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Color  作者: 宵月氷雨
白の観察
8/19

前編

黄の決意、教室が二年一組になっていたのを一年一組に訂正しました。


ようやく書けた白視点です!

遅くなってごめんなさい!!



「緋見海音、緑井朔、水谷杜季、朱綾刹那……。まぁ妥当なところね」


 不敵な笑みを浮かべて、藍原燐は頷いた。

 生徒会選挙の結果だ。

 隣には白銀冬夜がいて、役職を割り当てて提出するための紙を前にシャーペンを顎にあてて悩んでいる。

 欄は七つ。会長は冬夜だから、実質埋めるのは六つだ。

 その内副会長の欄の一つには、流麗な字で燐の名前が記されている。

 庶務の欄に紫崎姫華。

 残りは副会長と庶務がもう一人ずつと、書記、会計。


「緋見は副会長かな」

「それが一番穏便にことが運ぶでしょうね」


 聞いたところによると燐は黄土玲奈さえ通らなければあとは誰でもよかったらしく、比較的機嫌は良い。

 冬夜もそこは同意見で、曰く『紫崎さんだけでもウザいのに、さらにもう一人能無しが来てもね』。

 この場合の能無しとは、男に媚び売るしか能のない女のことだ。

 基本的に見目麗しい男が集まる生徒会だけに、べたべたと迷惑なのは目に見えている。

 燐? 燐は例外。燐がそんに馬鹿みたいなことする訳がないだろう?


