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Color  作者: 宵月氷雨
黄の決意
6/19

中編

中はちょっと長いです。


「あー! 黄橋さんだぁ」


 数日後の放課後、先生に頼まれたクラス分の課題を届けに廊下を歩いていたわたしは、一番会いたくなかったひとと出くわしました。

 特別教室棟は人通りも少ないので、すっかり気を抜いていたのもいけなかったのかもしれません。

 声の主は紫崎さん。

 その、隣。


「誰のところに行くのぉ?」

「……灰谷先生のところです」


 嘘です。本当は黒須先生のところ。

 燐ちゃんが、万が一紫崎さんに遭遇したらそう言えと、教室を出る直前にこっそり囁いてくれました。

 黒須隼人先生。紫崎さんを冷たくあしらう数少ない男性教師です。


「そっかぁ、ならいいや。荷物多いけど頑張ってね。行こ、日向くん」


 紫崎さんは腕を絡めて微笑みます。

 めっきり表情が減った日向は、ポケットに手を突っ込んだまま頷きました。

 わたしは焦燥に駆られてつい名前を呼びました。


「あのっ、日向、」

「なぁに? 日向くんに用事?」


 ほとんどパニック状態のわたしは、必死に言葉を探しました。予期せず得られたチャンスですから。


「日向っ、その……おじさんは、元気?」

「元気だよぉ。ね、日向くん?」

「お母さんがね、さくらんぼが届いたからって」

「うんうん、わかったぁ。日向くんもわかったよね?」

「――わたしは日向に話してるんです!」


 声を荒げたわたしに、紫崎さんはびくっと肩を震わせて日向に抱き着きました。


「怖いよぉ」

「……大丈夫? 紫崎」

「貴様! 姫華様に何するんだ!」


 日向が宥めるように頭を撫で、お付きの人みたいにだいぶ後ろに控えていた男の子が駆け付けてきてわたしの手を掴みます。

 突き刺すような視線を向けられて思わず後退りましたが、さらに強く手首を握り込まれて動けません。

 せめてと顔を俯けたわたしの耳に、信じられない言葉が飛び込んできました。


「ヒメが日向くんといたのに突然割り込んできて、ヒメに邪魔だって言ったの……!」


 涙混じりの声。

 わたしはぎょっとして顔を上げました。


「わたし、そんなこと言ってません!」

「黙れ、貴様には聞いていない!」

「痛っ!」


 爪が食い込んで、悲鳴を上げて課題のノートを落としてしまいました。

 それには見向きもせずに悲痛な顔で、紫崎さんは言うのです。


「ヒメに日向くんを取られたからってヒメのこと恨んでるんだよ!」


 恨んでる、そうです確かに恨んでいます。

 でもそんな卑怯なことをする気はありません。

 だってそれじゃあ、紫崎さんと同じになっちゃうじゃないですか。


「逆恨みではないですか」

「そう言うのかな?」

「そうです! ご安心ください、この身の程知らずは自分がきっちり締めておきますから」

「ヒメ、黄橋さんは多分悲しすぎただけだと思うんだぁ。ほどほどにしてあげてね?」


 手首を掴んだまま捻り上げられます。

 ぎり、と唇を噛み締めました。

 どんなに叫んだところで、ここでは紫崎さんの言葉が真実なのです。

 可愛らしく首を傾げた紫崎さんに、感極まった様子で男の子――橙山くんは言いました。


「なんてお優しい……それに比べて貴様、紅嶋が姫華様を選んだことを逆恨みして、姫華様に暴言を吐くとは、器の小さい女だな」


 蔑むように、橙山くんはわたしを見下ろします。

 違うのに。暴言なんて吐いてないのに。


「何を言って姫華様を傷付けた?」

「だから何もっ」

「嘘をつくな!」

「本当です! 日向と少しだけ話がしたかっただけ……!」


 苛立たしげに橙山くんの顔が歪みました。

 振り回されるように壁に押し付けられたわたしは、拘束を抜け出そうと暴れましたが、橙山くんの手は外れません。

 肩の向こうに、日向の姿が見えました。

 真っ直ぐこちらを見て、幼馴染みのわたしにしかわからないくらいに歪めた顔。

 だん、と橙山くんの足が、わたしのすぐ横の壁を蹴り飛ばしました。身体がすくんで、目の前が滲みました。

 どうしていつもこうなってしまうのでしょうか。

 何かを切り開く力がなくて、それで。

 ――何も変えられなくて。


「嘘をついても良いことなんてないぞ」

「嘘なんてついてないです。確かに紫崎さんの発言を咎めるようなことは言ったけど、紫崎さんを貶めるような発言はしてません。橙山くんはわたしに何て言わせたいんですか?」

