後編
生徒会選挙終わらなかった……。
千里ちゃん視点だとやっぱり日向の話が重くなる!
結果心情描写が多くなる!! と気付きました。
あと最後妙に名前多いですが、全部を覚える必要は今のところないです。
うわぁと思ったら流し読みしてください。
「白塚くんの言う通り過労ね。一日安静にしていれば治るわ」
一通り日向を診た妖艶な女性は、明るい声と一緒にぱちんとウインクをしました。
縹美春先生。保健室の先生――つまり養護教諭、です。
学校が始まって二週間くらいは、怪我をしたり具合が悪くなったりする男子生徒がたくさん出て大変でした。
「よかった……」
ほうと胸を撫で下ろしたわたしに悪戯っぽい笑みを閃かせ、縹先生は近くにいた燐ちゃんに何やら耳打ちをします。
燐ちゃんは大きく頷いて囁き返し、二人は通じ合った様子でがっちり握手を交わしました。
……訳がわかりません。
「黄橋さんも腕見せて」
促されるままに椅子に腰掛け左腕を差し出すと、先生は一目見て眉をひそめました。
「爪の跡はともかくアザまで付けるなんて、どれだけの力で握ったのかしら? 女の子に暴力を振るう男は駄目よねぇ」
「まさしくおっしゃる通りです。まぁ犬ですから、頭が足りなかったのかもしれませんね」
「あら、敬語なんかいいわよ? あたしとあなたの仲じゃない」
「年上の方への接し方は兄に叩き込まれてますから」
「じゃあ年上の命令ってことでどう?」
「……この面子の時に限定してくださいね?」
「仕方ないわ、そこは譲歩しましょう」
いつの間にそんな仲になったんでしょうか。そもそも燐ちゃんが高校に入ってから保健室に来たのは、覚えている限りだと初めてのはずです。
さっきの一瞬でしょうか。
わかっていたことだけど、やっぱり非常識です。
あぁでも燐ちゃんだからなって納得しちゃうわたしはだいぶ駄目なんだと思います。
「ちょっと染みるわよー」
燐ちゃんと喋りながらも縹先生の手が止まることはなく、五分も経たないうちにわたしの左腕は包帯でぐるぐる巻きになりました。
「はい、おしまい」
「……これ大袈裟じゃないですか?」
「いいのよぉ、当て付けだから」
「…………教師は絶対中立じゃ?」
「教師であろうとあたしは女よ? 女の敵に味方してあげる理由も意志もないわ」
「傷が残ったら地獄に送ってやるから安心して、千里」
「あははー……冗談ですよね?」
「どうかしら」
……冗談ですよねっ!?
信じきれない自分が憎いです!
「腕は動かしにくくない?」
「大丈夫です」
「じゃあ紅嶋くんの様子を見てきなさいな」
燐ちゃんも行っておいでという風に頷きます。
「どうせ澪が戻るまでは帰れないんだし、存分に寝顔を堪能してくるといいわ」
「――っ!? ………!」
かぁっと頬が熱を持ちます。
(燐ちゃんはたまに意地悪です……っ!)
内心で叫びながらぺこりと頭を下げて、逃げるようにベッドに向かいました。
たぶん、燐ちゃんは縹先生も味方に引き込むと思います。
燐ちゃんはなんていうか、そういうカリスマ性を持っているんです。
癖のあるひとたちが惹かれやすい、そういう何かを。
「澪くんなんかはその最たる例だし……わたしたちはむしろ珍しいのかもしれないね、日向」
ベッド脇の椅子に腰掛けて、日向の様子を確認します。
本当に久しぶりな気がしました。こんなに近くで日向を見るのは。
保健室に運び込まれた日向は、やっぱりかなり熱があって、すぐにベッドに追いやられました。
当然一人で帰ることは不可能です。
この学校は自家用車による通学が認められていますが、日向もわたしも、燐ちゃんも澪くんも電車を使っています。
毎朝あの車の行列に並ぶのはちょっと遠慮したいというか、何と言うか……。
話が逸れましたが、つまり日向は車で連れて帰ることになりました。
澪くんは今その手配をしてくれています。黒須先生も一緒です。
何故その二人かと言うと、
『女の子の手当てをするんだから黒須先生は出ていってくださいな』
『外で車の手配をお願いするわ、澪』
と美女二人に追い出されたからです。
何なんでしょうか、あのいらない迫力は。
今日一番怖かったのは、紫崎さんと別れる直前の燐ちゃんですけど。
『まったく、一体何の騒ぎですか』
