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Color  作者: 宵月氷雨
青の憂鬱
3/19

前編

短編の連載ver.です。

内容はほとんど変わりません。



 ボクの従妹は頼もしい。

 文武両道、頭脳明晰、眉目秀麗。頼もしすぎて男より女にモテるのが欠点。

 確かにちょっと性格が悪……歪ん……素直じゃない、けど、他の誰が否定してもボクが保証するよ。

 彼女は素敵なひとだ。

 こんなボクのところにも、暇を見付けては見舞いに来てくれるんだからね。












 自己紹介をしよう。

 ボクの名前は青柳(あおやぎ)瑠依(るい)

 青柳は藍原と親戚で――あ、藍原(あいはら)(りん)っていうのが従姉妹の名前なんだけど――藍原、ましてや紫崎ほどじゃないけどそれなりに大きなグループを牽引している。

 ボクはその青柳の長女ってワケ。年は燐の二つ上。

 とは言えボクは学校には通っていない。

 生れつき心臓が悪くてね、基本的には病院が家なんだ。

 お父さんの嘆きようは凄かったらしいよ。ボクは小さくて覚えてないんだけど。今はお父さんと会うのなんて一年に一回あるかないかだし。

 何せ最初の子供だからねぇ、跡を継がせられないんじゃ、そりゃ邪魔にもなるよね。

 しかも入院費ばっかり食う役立たず。

 お母さんは一応心配はしてくれるけど、五つ下の弟がいればいいんじゃないかな。所詮義理だよ、義理。

 家族の愛? 何それおいしいの? ってくらいには冷めた家族かな。心配も同情もいらないよ、悲しくないからね。


 というワケで、特に弟が生まれてからは両親が見舞いに来る回数は極端に減った。来てもらっても困るけど、ここまであからさまにやるのも頭悪いよね、と思ったのは余談。

 むしろ今は医者とか看護師とかと仲良し。ここ藍原系列の病院だから、いいひとが揃ってるんだよね。さすが(みなと)さん、大学生で社長に収まるだけある。どんな化け物だよ、と今話題らしいって看護師が誇らしげだった。