「正直に言えば許してやるって言ってるんだ! 姫華様の優しさに免じてな!」


 会話が成り立ちません。当然です、橙山くんは最初からわたしの話なんて聞いていないのですから。

 掴まれた腕が、心が、悲鳴を上げます。


(誰か――…)


 喘ぐように息を吸い込んだ、その瞬間。

 橙山くんが突然自分の手を押さえて二、三歩ふらりと後退りました。




「女子に暴力を振るう男は人間のクズよね」




 嘲笑混じりのアルトボイスがそう吐き捨てます。

 わたしには、何が起きたのかまったくわかりませんでした。

 気付いたら拘束は解かれていて、橙山くんは敵を見るような形相をしていて、――そして横からは、扇子が突き出されていて。

 これらを組み合わせれば、結果から推測することは可能です。すなわち、扇子の持ち主が橙山くんの手に扇子を打ち付けて、わたしを助けてくれたということ。


「私の千里に気安く触れないでくれるかしら? 忠犬その1の分際で」


 あぁやっぱり、本当にわたしの親友は格好良い。

 何故か携帯を手にした燐ちゃんは、安心させるようににっこりと笑いました。


「遅くなってごめんね、千里。怪我はない?」


 わたしは半ば夢を見ているような心地で頷きます。

 燐ちゃんは手を伸ばしてわたしの髪をくしゃりと掻き混ぜると、わたしを背に庇うように橙山くんに向き直りました。


「証拠写真もばっちりよ。この写真、ばらまいて差し上げましょうか? 忠犬くん」

「ちっ……悪いのは俺じゃない。姫華様の優しさを無駄にするそいつが悪い!」

「あら、どんな理由があろうと傷を負わせた時点で加害者よ」


 携帯をしまい、屈み込んで拾うのはわたしがばらまいたノートです。

 丁寧に拾い集める燐ちゃんの後ろから、携帯を奪おうとでもしたのか橙山くんが手を伸ばします。

 わたしが声を上げるより先に、その手は骨張った掌に阻まれました。



「――俺の許可なく燐に触れるなよ、橙山」



 ただそこに立っているだけなのに、気圧されたように離れる橙山くん。


「橙山くんに何するのぉ? 橙山くんは悪くないんだよ!」


 慌てたような声をあっさり無視して、燐ちゃんに手を差し延べます。

 その手を取らずに、拾い終えたノートをどさりと置いて持たせ、立ち上がった燐ちゃんは勝ち気な笑みを浮かべました。


「どうして私に触れるのにあなたの許可が必要なのかしら? 澪」

「理由なんて必要なのか?」

「教える気はないと。まぁいいわ。それより残念ね、私に指一本でも触れたら投げ飛ばしてあげようと思っていたのに」

「護身術とか好きだからな、お前」

「心配しなくても怪我はさせないわ」


 肩にかかった髪を払って、燐ちゃんは当然のように澪くんの隣に並びます。

 尊大に腕を組み口の端に艶やかな微笑を刻んで。


「クラスメートが落とした荷物を拾わずに見てるひとの『優しさ』だなんて、笑わせないでほしいわね」

 はっきりとそう――吐き捨てました。

 一瞬落ちた沈黙の間を縫って、燐ちゃんは大袈裟に手を広げます。

 彼女の前にいるのは、燐ちゃんと似た楽しそうな笑みを浮かべた澪くんです。

「状況を整理してみましょうか、澪」

「それがいい。まずどこからいこうか?」

「そうね、まず……愚かな勘違いから橙山くんが私の千里に傷を負わせたわ」

「その前に紫崎と千里が口論になったようだが?」

「原因は日向でしょう。どちらが悪いかは残念ながら私にはわからないわ。客観的にはね」

「何にしろ、紫崎と日向は女の子が男に壁に押し付けられるのを黙って見ていた訳だ」