呆れたような声と共に現れたのは、眼鏡をかけたシャープな顔立ちの美青年でした。
燐ちゃんが『見事なテンプレね』とか呟いていましたがよくわからないのでスルー。
襟のラインからすると二年生のようです。
その声を聞いた途端、今までのは何だったんだと疑問を覚えたくなるような、満面の笑みになった紫崎さんが青年に飛び付きました。
『海音先輩!』
『姫華、姿が見えないから心配しましたよ』
『ごめんなさい、ちょっといろいろあって』
『原因は彼らですか?』
『そうなの。でももう関係ないから気にしないでくださいね?』
『姫華を煩わせたひとには制裁の一つや二つ加えたいところですが……』
『もうどうでもいいから大丈夫! 心配性だなぁ、海音先輩は』
『姫華だけですよ、安心してください。それよりもう用事がないなら一緒に帰りませんか?』
『いいんですかぁ?』
『もちろんです。どこかでお茶をして帰りましょう』
『じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね』
紫崎さんは日向を振り向きもせず、新しく現れた彼に腕を絡めたのでした。
わたしは信じられない思いでそれを見ていました。
数分前に日向が心配だと言った口で、もうどうでもいいと笑う。お茶の約束をする。
腐ってると呟いたのは燐ちゃんだったでしょうか。
紫崎さんを促して立ち去りかけた彼は、ふとこちらを向くとついと目を細めました。
『おや、藍原燐さんではありませんか』
『――直接お会いするのは初めてですね、緋見先輩』
にこやかな笑みが火花を散らします。
緋見海音というらしい彼は、『生徒会ではどうぞよしなに』と言い置いていきました。
『お断りよ。何あの湊の劣化版みたいな笑顔と嫌みったらしい台詞は。絶対落としてやるわ』
その背中にそう吐き捨てて、燐ちゃんは心底嫌そうな顔をしました。
明らかに機嫌が悪い燐ちゃんを澪くんが宥めながら保健室まで来たので、多少時間がかかったのでした。
その道中、
『結局紫崎にとって、男はアクセサリーなのよ』
どうしようもない愚か者だわ、と。
天女のごとき美しい微笑みで、聖女のような慈悲深い声で。
蔑みでも憐れみでも憤りでもなく歌うように言った燐ちゃんは、わたしの人生で見た中で一番怖かったです。
「愚か者なんて素で言えるの、燐ちゃんくらいだよねー」
どうも紫崎さんは、燐ちゃんの最後の一線すら越えさせてしまったようでした。
少し落ち着いた頃、燐ちゃんは再び携帯を取り出してあるものを見せてくれました。
「聞いたよ、日向。ありがとう」
――ちさと きけん とくべつきょうしつとう
とだけ打たれたメール。
『日向がこのメールをくれたから、私は間に合ったのよ』
あの時ポケットの中で、日向は密かにこのメールを打っていたのでしょうか。
燐ちゃんはメールを見てすぐ黒須先生のところへ向かって確認を取ったそうです。
そのまま協力を仰いで駆け付けてくれたのがあのタイミングだったとか。
「日向、わたしはもう目を逸らさないって決めたよ」
どんなに冷たくされても、日向から逃げるのはもうやめよう。
わたしはどうしても、日向を失いたくはないのですから。
「……千里。ちょっと征ってくる」
生徒会選挙公示の日。
教室に掲示された立候補者の名前が並んだ紙を見上げて、燐ちゃんはにっこり笑いました。
瞬間、ざっと音を立てて周りからひとがいなくなります。
今回ばかりは仕方ありません。
ふふふと笑う燐ちゃんは、珍しくわかりやすくぶちギレています。
わたしは慣れましたが、免疫のないひとにはキツいでしょう。
「まさかここまで腐ってるとは思わなかったわ」
腕を組んで艶やかな黒髪を弄りながら、浮かべるのは婉然とした笑み。
後退りした生徒のうちの半数くらいがそれに釘付けになりますが、燐ちゃんはまったく気付いていません。
ちょっと面白くなかったので、燐ちゃんの制服を引っ張ってみました。
「紫崎より先に潰す奴がいるようね。失念してたわ」
「でもただの手違いとか、脅されただけって可能性も……」
「教師が生徒の脅しに屈する? そんな無能は辞めればいいわ。生徒を教え導くのが教師の務め。司法に訴えてでも生徒の悪行は止めるべきよ」
