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Color  作者: 宵月氷雨
藍の報復
2/19

後編

短編の連載ver.です。

内容はほとんど変わりません。


「起立ー、礼」

「さよならー」


 日直の号令で授業が終わる。


「ちょっと手伝え」


 クラス全員分の提出物を運ぶのは無理だと判断したのか、先生は出席番号一番の私に助力を願った。

 半分引き受けて一緒に教室を出ると、先生は意味ありげににやりと笑った。


「面白いノートを見ていたな」

「何のことですか」

「もちろん、紫色のノートのことさ」


 私は最近紫を周りから排除している。理由は単純、ウザいから。

 つまり紫色のノートは持っていない。


「実に面白い。私も混ぜてくれないか?」


 八割方予想していた台詞に、私はにっこり笑って頷いた。


「いいですよ。教師に協力者がいるのはありがたいですし。先生からは同じ匂いがするんですよね」

「奇遇だな。私もそう思っていた」


 くつくつと喉の奥で笑って、化学準備室に荷物を運び終えた私を呼び止め、先生は私の耳元で一言囁いた。


「なかなか耳寄りな情報だろう?」

「はい。使い道がありそうです」


『あいつが落とせない教師がいるぞ』


 実に小物の無駄な自尊心を刺激出来そうな情報だ。

 先生には感謝しないといけないな、と思いつつ、私はどう利用すればいいか考えを巡らせた。












 告白と言えば夕日の差す教室で、とでも考えているのだろうか、あのオヒメサマは。

 先生の協力を取り付けてから数日後、私は教室で人を待ちながら昨日のことを思い返していた。

 帰宅してすぐ兄に伴われ、訪れた先はムラサキグループ。

 何かから隠すように通された部屋で待ち構えていた会長は、兄の言う通り出来た人物だった。

 彼が言うには、ムラサキグループを立ち上げる時に社長からは多額の寄付を受けており、今もまだ経費のいくらかは彼の手によるものなので切るに切れないらしい。

 もっともそのお金も彼の祖父母の遺産であるらしいのだが。

 義弟と姪がすみません、と会長は言った。社長とは血が半分繋がっているのだとか。


『つまり経費の問題がなくなれば社長を切れる訳ですね?』

『すぐには無理でしょうが、いい加減私も彼らにはうんざりしているんですよ』

『お金はウチが何とかしましょう。貴社とは是非友好的にやっていきたいと思っていたんです。ばれないようにゆっくりと、彼の権力を削っていけばいい』


 それから兄はあっという間に難しい商談をまとめあげ、会長の協力までも勝ち取ってしまったのだった。我が兄ながら恐ろしい。

 どうやら会長の息子も私と同じ学校に通っているようで、それもネックだったらしい。

 その件に関しては私が引き受けた。相手が理事長だろうが何だろうが、守り抜ける自信はある。

 これで準備は整った。

 あとはそう、彼を落とすだけ。


「あぁ、いた。いったい俺に何の用かな」

「いらっしゃい、待ってたわ白塚くん」


 やってきた白塚澪を笑顔で出迎え、私は時計を確認する。

 彼が紫崎姫華を呼び出した時刻の十分前。

 さぁふざけた茶番劇を始めよう――


「というかいい加減、その演技やめない? 鳥肌が立つんだけど」

「安心して、俺もだから」


 ――いや、終わらせようか。












「澪くん、私に用事ってなぁに?」


 時間ぴったりに入ってきた紫崎姫華は、窓辺に座る白塚澪に頬を綻ばせた。

 どこか遠くを見るように窓の外を向いていた端正な顔が紫崎の方を向く。