「あら、止めようとしたのかもしれないわよ?」

「確かにそうだな。生徒会に入るような、しかも教師推薦の奴が人道に外れた行為を黙って見逃すはずがない」

「暴走した橙山くんを止めようとしたけど止められずに、危ないからと日向が紫崎さんを止めたのかしら?」

「そんなところだろう。よかったな燐、裏付けが取れるぞ」

「そうね、写真と私たちの証言だけじゃちょっと弱いと思っていたのよ」

「俺たちの推測は合ってるか? ――紫崎」

「教師推薦枠に名前が上がる、品行方正で優しい紫崎さんが怪我をしそうなひとを助けようとしない訳がないものね」

「橙山が勝手に勘違いして正当な理由もなく怪我をさせたと」

「この解釈で間違いないかしら?」


 紫崎さんは、悔しそうに顔を歪めました。

 燐ちゃんたちの推測は、間違っています。

 けれどそれを、紫崎さんは否定できません。

 そういう風に二人が仕組んだのですから。


「教えてもらえないなら、仕方ないから監視カメラの映像を確認するわ。ちょうどここにあるから、音声はないけれど何となくはわかるでしょう」


 頭上を指差して、燐ちゃんは綺麗に笑います。無邪気に、楽しそうに。

 監視カメラに写っているのは、声を荒げたわたし、乱暴をした橙山くん、それを止めようとしない紫崎さん。

 見ればわたしにも何らかのアクションはあるかもしれませんが、紫崎さんとしては見られる訳にはいかないはずです。


「ちょっと待て、俺は姫華様を守るために」

「……ヒメたちが話してたのを見て喧嘩してるって勘違いした橙山くんが、駄目って言ったのに黄橋さんに突っ掛かっちゃったの」

「姫華様!?」


 橙山くんの驚愕の叫びに反応せずに、紫崎さんは燐ちゃんと澪くんを見て挑むように言い切りました。


「被害者は黄橋さん、加害者は橙山くん、だよ」


 得たりとばかりに微笑んで、澪くんを振り向く燐ちゃん。


「澪」

「あぁ、録れてる」

「よろしい」


 満足げに頷く燐ちゃんの向こうで、紫崎さんは日向を連れて橙山くんに駆け寄ります。


「言い返せなくてごめんね、ヒメのためにやってくれたって、ヒメはちゃんとわかってるからね。ありがとぉ」

「姫華様……。いえ、悪いのは藍原たちです。自分はそのお言葉だけで十分です」

「平気だよ、処分とかはなくなるように、パパにお願いするから」

「姫華様のためならこの身も惜しくありません」

「橙山くん……!」


 日向は無表情に、そのやり取りを見守っています。

 わたしの手を取ってこめかみに青筋を浮かべていた燐ちゃんは、背後の会話を聞いて丁寧にハンカチを巻きながら悍ましいものを見るような顔をしました。


「安っぽいラブロマンスね。吐き気がするわ」

「紫崎もそうだが、橙山は駄目だな。体よく利用されて捨てられるのがオチだぞ」

「自分から堕ちた頭の足りない男を助けるほど私は暇じゃないの」


 肩をすくめると、燐ちゃんはわたしに携帯を差し出しました。

 画面に表示されているのは、わたしが橙山くんに壁に押し付けられている写真です。


「どうする? 私としては然るべきところに訴えて何らかの罰を与えたいところだけど。何せ私の千里に、」

「わかったわかった、お前が千里の話を始めたら終わらないだろう。今は我慢しろ」


 燐ちゃんは無言で澪くんの脇腹を殴りました。

 いつものことだけど、やっぱり痛そうでした。

 突っ込んではいけないのだと悟ったのは、大分前のことです。


「千里、今回の被害者はあなたよ。だから千里が決めなさい。彼をどうするか」


