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Color  作者: 宵月氷雨
銀の逆鱗
15/19

前編

しばらく紫ゾーンが続きます。燐、頑張れ!



 様子がおかしい。

 俺と燐は校門をくぐってすぐに、同時に眉をひそめた。


「今日に限って……! まずいわよ、冬夜。澪を先に行かせたのは間違いだったかもしれないわ」


 俺の腕につかまって、少し足を引きずりながら歩く燐が、表向きすぐに取り繕った微笑で、前を向いたままそう囁く。


 いつも燐と一緒に登校している澪だけど、昨日の今日で気が立っていたのか、あちこちに治療の跡が残ったまま(つまりガーゼだったり包帯だったり)の燐を見て顔を歪めると、先生に報告して生徒を落ち着かせておく、と先に行ってしまった。

 燐は、こればっかりは仕方ないという顔で後ろ姿を見送っていた。

 今追い掛けても、無論その場合は俺が抱えて走ることになるんだけど、逆効果だとわかっていたんだろう。


 澪は自身を冷たいと思ってるけど、確かに冷たい人間だけど、一度懐に入れた相手に対しては違う。

 そういった部分はどちらかと言うと俺と燐の方が似ていて、澪は少し異質だ。

 俺たちは基本的に、感情より理性が先に立つ。時として冷酷なまでに。


 だから割り切った考え方が得意だ。昨日の燐みたいに自分が怪我をするのが最善だと弾き出せば、迷いなく身を投げるくらいには。

 端から見れば、人でなし、という言葉は、そういう時の俺たちに多分ぴったりなんだろう。

 必要なら躊躇いなく人を傷付けられるという点で、そもそも綺麗な人間ではないんだから。


「湊に無理言ってでも車を出してもらうべきだったかしら……」


 何かがおかしい、つまり既に何かが起こった後。

 普段俺たち三人はかなり早めに登校しているけど、今日は同じ時間に出ても同じ時間には着けなかった。

 そもそも怪我をしてるのに当たり前のように電車登校を選ぶ燐も燐だけど。


「君や俺がいたからといって防げたかはわからないよ。とにかく状況を確認しよう」


 割り切っているようで、普段は意外と広く手を広げたがる燐を窘める。

 とりあえず茶山さんかな、と情報源を思い浮かべたところで、耳に障る高い声が聞こえた。必要なさそうだ。


 ちなみに茶山さんは何故か俺のことは嫌悪していない。澪にだけああなのは、同い年だからかな?