 燐は湊さんの妹で、彼女も笑えるくらい有能だ。

 その、ボクの数少ない友人である燐が、今から見舞いに来てくれる。

 病院のベッドから動けないボクの楽しみは燐が話す外の出来事を聞くことだからね。

 でも今日はちょっと心配。

 卒業入学シーズンで燐は忙しかったから一ヶ月くらい会ってなかったけど、昔からの懸念がもし当たっていたら、きっと燐の学校生活は平穏にはいかないから。


 もし、もし『紫崎姫華』という少女が転入してきていたら、ね。












「瑠依ー? 入るわよ」

「いらっしゃい」


 普段は知らないけど、病室(ここ)に来る時燐は服装を意識して明るい色にしている。

 だからカーテンの向こうから現れた彼女を見た時、思わず絶句してしまった。

 白いシャツに黒のジャケット、暗い色合いのジーンズ、藍色のネクタイ。

 固まったボクに気付いて、燐は苦笑いを浮かべた。


「ごめんね。今ちょっと学校でいろいろあって、パステルカラーの気分じゃなかったのよ」

「ボクは気にしないけど、何があったの? 随分疲れてるように見える」

「さすが瑠依ね、一発でバレるとは。とりあえず、はいこれお土産」


 渡されたケーキの箱を開けると、大人気で開店から二十分で売り切れるというフルーツタルトが入っていた。


「ありがとう、並んだでしょ?」

「それはもう」

「今のはそうでもないよーって言うとこじゃないの?」

「瑠依相手に取り繕ってどうするのよ」


 勝手知ったるとばかりに皿とフォークを出してきて、タルトを一つずつ乗せる。

 どうぞと出されたので遠慮なく口に運んだ。


「――おいしい」

「あらほんとね」


 甘すぎず、フルーツの爽やかな酸味がクリームの甘さをうまく引き立てている。クッキー生地もサクサクしていて文句なしだ。


「ここ数日の疲れが取れる気がするわ」

「いったい何があったのさ? 燐をそこまで疲れさせるなんて」


 湊さんには及ばないまでも超人といって過言でない、燐を。

 軽い気持ちで訊いたのに、燐は殊の外重い溜息をついて、フォークを置いた。


「そもそも中学卒業式の三日前から話さなきゃいけないのだけど」


 迷惑な転入生がいて、そいつに千里を泣かされたのだと、燐は言った。


「見た目はいいわ。見た目だけはね。千里には遠く及ばないけど」


 ちぃちゃんのことはボクも知ってる。燐が惚れ込むのも納得できる優しいいい子だ。

 それはいい。別に今はどうでもいい。

 ボクはただ、燐が語った学校での出来事に衝撃を受けただけなんだ。

 だって、それはまるで、


「Colorそっくりじゃないか……」


 こんな見事に懸念が当たらなくても、いいと思うんだ。


「瑠依、何か言った?」

「ううん、何でもない」


 心配そうな燐に笑いかける。

 悟られちゃいけない。これは、この記憶は燐には必要ないものだ。


「それよりその、紫崎姫華だっけ、どうしたの? 燐が野放しにするとは思えない」

「澪に好意があるフリをさせてるわ。もうすぐフラせるつもり」


 とりあえず一回痛い目を見ればいいのよ、と燐は綺麗に笑う。

 それでも確か、藍原燐は失敗するはずだ。白塚澪の裏切りにあって。

 ボクは燐が傷付くのは見たくなかった。だけど忠告もできなかった。

 だから笑い返して、「頑張ってね」と言うに留めたんだ。

 次に来る時、燐は泣いてるかもしれない。

 そう思ったら、ひどく胸が痛んだんだけど。












「紫崎姫華は来年には転校させようと思って手を回してるよ。どうかした?」


 燐が来た三日後、久々に顔を見せた湊さんは紫崎のことを尋ねたボクにそう答えた。

 相変わらず燐とよく似た綺麗な笑顔で、いや燐が湊さんに似てるのかな?


「来年? 湊さんならすぐにでも転校させられそうなのに」

「まぁムラサキを一部解体していいならできるけど、世界のパワーバランスが崩れちゃうからね。あそこの会長は潰すにはちょっともったいないし」


 驚いた。湊さんがそこまで言うひとは珍しい。

 でも確かに紫崎姫華の父親は社長だった。会長は出てこなかったのかな、確か。


 それにしても見事にボクの知る流れから外れていくなぁ。藍原はトップが倒れてからは業績が転落するはずだったし、藍原燐は両親を亡くし兄の八つ当たり気味の溺愛で歪んじゃうはずだったし、藍原湊に至っては紫崎に仁義を持って潰されるはずだったし。紫崎は横暴な藍原を潰して吸収した救世主みたいな立場だった気がする。

 藍原燐は家でも学校でも居場所がなくて白塚澪が唯一のよりどころなんだけど、彼にも裏切られちゃって絶望して、そこを紫崎姫華に救われるんだっけかな。


 実際の彼女を知ってると笑えるくらい有り得ない筋書だよね。話に聞く頭のネジが緩んだ阿呆が燐を救う? 無理に決まってる。

 黄橋千里と紅嶋日向については……まぁいいや。


「何より燐が殺る気だからね。一年くらいはいるかなと思って」

「やる、の字が違いません?」

「気のせいだよ」


 にこやかな微笑みでボクを黙らせて、腕時計を確認した湊さんは優雅に立ち上がった。何をやっても様になる男だ。


「それにしても、あんな女のどこに惹かれるんだろうね。私には理解できないが」



 補正かかってるからじゃないですか。


「………、んー、美少女だからじゃないですか」


 喉元まで出かかった台詞を飲み込んで、そう答える。

 あの燐が、付いたのは「遠く及ばない」とはいえちぃちゃんを引き合いに出したんだから、実際かなりの美少女と見ていい。ことちぃちゃんに関しては偏り過ぎた天秤の持ち主だから、燐は。


「そうかい? 写真は見たけど燐の方が可愛いと思うよ」

「そもそもタイプが違いますよ、燐と紫崎姫華は」


 そういえば湊さんも燐に偏った天秤をお持ちでした、はい。燐を綺麗ではなく可愛いと評すのは湊さんくらいだ。

 多分同レベルくらい、もしくは男受けの点で考えると紫崎姫華の方が大分上だろう。燐はどちらかと言うと女受けする容姿だし。

 ははは、と軽い笑い声を立てて、カーテンに手をかけた湊さんは、




「ところで君は何を知っているの?」




 のんびりとした口調でそう言った。

 背筋がひやりと冷たくなる。


(参ったな、燐にもバレてないのに……)


 振り向いてない湊さんにそれでも笑顔を向けて、いつも通りの声で答える。


「ボクが知ってることなんて病院のことくらいなのは、湊さんも知ってるでしょ」

「シラを切るのかい?」

「だーかーら、何のことですかってば」

「……まぁいい、質問を変えようか。君の一番は、誰?」


 なんだそんなこと、とボクは笑う。

 くすりと漏れた笑声に、湊さんの背中から威圧感が消えた。


「ボクの一番は燐ですよ。あの時からずっと、ね」


 あまりにも当たり前過ぎて、改めて考えることもないけれど。

 だからボクは、燐の不利益になるようなことは絶対にしない。


「心配する必要はないですよ、湊さん」


 湊さんはふっと笑うと、また来ると言い置いて帰っていった。

 ボクは足音が聞こえなくなるのを確認して、さらに一分待って、心の底から叫んだ。


「――このシスコンがっ!!」


 知ってたけど。本当は湊さんに会う前から知ってたけど。


 この世界(ゲーム)のことを、ボクは知ってたけど。


 ベッドから離れられないボクは、巻き込まれフラグすら立たない本物の傍観者。

 精々がアドバイザーのボクに、神さまは何を望んだんだろう?

 こんないらない前世の記憶(もの)を押し付けた神さまが、

 ――――ボクは大嫌いだ。




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