「水谷くんは会計がいいんじゃないかしら」

「知っているの?」

「ええ、同学年だから、多少は。すごく数学が得意なのよ」

「じゃあそれで決まりだね」


 友人同士の気安い会話の中で、次々と役職が決まっていく。

 任命権は会長にあるから、余程おかしな振り方をしない限り文句は出ないだろう。


「となると二年の緑井が書記だね」

「朱綾刹那が庶務、と。今年は一年が多いわね」


 七人中四人が一年。

 一年が多いというより三年がいないことが異例な気もする。

 偶然なのか作為的なものかは、現時点での判断は難しい。

 放課後に行われる選挙は大抵数十人が欠席する。予定がある奴もいれば、あると嘘をついている奴もいるだろうが。

 張り出された今回の結果は、こうなった。


『総投票数  540票

 緋見海音…… 82票

 緑井朔 …… 66票

 水谷杜季…… 65票

 朱綾刹那…… 41票

 瀧遥架 …… 29票

 井早竜二…… 27票

 柳響  …… 15票

 柳珠雨 …… 15票

 黄土玲奈……  4票

 計     344票』


 一クラス三十人が六クラス、三学年で五百四十人。

 投票率百パーセントにも関わらず、九人に渡った票を全て合わせても足りないのは何故か。

 最終調整をする二人を眺めながら、その理由を思い出した俺は黙って溜息をついた。


















「響くん、珠雨くん、頑張って!」

「「うん、僕、姫ちゃんと一緒にいたいから頑張るね」」


 なんだこれは。

 多分体育館にいた半数の意見はこの時揃ったと思う。

 司会進行をしていた冬夜、その細々とした補佐をしていた燐、おまけで壇上にいた紫崎。

 先に演説をした瀧遥架、井早竜二はスルーして、柳の双子の番になった途端にあの頭のイカレたお姫様が動いた訳だが。

 どこから突っ込めばいいのかわからない、と思った下にいた生徒たちとは、やはり反応が違ったのが冬夜と燐だった。


「紫崎姫華さん、生徒会役員が特定の個人を応援することは禁じられています。控えてください」


マイクを通して、口火を切ったのが冬夜。


「わ、私は皆を応援してるんですぅ!」

「瀧くんと井早くんには見向きもしなかったよね」

「それは……っ」

「とにかく、よく考えて行動してください」


 あっさりと紫崎の反論を封じて、冬夜は静かに微笑んでみせた。

 多分あの程度のことは想定内なんだろう。

 もしかしたら瀧遥架と井早竜二を先頭に回したのも、これを見越していたのかもしれない。


「えー、応援しただけでそんなに責められるなんておかしいよ」

「そうだよ、姫ちゃんがかわいそうだよ」

「響くん、珠雨くん……!」


 黙っておけばいいのに柳の双子は反論した。

 力量の差が見極められない奴は使えない。

 この時点で少なくとも燐と冬夜からは切られていたことも、柳は気付いていないはずだ。


「柳響くん、時間がなくなるよ?」

「! 今までも時間に含めるって言うの!?」

「横暴だよ!」

「まず先輩への言葉遣いがそれで正しいのかどうか、考えたらいかがですか」


 ずっと黙っていた燐が隣から口を挟んだ。

 事前に燐と冬夜が出来る限り騒動になるかもと根回ししていたため、一年の女子と男子が半分弱、二年は半数程度が冷めた顔をしていた。

 実は二年の方が毒牙にかかった人数が多いということは、冬夜と話をすり合わせてみてわかった事実だ。

 不穏な気配を漂わせているのは、紫崎の信者たち。

 その間にも、燐の追及は続く。


「柳くん、双子だからと面白い遊びをしていますね」


 敬語の燐に違和感はあるが、その目が楽しそうなのが俺にはわかる。

 いい獲物が見付かった、くらいにしか思ってないに違いない。

 反対に、柳の双子はぎくりと肩を強張らせた。


「遊びって何のこと?」

「僕らの何が遊びなの?」


 尋ねる双子に、燐は悠然と微笑んだ。


「だって逆でしょう? 二人とも」


 響と珠雨が、逆だと。

 確信を持って断言する。


「……何を言ってるのかな? 僕が響で」

「僕が珠雨だよ?」

「いいえ、逆です」


 そこで突然、燐はマイクを手放した。

 心得ていたように冬夜が受け取り、燐は双子に内緒話でもするかのように顔を寄せた。

 実際していたのは内緒話で、唇を読んだ感じだと、


『双子でも見分けるのって意外と簡単なのよ』


『例えば名前の発音が違うとか』


『響くんが珠雨って発音する時だけ、S音が余計に聞こえたり』


『首を傾ける角度が微妙に違ったり』


『たまに珠雨くんの動作が、ゼロコンマ数秒くらい遅れたりね』