 次いで見えたのは靴箱の近くに出来た人だかりで、その大半が男子だった時点で俺は大体の予想がついてしまった。


「みんなおはよ~っ! これ、ヒメが作ったクッキーだから、よかったら食べてね!」


 うんざりした顔で首を振った燐も、多分。


「ねぇ燐、あの子の辞書に常識って文字を刻むにはどうしたらいいと思う?」

「どうしようもないと思うわ。あの子の辞書には常識が載ってないんじゃないもの。ただ致命的に間違った意味が書いてあるだけよ」


 皮肉げに口端を吊り上げた燐に、思わずなるほどと頷く。

 遅れて、学校内では冬夜先輩と呼ぶようにしてる燐にしては珍しいことに気付く。案外動揺してるのかもしれない。

 自然立ち止まっていた俺たちの前を、頬を紅潮させた男子二人組が通る。


「紫崎の手作りだってよ」

「食べてみようぜ」


 紫崎と呼ぶ辺りまだ落ちきってない生徒かもしれない。

 袋を開けて取り出したクッキーを口に放り込む二人。


「燐、俺ちょっともらってくるからここで待ってて」

「ちょ、冬夜!」


 慌てたような声をスルーして、人混みの中に割り込む。

 やっぱり実物があった方がいいからね。


「あ、冬夜先輩!」

「名前で呼ばないでね。それより、何の騒ぎかな?」


 よく考えると俺は紫崎に一度たりと名乗られたことがない。

 そんな女に名前で呼ばれると思うと鳥肌が立つ。


「そんなこと言わないでぇ、ヒメのことも名前で呼んでくださいね」

「あんまり騒ぎになると生徒会としては見過ごせないから、自重してね?紫崎さん」

「あ、先輩待ってください! これっ」


 すっと背を向ければ、狙い通り袋を押し付けられる。

 怪訝な顔を作って、これは? と訊くと、紫崎は得意げに笑った。可愛くない。


「ヒメが愛を込めて作ったんですよぉ!」

「そう。それで、俺はこれをどうしたらいいのかな?」

「先輩のために作ったんです……もらってください!」


 これだけばらまいといて俺のためとか、相変わらずシアワセな頭だね。

 ……どうしよう、そろそろ被った猫が一匹くらい剥がれそうだ。


「もらえばいいなら、もらっておくよ。ありがとう」

「いえそんなっ! 良かったら感想聞かせてくださいね」


 上目遣いで頬を染める紫崎に吐き気すら感じて、俺はさっさと踵を返した。

 常時複数匹の猫を装備してるとは言え、優しく人当たりがいい先輩を保つのは結構大変だ。特に紫崎みたいな人種が相手だと。


「ただいま、燐。見る?」


 言われた通り動いていなかった燐の前に袋をぶら下げる。

 ぴくりと肩が揺れた。

 ……様子がおかしい。


「燐?」


 そろりと首が回って、探るような瞳が俺を見上げる。

 同じ上目遣いでもこんなに違うものか、と新鮮な気分になったのは余談。


「冬夜……食べてない?」

「何を?」

「クッキーよ。食べてないわね?」


 酷く大事なことを確認するような、ゆっくりとした問い掛け。

 意図がわからないまま頷くと、安堵に少しだけ頬を緩めた燐はつとある場所を指差した。

 その指の先にいたのは、さっきの男子二人組。


「姫華様……おいしいです」

「さすが姫華ちゃん」


 たった数分の間に、何が?