 わたしは二人の雰囲気にあてられて腰を抜かしたのか、いつの間にか座り込んでいた橙山くんを見下ろしました。

 反省の色が見えない瞳を観察し、そうして燐ちゃんに向き直ります。


「執行猶予、でいいんじゃないかな。燐ちゃん、橙山くんに使う時間勿体ないでしょう?」


 へぇ、と澪くんが面白そうに笑いました。


「そこは気にしなくていいけど……本当にいいのね?」

「はい。初めてですし」


 次がないように気を付けてくれればいいです。

 多分無理だと思うけど。

 燐ちゃんはわかったわと頷いて、目にも留まらぬ速さで何やら携帯を操作し終えると、相も変わらず睨んでくる橙山くんの前にぶら下げました。


「バックアップを取ったわ。私の携帯を壊しても無駄。メモリーカード以外にもデータはある。今回は見逃してあげるけど、証拠は私が預かるから。次があったら覚悟することね。私はあなたみたいな男が嫌いなの」


 腕を組み橙山くんを睥睨して、燐ちゃんは言いました。


「本当に、『千里の優しさに感謝』しなさい」

「――まったくだ」



 しん、と沈黙が落ちました。


「藍原だけでなく俺も大体の事情は把握した。今回は黄橋の意向に従って見逃すが、次はないと思え」


 突然加わった低めの声に、一番最初に反応したのは紫崎さんでした。


「先生! どうしてここに来たんですかぁ?」

「黄橋が遅いから見にきたんだ」

「えぇ? でも黄橋さんは灰谷先生のところに行くところですよね?」

「灰谷に頼まれた」


 しなを作って擦り寄る彼女に眉一つ動かさずに答え、先生――黒須隼人先生はわたしを振り向きました。

 背の高いひとで、歳は確か二十六。精悍な顔立ちと魅惑的な声で女子生徒の間で大人気な先生です。


「腕は大丈夫か。助けに入ってやれなくてすまなかったな」

「い、いえ! 大丈夫です」

「そうか。でもその手ではノートは持てないだろう。橙山」


 黒須先生は澪くんが持っているノートの山を指差しました。


「お前が灰谷のところに持って行け」

「白塚が行けばいいじゃないですか。なんで俺が、」

「藍原と白塚には保健室に付き添ってもらう。第一、文句を言える立場だと思っているのか」

「俺は」

「さっさと行け」


 橙山くんは渋々といった調子で立ち上がると、澪くんからノートを奪い取って紫崎さんに一礼し、燐ちゃんを睨みつけて踵を返しました。


「ヒメのためにいろいろしてくれたから、明日デートしてあげるねぇ!」


 見送る紫崎さんはそんなこと言って手を振っています。

 今紫崎さんの意識は橙山くんと黒須先生に向いているはずです。

 わたしは後ろからそっと日向の制服の袖を引きました。

 振り向いた日向に、ずっとポケットに大切にしまってあった匂い袋を取り出します。


「わたし……じゃなくて、お母さんが作って、おばさんにって預かったの」


 すぐそこに紫崎さんがいるので、聞こえてもいいように。

 動かない日向の手を取って匂い袋を乗せて握らせます。

 まだおかしくなる前に交わした小さな約束。

 遅くなっちゃったけど、と囁けば、日向の瞳がほんの微か細められました。

 そこに変わらない日向を見付けて、わたしは嬉しくなるのです。


「……なんで千里嬉しそうなのかしら」

「日向が何か反応したんじゃないのか」

「わかった?」

「わかる訳がないだろ。わかるのは千里ぐらいだ」


 本当に久しぶりのことでした。

 目を見て話すのも、笑うのも。

 ややあって、日向が匂い袋に顔を近付けました。

 少しだけ頬に手が触れます。


(……、あれ?)