基本辛口の燐ちゃんはわたしのささやかな弁護も一刀両断して、携帯を取り出しました。
一応校内は使用禁止ですが、先生に見付からなければ、もしくは見付かっても黙認が現状。
メール画面を立ち上げながら、微妙に罪悪感が残るわたしに補足説明をくれます。
「あいつ、橙山のも受け取ってたわ。明らかに故意の犯行、あいつが紫崎にぞっこんなのは周知の事実」
超スピードでメールが作成されていきます。
送り先は湊さんのようです。
「疑わしきは罰せず? 上等ね、証拠ならすぐに揃うわ。脅されていたかの確認も特別サービスで一応やってあげましょう。この私を怒らせたんだから、当然覚悟はしているはず」
字がびっしりと並んだメールをものの数分で打ち終えて送信ボタンを押し、パタンと携帯を折りたたむ燐ちゃん。
一瞬たりとも外されることがない視線の先の紙には、こんなことが書いてありました。
『立候補者 十四名
書類選考突破者 九名
井早竜二
黄土玲奈
朱綾刹那
瀧遥架
緋見海音
緑井朔
水谷杜季
柳響
柳珠雨
これより二週間を選挙活動期間とする。
投票は五月二十一日の五限、体育館にて行う。
候補者は応援演説者の届け出をすること。
尚、以下の生徒は提出書類に不備が見付かったため除外。
神楽坂あやめ
茶山日和
烏羽雅
穂波紗々
渡辺仁衣菜』
通った九人のうち八人は男子、唯一の女子は紫崎さんの親友、落ちた五人は女子。
明らかに何か悪意が働いています。
そもそも燐ちゃんが絡んでいるのに、書類に不備なんてあるわけないんです。
「無能は無能らしく隅で縮こまっていれば、多少は目をつぶってあげたのにね」
まさか公正が絶対条件の選挙管理委員会の顧問が不正をするなんて、誰が思うでしょう?
授業がわかりやすいと、そこそこ人気があった先生なのに。
担任の先生だから、信頼していたのに。
「この私相手に、こんな小細工が通じると思ったと? 舐められたものね。
――それなりの報いは受けてもらうわ」
燐ちゃんの宣言に、残っていた女子生徒が一斉に拍手を送りました。
それはその先生が、生徒の半数からの支持を失った瞬間でした。
五日後、わたしたちの担任の先生が、理事長室に駆け込み半狂乱で退職を願い出た、という噂が学校中を駆け巡りました。
どんなに理由を尋ねても『一身上の都合』としか言わなかったらしく、理事長は引き留めはしたものの、あまりのやつれぶりに何か深い理由があるのだろうと思って退職届を受理したそうです。
『拍子抜けよ。やるならもっと強い覚悟があるんだと思ったのに』
脅されてはいたけど彼自身の浮気のせいだと教えてくれた燐ちゃんは、興醒めした顔でそう言っていました。
とは言え燐ちゃんと湊さんがタッグを組んだら、大抵のひとはあっさり心が折れると思います。
そう考えるとアイハラは最強ですね。どちらかと言うと最凶?
ちなみに、担任の後任は灰谷先生になりました。
男の先生は皆なりたがり、女の先生は皆嫌がり、結果どうでもよかった灰谷先生にお鉢が回ってきたのだとか。
この間知りましたが、燐ちゃんと灰谷先生は妙に仲が良いです。つまり信頼できる先生だということ。
美人なこともあって、男女共に大抵の生徒が喜んでいます。
紫崎さんは不満そうですけど。
つらつらとそんなことを考えながらも、足は勝手に動いて教室へ。
ドアに伸ばした手は、いつかのように弾かれました。
鉢合わせしたクラスメートを見上げ、わたしは笑います。自然で明るく見えるように、鏡の前で練習したその笑顔。
燐ちゃんは、面倒な揉め事は任せてと言ってくれました。
搦手は燐ちゃんの得意分野。手伝うにしても足手まといになる自覚はあります。
ならわたしは正攻法。
「おはよう、日向」
まずはもう一度、前のように言葉を交わすところから始めてみよう。
わたしは決意を込めて、十五年間し続けてきた挨拶の言葉を口にしました。
始めましての方、短編から引き続きの方、
読んでくださってありがとうございます。
超不定期になるかもしれませんが、というかそんな予感がひしひしとしますが、
できるだけコンスタントに上げるつもりです。
次に読みたい色とかありましたら、どこでもいいので是非ご一報ください。
次は何色にしようかなぁと絶賛悩み中なので(笑)