 そうして燐は、響と名乗っていた珠雨に何事かを囁いて、わざとらしく艶やかな笑みを振り撒いた。

 双子は遠目からでもわかるくらい真っ青だった。特に珠雨の方が。


「何勝手なこと……っ!」

「響、やめろ。僕らの負けだよ」


 先に観念したのは珠雨だった。

 余程最後の一言が堪えたらしい。

 片割れに止められて、響も渋々といった調子で引き下がった。

 二人の席が入れ替わる。

 そうなると残されたのは紫崎だった。


「紫崎さん、こちらへ」

「あなたが私に命令する権利があるのぉ?」

「ありますよ。私は会長の補佐として壇上に立っています。円滑にことを進める義務がある。ここに立ったからには不用意な行動は慎んでいただきたい」


 紫崎に向けて、燐は冷静に言い放つ。


「な……何かなぁ? 私は間違ってないもの」

「確かに、他者を応援するのは間違っていないわ。ただ立場を考えなさいと言っているの。生徒手帳にも書いてあるはずよ。『役員による介入は禁止』って」


 そんなこともわからないのかしら? と、燐は紫崎を嘲るように挑発めいた笑みを刷く。

 意図したのか、はたまた偶然か。

 反応したのは、紫崎の信者だった。


「いい気になるな!」

「静粛に願います。藍原さんも、過剰な反応は慎むように」

「申し訳ありません、会長」


 けれど二人はまるで台本に書いてあるままのように『やり過ぎた後輩を咎め』、『素直に引き下がって謝罪し』、出鼻をくじかれた信者は口をつぐむより他になかった。

 悔しそうな顔で紫崎が引っ込む。


「では改めまして、柳響くん、どうぞ」


 そうして、何事もなかったかのように冬夜は微笑んだ。

 それからしばらくは平和だった。

 あの出来事があった後で何かを仕出かす勇者はそういなかったし、何かをさせる二人でもなかった。当たり前だ、燐と冬夜なんだから。


 柳響、柳珠雨、朱綾刹那、黄土玲奈、水谷杜季、緑井朔と演説が続く。

 最初のうちは一緒に頑張ります、の中に冬夜と燐の名前もあったのに、終わりに近付くにつれて紫崎の名前だけになったり。

 果ては食堂の貸し切り制度を確立するとか言い出した阿呆もいたな。緑井だった。

 今思うとなんでそんな奴らが通ったのか甚だ疑問だが。

 別段面白い奴もいなかった……いや、一人いたか。

 水谷杜季。



「僕は毎日が平和に過ぎれば、それでいいです。そうなるよう精進したいと思います」



 味方なのか敵なのかはわからないが、なかなかセンスのありそうな奴だ。

 確認はしていないが、燐も同じことを思っただろう。

 そのくらいのことはわかる。ずっと見てきた幼馴染みだからな。

 青柳辺りは『見てるだけだろ? 馬鹿じゃないの? そんな男に燐はあげないよ』とか言いそうだが。

 ずっと見てきたんだ。家族以外の一番近くで、ずっと。


 燐は俺の幼馴染みだ。親に引き合わされた、俺の唯一。

 燐がいれば、全てが輝いて見えたから。

 物心ついてからの俺は、世界がつまらなくてしょうがなかった。

 何をやっても労せずできる。同年代の奴らの悩みが理解できない。神童だと持て囃されたところで嬉しくも何ともない。俺について来れる奴が一人もいない。

 くだらないことで叱り叱られ、馬鹿みたいに泣いて喧嘩して、一体何の益があるというのか。

 俺にはその理由も意味もわからなかった。理解できなかった。

 世界は簡単で単純で煩雑でつまらなかった。


 そうやって斜に構えて一人冷めた目でその他大勢を観察していた俺を、いとも簡単に越えてみせた奴がいた。

 俺がパズルを一つ解けば、上回る速度で二つ解き。

 俺が二重跳び披露すれば、苦もなくはやぶさをやってのけ。

 俺が九々を暗唱すれば、すらすらと百人一首をそらんじてみせた。


『すごいわ。ここまでわたしときそってみせたのは、あなたがはじめてよ』


 愕然とする俺に向かってそいつがそう言って笑った瞬間、俺は初めて誰かに負けを認めたのだ。

 言うまでもないが、それが藍原燐である。


 俺は二重のショックを受けた。

 一つは俺より上がいたこと。

 もう一つは、それが女だったこと。


 喜びは二倍だった。

 俺には上がいて、それが女だったこと。


 燐がいれば世界は面白かった。

 結局のところ、俺は孤独をごまかして孤高を気取る凡人だったのだ。

 そして凡人たる俺は、天才である燐の前に自分の愚かしさを悟ったのだ。

 馬鹿馬鹿しいとしか思わなかった喧嘩を大人ぶって仲裁してみたり、理解できなかった悩みについて一緒に考えてあげてみたり、理不尽に叱られている子を庇ってあげてみたり、ついでに証拠を並べて大人を論破してみたり、逆に悪戯を仕掛けてこっぴどく叱られてみたり。


