大な支持を得ている男らしく低く、だが甘い声色。

 声だけで妊娠しそうだと評判の甘い男の声に反応する光が、一瞬、目もあけていられないほどに強まった。


「ほあっ」

 驚きの声と共に殿下の私室内を煙が満たす。

 側近の男が窓を開け、扉をあけ放ち、煙を部屋から追い出すために奔走した。

 殿下はと言うと剣をいつでも引き抜ける体制に煙の出ている中心部を見ている。

「殿下。何事ですか」

 外の扉のそばにいた衛兵が声をかける。

「いや、何でもない。すまない。いつもの実験だよ」

「すごい煙ですが」

「火は出ていない。大丈夫だ。中には入らないでいい」

「はっ」

 殿下は衛兵を部屋に入れることもせず、発光していた煙の中心部を見ていた。

 薄まった煙の中に人影が映っている。髪の長い。こじんまりとしたその陰が「ふいっくしゅっ」とクシャミをした。どうやら若い女がいるようだ。

「すごい煙。なんなの」

 声はそれほど低くないが、少女と言えるほど高くもない。

「やっと、やっと寝れると思ったのに」

 疲労感がにじみ出た声。心底から眠いと言っている。

 殿下はかなり煙が薄まってその座り込んでいる背中を見ながら声をかけた。

「ようこそ。人の国へ」

 そこで初めて人がいたことに気が付いた女性は後ろを振り向いた。


 ぱちりとした二重。どちらかと言うと垂れ目。黒く輝かんばかりの髪が印象的だが、それ以上に王弟殿下の目を引いたのは、ぶかぶかのシャツから床にぺたりと座り込んでいる白い太もも。

「だ、誰」

 緊張と驚きが入り混じった声。

「私は人の国、ハルジオンの王弟ロージオン。君の名前を聞いてもいいかな」

「……家野美々(けのみみ)です。ここはどこ、ですか」

「ケノミミ」と口の中で転がすように確認をしてから、王弟殿下ロージオンは言った。

「ここはリユカリルリノーラの人の国ハルジオンの王城で私の私室。ケノミミはどこから来たのかな」

 美々は困ったように眉を寄せ、シャツの胸元をぎゅっと握りしめていた。不安。その二言を体現している。

「日本」

「ニホン。それは異なる世界だ。ケノミミは私に呼ばれてこの世界に来たんだよ」

「へっ。だって、明日あした、新薬発表でやっとここまで漕ぎ着けたのに。この二年の努力をどうしてくれるんですか。私行方不明じゃないですか」

 目から大量の涙があふれ出す。

「明日の発表会にかけてきた私の努力は一体……給料は有給は撮りためておいた番組は買いためた本は父さんや母さん、爺様やおばあ様、それに友人達、どうしてくれるんですか」

 目から大量の涙を流しながら、美々は立ち上がるとロージオンに詰め寄った。

「す、すまない」

「世界を超えた誘拐じゃないですか」

 身長はロージオンよりも手のひら二つ分は小さいのだが、怒り狂う彼女の迫力に及び腰になっていた。確かに自分がしたのは世界を超える誘拐なのだから。

 しかし、ロージオンが願ったのはこの国に必要なもの。必要だからこそ彼女は呼ばれたのである。

「私はこの国に必要なものを手元にと呼び寄せた。そして、君が現れた。突如として、あちらでの生活を奪われた君に申し訳ないと思うが、この国にある問題を片づける手伝いをしてほしい。一切の生活を保障する。まずは着替えだろうか」

 もう一度言うと美々の姿は所謂彼シャツである。

 寝る寸前でぶかぶかの男物のシャツに下着。ロージオンからは素敵な谷間と足が見えている。

「……すけべ」

「重ね重ねすまない」

 ロージオンから少し離れ、美々は言った。

「とりあえず、問題を解決するお手伝いをします。そのかわり、衣食住と元の世界へ帰る方法の模索をお願いします。まずは着替えもですが、寝床をください。明日のために、二日寝てないんです。限界です。黙ると寝そうなんです」

 美々の頭にぐるぐるとまわる言葉が一つ。

 女は度胸。

「わかった。その条件で。イグノス。部屋を整えてやれ」

 窓を開けるのに奔走していた側近の男。黙ってはいたが、ロージオンの傍に控えていた。

「かしこまりました。あ」

 ロージオンがイグノスを振り返った時だった。美々が倒れた。

「二日寝ていないと言っていたから、体力の限界だったのだろう。とりあえず、私の寝台に寝かしておくから、彼女の部屋の準備をしてくれ。私は彼女を寝かせたらここにいる」

「かしこまりました」

 ロージオンは美々を抱き上げると、自分の寝室へと向かったのだった。


王子は胸派か尻派かそれとも太もも派か。


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