 違和感を覚えたその時、黒須先生に構ってもらうことを諦めたらしい紫崎さんの声がしました。


「日向くぅん、早く行こう?」

「ああ、……わかった」


 勘違いでなければ名残惜しげに手が抜かれます。

 中身をなくした両手を引き寄せて頬に当てて確認して、わたしは咄嗟に匂い袋ごとポケットに手を突っ込んだ日向の腕を掴みました。


「待って」

「ちさ……黄橋?」

「黄橋さん、まだ何かあるのぉ?」


 明らかに不機嫌な声も、今回は無視です。

 前に回り込んで額に触れた手が、今度こそ確かな違和感を訴え。



「熱があるでしょう、日向」



 虚をつかれたように、日向は目を瞠りました。

 何か言いかけた紫崎さんを、燐ちゃんが一瞥して黙らせます。


「いつから? 朝はおかしくなかったから、……昼?」


 そういえば昼休みは珍しく一人でいる日向を見かけました。

 それに今日の体育は水泳だったはずです。まさか具合が悪いのに入ったのだとしたら。

 あぁどうしてもっと早く気付けなかったんだろう。

 ふいに、掴んだ腕から力が抜けました。


「日向!?」


 慌てて倒れる日向を受け止めましたが、受け止めきれず足がもつれます。

 誰かの腕が伸びて後ろから支えてもらって、ようやくわたしは息を吐きました。


「紫崎、お前気付かなかったのかよ?」

「あれだけくっついていたのにね」

「だって日向くん何も言ってくれなかったもん!」


 向こうで生徒三人の声がするから、支えてくれているのは先生です。


「白塚、そっちはいいから手伝え」


 体勢を崩しているわたしと日向と二人を支えて大きくは動けないのでしょうか。

 澪くんは足速にやってくると日向を引きはがしておぶってくれました。

 日向を追うように見上げたわたしに、澪くんは安心させるように笑いました。


「多分過労だ、心配しなくていい。――燐、紫崎は放っておいて行くぞ」

「わかったわ。黒須先生付き添いお願いできますか?」

「あぁ。紫崎、お前は早く帰れ」


 燐ちゃんも澪くんも先生も、皆紫崎さんから離れてわたしと日向の方に集まります。

 紫崎さんは半ば呆然とそれを見詰め、慌てたように駆け寄ってきました。


「私も保健室に行く。日向くんが心配だもん」

「付き添いは十分だ。紅嶋の付き添いに白塚、黄橋の付き添いに藍原。これ以上行っても邪魔なだけだ」


 先生に素気なく断られ、紫崎さんは癇癪を起こしたみたいに両手を振り下ろします。

 怒っている、や、憎んでいる、というよりも、むしろ理解できないというような顔。


「どうして! どうしてヒメを選ばないのぉ? どうしてそんな目で見るの、紫崎姫華(わたし)を!」


 言っている意味がよくわかりません。

 それでも、わたしだって言いたいことくらいはありました。

 燐ちゃんに庇ってもらうんじゃなくて、わたしが、紫崎さんに、真っ向から。


「それは、紫崎さんが自分勝手だからだと思います」


 ぴたりと動きを止める紫崎さん。

 でもそうだよね?

 あれも欲しい、これも欲しいって手を伸ばして、無理矢理手に入れて使うだけ。


「わたしは臆病で、弱くて、……でも何もかも自分の思い通りになるなんて思ったことはないです」


 わたしだけじゃない。誰だってきっとそう。

 紫崎さんは苛立たしげにわたしを睨みつけました。


「だって、私が選ばれるのはこの世界の真理なんだもん。私が一番、皆を愛してあげられる」

「うわぁ……」


 燐ちゃんが、いかにもうっかりという風に呟いて、両腕をさすりました。

 わたしもさすがに、あぁ可哀相なひとなんだな、って生暖かい目をしたいです。

 だって紫崎さんの「愛」は外から見たら、



「『自分を好きなひと』を愛してるだけで、日向を好きな訳じゃないのに」



 口をついて出ていた、と気付いた時のは、燐ちゃんと澪くんがわたしを見てにやりと笑ったからでした。


「……何おかしなことを言ってるのぉ? わかった風な口利かないでほしいなぁ」


 あぁやっちゃった、と思ったのは内緒。

 ほんの少しだけ変わった顔付きが驚くほど怖くて身をすくませかけたけど、一度だけ真っ正面から見たことがある燐ちゃんの絶対零度の視線を思い浮かべて背筋を伸ばしました。


(あれに比べれば怖くない……)


 他の何で劣ろうと、日向のことだけは譲りたくないのですから。




「――まったく、一体何の騒ぎですか」


 新しい声が響いたのは、緊張が極限まで高まったそんな時でした。




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