 たん、と飛び降りて、白塚は優しい笑みを浮かべた。


「来てくれてありがとう。でも今日呼んだのは俺が用があるからじゃないんだ」

「? どういうこと?」

「最近、君の様子が変なのが気になって。何か言いたいことがあるんじゃないかな」


 優しい声で甘い瞳で、彼は言う。

 紫崎はぱっと頬を染めると、甘えるように白塚に擦り寄った。


「澪くんってば、私のことは何でもわかるのね」

「何でもじゃないけど、大抵はね」

「ふふ。じゃあ私が言いたいことも、ほんとはわかってるの?」

「さぁ。それはわからないよ」


 君が教えてくれなきゃね、と片目をつぶる白塚。


「さぁ教えて? 君は何を言いたいのかな?」

「うん、あのね」


 手を後ろに組み恥じらうように身を縮めて、紫崎は言った。


「私、澪くんが好きなんだ」


 上目遣いに白塚を見上げ、何かを期待するような余韻を残す。

 白塚は心得ているように頷き、優しく微笑んで、




「そうか。俺は君が嫌いだよ、紫崎」




 そんなことを、言った。


「え、……澪くん?」


 よくわからない、という顔で白塚に手を伸ばす紫崎。

 やはり優しく微笑んだままで、白塚は紫崎の手をぱしっと払った。


「触らないでくれるかな。もう限界なんだよね、俺」

「何、言ってるの……?」

「二度も言わせたいの?」

「え、だって、澪くんは優しくて」

「勘違いだよ、君のね。……ところで名前で呼ばないでくれるかな?」

「どうしてぇ? 私はこんなに好きなのに……っ」

「君が好きでも相手が好きだとは限らない。そんな単純なこともわからないの?」

「だって、そんなこと一回もなかった……」

「というか笑わせないでよね。何人も男侍らせておいて『澪くんが好き』? これほど信じられない言葉にお目にかかったのは初めてだよ」

「私はお姫様だから、仕方ないの。好きだと言ってくれるひとを拒絶するなんてできないもん。皆が私を愛してくれるように、私は皆を愛してるんだよ。誰も困らないし、誰も悲しまないでしょ?」

「――だから俺は君が嫌いなんだよ」

「! 澪く」


「澪ー、終わった?」


 がらっと教室の扉が音を立てる。

 びくっと振り向いた紫崎をスルーして、話を中断した張本人たる少女はひらひらと白塚澪に手を振った。


「待たせて悪かったな。話自体はもう終わっている。紫崎に付き合ってただけだ」

「じゃあ一緒に帰りましょう。夕飯食べるでしょう?」

「あぁ、そうさせてもらう」


 白塚澪は本当に興味がなさそうに紫崎の横をすり抜ける。

 連れ立って出ていこうとした二人の背に、ひどく混乱した声が追い縋った。


「ま、待って、そのひとは……それに喋り方、変だよ澪くん」

「彼女は俺の大切なひとだ」

「澪くん!」


 白塚は振り返らなかった。

 代わりに足を止めたのは少女。


「全然変じゃないわ。澪の素はこっちよ。所詮あなたが好きになったのは澪の外面ということね」


 それじゃあご機嫌よう、と微笑んで教室を出た少女は、「お父様に言い付けてやるんだから」という声を無視してドアを閉めてからもしばらく黙って歩き続け、ややあってほぅと息を吐いて隣を見上げる。


「澪、お疲れ。必要だったとはいえあんな女と一緒にいさせて悪かったわね」


 少女改め私は、三人目の幼馴染みに向けてにっこり笑った。












 翌日、登校した私は先生がうまいこと例の教師をそそのかして教室に行かせ、澪との会話を聞かせたことを知った。その後紫崎を追い出すのも彼に任せたという。頼りになる共犯者だ。