 不思議だった。ただ燐が隣にいるだけで、世界はまるで色を変えたんだから。


 日向と千里とあったのもその頃だ。

 燐が千里と仲良くなったから、俺は日向と仲良くなった。

 その頃から千里と仲が良かった日向と仲良くなれば、燐が喜ぶかと思ったからだ。

 実際俺は燐がいればそれ以外はどうでもよかったし、他の友人も必要性は感じていなかった。

 俺の世界は燐から始まって燐で完結していたのだから。


 その理論でいくと、日向は思わぬ拾いモノだった。

 俺と違って世界には幸せが溢れていて毎日が楽しくて仕方ない風な少年だった日向と案外気が合ったのは嬉しい誤算だ。

 多分その頃から、日向が千里を見ていたからだろう。俺が燐を見ていたように、……よりは無邪気に。本人は無自覚だが。

 そうして今現在まで続く四人グループが成立したという訳だ。



 閑話休題。

 選挙に話を戻そう。

 燐と冬夜の対応はさすがだったが、さすがにそのまま平和に終わるはずもなく。

 やらかしたのは、案の定というか緋見海音だった。

 さすがに見事な演説の後、何とも言えない顔で手持ち無沙汰に壇上に控えていた紫崎に近付き、その手をとって口づけをして。


「大丈夫ですよ、姫。あなたの気持ちはわかっています」


 とか抜かしたのだ。

 どこぞの騎士かお前は。

 今すぐ脳外科に行くことを強く勧めたい。

 ……と、紫崎が思うはずもなく。


「海音先輩……! 応援できなくてごめんね!」

「いいえ、姫華が心の中で応援してくれてるのが聞こえましたから。姫華のすることに間違いはありません」


 あろうことか、緋見は二人に真っ向から喧嘩を売ったのだ。

 全く愚かとしか言いようがない。

 喧嘩を吹っ掛けたその瞬間に、全ての根回しを終えて全ての計画を詰め全ての力を揃えておかなければならないというのに。

 緋見海音の能力はそれなりに高い。

 ただ、あらゆる状況を予測してその全てに対策を立ててこの場に臨んでいる二人に、勢いだけで盾突いても勝てる訳がないという話だ。


 キモ、と吐き捨てたのは誰だったか。

 講堂の空気は見事に二分した。

 冷めきった目で壇上を見上げる大半の女子と一部の男子。

 緋見に同調して声を上げ始める大半の男子と一部の女子。

 そんな眼下をいつもの笑顔で心底面倒臭そうに見ていた燐は、ちらりと冬夜に指示を仰いだ。

 冬夜は頷いてマイクを取った。


「緋見くん、余計な行動はしないようにってさっき言ったよね?」

「愛しく思う人を慰めたいと思うのはいけないことでしょうか?」

「いけなくないよ。ただ時と場合によっては悪いというだけの話さ」


 気負った風もなく笑うでもなく、冬夜はそう言った。正論だ。

 当然緋見は食い下がった。


「先程の白銀くんは、たかが応援に随分過剰な反応をしていたように思いますが」


 わぁっと沸く紫崎の信者たち。

 混沌した様相を呈し始めた講堂で、緋見と対峙する冬夜は一際クリアに見えた。

 辺りを観察してみると、ちらほらと「緋見先輩ってあんななんだ……なんか失望」って感じの呟きが聞こえてくる。

 うちのクラスは燐も紫崎もいるだけあって、女子軍団の誰にもブレは見えなかった。

 顔色一つ変えずに壇上を見守っている。

 端から緋見になんか何の期待もしていないような顔だった。


「過剰? 別に俺だって、誰かを応援することが悪いことだなんて言わないよ。今誰かが大声で君を応援したって笑ってスルーする」

「だったら」

「でもね、紫崎さんは生徒会役員だ。公正であるはずの選挙で、よりにもよって生徒会の人間が贔屓ともとれる行動をするのは間違っている」

「だからたかが応援を贔屓ととるのが過剰ではないですか、と訊いているんですよ」


 たかが応援、されど応援。

 紫崎が生徒会役員でなければ、軽い注意くらいで終わっていた話だ。

 だがそう、生徒の上に立ち権力を握る生徒会の人間が、堂々とルールを破るのは望ましくない。

 そんな当たり前の思考も、もはやこの学園では当たり前でなくなったのか。


「人を好きになるのは人間として正しいだろうが!」

「応援くらい見逃せよ!」

「会長ー、嫉妬してるんじゃないですかー?」

「人としての情もないのかよ?」

「姫華チャン、好きだよー!!」

「姫は優しいから応援してくれたんだぜ?」

「人間として正しい行動だよな」


 言いたい放題の信者たち。

 傍観していた女子たちが、次第に殺伐としだす。

 あまりにも無茶苦茶で、冬夜を貶めるためだけの抗議。

 触れたら切れそうな空気が唐突に膨れ上がって、信者たちの気付かぬままに破裂を試みる。

 視界の端で、慌てたような教師、しかも女性ばかりが腰を上げかける。








「――黙りなさい」


 だがそのタイミングを見誤る燐ではなかった。




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