 澪も一応頼んだことはやってくれたし、とりあえず成功と言えるだろう。

 どうして千里を守れなかったと問い詰めたいのは山々だったが、どうもまだ学年の半分しか(・・)紫崎の毒牙にかかっていないのは彼のおかげらしかったのでやめておいた。

 それに幼稚舎から千里と日向と澪と私と四人で仲が良いとはいえどちらかと言うと日向に近い彼のことだから、千里のケアまでは手が回らなかったのだろう。

 さすがの私だって日向が苦労しただろうことくらいはわかっているのだ。殴らずにいられるかと言われればそれは別問題だが。


 昨日の帰り道、私を覗きこんできた澪はここ一ヶ月浮かべていた気色悪い爽やかな笑顔ではなく、いつも通りの人を食ったような笑みを浮かべていた。

 そのことに妙に安堵しながら、澪の顔を押し退けた。


『何よ』

『見事に任務遂行した俺に褒美はないのか?』


 が、澪はあっさり私の手を避けると額をくっつけてにやりと笑う。

 拍子に息が唇にかかって、私は慌てず騒がず澪の頭を殴り飛ばした。


『痛いな。それが協力者に対する態度か?』

『だから夕飯作ってあげるって言ってるじゃない。他に何か欲しいものでもあった?』

『そうだな……お前のキスとか?』

『ばーか、そんなんだから彼女ができないのよ。見た目はいいのにね』

『……半分はお前のせいだと思うがな』

『何か言った?』

『いや、何も。ほら行くぞ。夕飯でいいからハンバーグにしろ』

『何でそう偉そうなのかしら? まぁいいけど。でも澪がハンバーグって似合わないわよね、子供っぽい』

『うるさい。自覚はあるんだ』

『はいはい、腕によりをかけて作ってあげるから楽しみにしてなさい』


 ……まあ澪も楽しそうだったし、これからもこき使うことにしよう。

 ふいに。



「名前、何て言うのぉ?」



 朝の教室、取り巻き数人を引き連れて、紫崎姫華が私の前に立った。

 人目があるのでにこにこしているが、恨みは隠し切れていない。

 おそらくお父様に言い付けたのに結果が芳しくなかったのだろう。その辺は会長がうまくやってくれている、と昨日兄から聞いた。

 紫崎の目を真っ向から見返して、わざと口許に嘲笑を刻む。


「名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だと思うけど?」

「貴様、姫華様に対して無礼な……っ!」

「ありがとう、橙山くん。でも大丈夫よ」


 姫華様だって、姫華様。

 目の前で安っぽいラブロマンスを展開している二人を呆れと共に見遣る。

 示威行為なのはわかりきっていた。こんなものを見せられても、馬鹿じゃないのくらいの感想しか持たないが。


「ひどいよぉ。私まだ澪くんと話があったのに」

「ごめんね、澪と帰る約束してたから。それに澪が私を選んだのよ?」


 薄い笑みを刷いて言ってやると、紫崎の顔が一瞬歪んだ。

 すぐに笑顔に戻って、彼女は言う。


「私に逆らわない方が身のためだよぉ。一応、忠告してあげるね」

「ありがとう、紫崎さん」


 にっこり笑い返して紫崎を追い払う。

 席についた私はあのノートを引っ張り出して次の案を考え始めた。




 え、何? 最後に締めの一言? そうね。

 私たちの報復はまだ始まったばかりだ!

 ……なーんてね。今回はちょっとぬるかったかしら?




〇主人公

 とうとう名前が出なかった。千里大好きなちょっと痛いひと。

 口癖は「千里可愛い!」

 基本美人だけど諸々の事情で近寄りがたく敬遠されている。

 最近たまに「お姉さま」と呼ばれるのが不思議。私に妹はいない。



〇黄橋千里

 クラスの人気者。主人公の親友。

 可愛くて優しくて文句なしの女の子。

 優しすぎるのが欠点だとは主人公談。



〇紅嶋日向

 影が薄すぎたクラスの人気者。主人公の幼馴染み。

 かっこいいと評判。でも千里一筋。

 今は千里を傷つけたことに傷ついて家に引きこもってる……かな?



〇白塚澪

 主人公の悪友。ひそかにかっこいいと人気。

 四人の中で一番外から物事を見ている。

 興味がないものはあっさり切り捨てられる。



〇紫崎姫華

 勘違い系逆ハー女。

 蝶よ花よと育てられた美少女。お姫様。

 いい男に傅かれないと嫌。というか男は皆私を好きになればいいわ。

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