 呼び方も、雰囲気も。

 何より目が、おかしかった。

 とろんとした、どこか焦点が合っていないような。


「クッキーを食べてすぐああなったわ。……試しにとか言って食べちゃ絶対に駄目よ。

 あなたまで失う訳にはいかないわ」


 はっとして燐に視線を戻す。

 その手に携帯が握られているのを見て、俺は最悪の事態を悟った。

 息を呑む俺に頷き、燐は淡々と告げる。


「茶山から連絡が来たわ。……澪は間に合わなかったみたい」


 俺はぐしゃりとクッキーを握り潰した。






















 白塚澪と白銀冬夜、という名前を見ると、親戚? と訊かれることがある。

 色付きの家は同じ色が入っていると親戚関係にあることが多いからだ。

 実際白塚とは何代も遡れば血の繋がりがあるらしいけど、俺は燐を通して顔を合わせるまで会ったことなかったし、澪も俺のことは別に知らなかったという。

 俺はあくまでも銀だから、仕方ないけどね。


 色付きの家はいくつもあるけど、その中で特に力のある七家は霓家と呼ばれていて、赤星、橙山、黄橋、緑井、青柳、藍原、紫宮のことを言う。

 ちなみに千里ちゃんは黄橋だけど本家ではないよ。この学校に本家の子供がいないのは、青柳だけだから、もう一人黄橋がいるはずだ。


 何が言いたいかと言うと、霓家直系の子供が在籍していて、それも男だったりした場合、この国の未来が非常にヤバいんじゃないかっていうことなんだけど。


「ビンゴよ冬夜。藍原の私と赤星の雛乃以外の四家は皆男。赤星は三年に雛乃の兄がいるから実質五人ね。全員が跡取りって訳ではないけど」


 教室には行かずに生徒会室に直行した俺たちは、荷物を投げ出して猛スピードで携帯を操作していた。

 持ち得る限りの信頼できるソースを引っ張ってきて現状の把握に努める。

 メールで次々ともたらされる内容は一つも安心できるものがなくて、想像以上に悪い事態に眉をひそめるしかない。

 携帯を置いて溜息をつくと同時、ばんと扉が開け放たれた。


「お姉様、白銀先輩!」


 飛び込んで来たのは茶山さんともう一人……烏羽雅さん。俺の隣のクラスの子だ。


「よく来たわね。報告を」

「学校中の男子がおかしなことになっていますわ! もうしっちゃかめっちゃかです」

「原因ははっきりしてるよ。あのクッキーだ。クッキーを食べた瞬間、目から意志が消えるんだよ」


 漆黒の瞳に強い意志を宿した、どことなく雰囲気が燐に似た少女だ。


「気付いてからはさりげなく食べないように言ったけど、聞いてくれた人数はごくわずかだったし」

「幸い今日三年生は模試で休みですから被害はありませんけど、一年二年はほぼ全滅だと思った方がよろしいかもしれませんわ」

「特に二年は駄目だと思う」


 烏羽さんは悔しそうに顔を歪めた。


「一年は、女子が早めに気付いたんだ。だから食べるなって制止が間に合った子もいる。けど二年は……」

「やはりお姉様も紫崎もいる学年ですから、こういうことには敏感なのですわ。二年生が気付かなかったのは仕方ありません」


 唇を噛み締める烏羽さんを見かねて茶山さんがそう言い募る。

 確かにそうだ。同じく二年の俺だって歯痒い思いをしてる。

 二年は圧倒的に、危機感が薄いんだ。


「雅先輩、冬夜も。わかってるわ」


 とん、とシャーペンの先を机に突き立てて、燐はにこりと微笑んだ。


 こんな時だって燐は、絶対に崩れたりしない。

 燐が立っていれば、俺たちにはまだ希望があると思える。

 だけどたった一人で全てを背負い込む燐は、たった一人で立ち続ける燐は、――どれだけの重圧と戦っているんだろう。


「まさか惚れ薬なるものが実在するなんて思ってなかったわ」


 どうしようかしらねぇ、とのんびりとうそぶく燐の目は、冷え冷えとした光を宿していた。


「とりあえず、落ちた生徒の中で彼女がいた人を十五人見繕ってちょうだい」






















「おいいきなり呼び出して何なんだよ」

「俺は姫のところに行きたいんだけど」

「てか何で藍原が?」

「もう帰っていい?」


 放課後。

 生徒会権限を濫用して空き教室を一つ押さえた燐は、茶山さんたちに集めてもらった十五人の男子を前に婉然と微笑んだ。


「黙りなさい愚か者」


 ざわついていた教室がぴたりと静まり返る。

 やがて驚愕が怒りに変わるそのタイミングで、燐は優雅に手を差し延べた。


「私は用があって貴方たちを呼んだの。別に取って食ったりしないわ。落ち着いてお茶でも飲んだらいかが?」


 そう言い、自分もカップに口を付ける。

 紅茶の準備なんかが教室でできちゃうのは、さすがは良家の子供が集まる学校といったところかな。


 この教室にいるのは十五人の男子の他には燐と俺の二人。

 茶山さんたちには隣の教室で十五人の女子と一緒に待機してもらってる。


 そう、恋人たちだよ。

 彼女たちには「お試し」に付き合ってもらったんだ。

 俺がもらったクッキーを調べてみたら、面白いものが検出されたからね。

 ただ効果はあるかわからないから、別室で待機してもらってる。


 彼女たちは、意外と平静だった。もっと取り乱すかと思ったのに。

 皮肉なことに澪が落ちたことが良かったらしい。

 あの澪くんが落ちたなら仕方ないかな、と思ったと口を揃えた彼女たち。

 曖昧に笑った燐は、やっぱりわかっているのかもしれないけど。

 澪の気持ちも、あるいは俺の想いも。


『わたし、つまらない男はきらいなの』

『それにわたしのりそうはミナトよ。あなたじゃはなしにならないわ』


 帰ってくださいなと微笑んだあの時から、君は俺の唯一だよ。

 澪なんかより俺の方がほんとはずっと捻くれてるんだ。

 みんな知らないけど燐、君だけは最初からわかっていたね。

 後に聞いたら本気で言ってたらしくて少し落ち込んだのは秘密だ。昔だってそこまで悪物件じゃなかったと思うんだけどな、俺。

 ちょっとぼんやりしてたみたいで、燐の一瞥が冷たかった。大丈夫だよとにっこり笑って頷いておく。


「どうしたの? 出されたお茶も飲めないのかしら? そんな男に惚れられて紫崎さんもかわいそうね」


 安い挑発だって、優雅にカップを傾ける燐が口にすれば痛烈な皮肉だった。

 無言で差し出されたカップに恭しくお代わりを注ぐと、一斉に殺気立った男子たちが目の前のカップを乱暴に煽る。


 燐はそれとわからないくらいうっすらと微笑んだ。

 目論見は成功、あとは。

 一気に飲み干した彼らに何か変化があるかどうか。

 何故か誰も動かない静寂の中を辛抱強く待つ。

 やがて。


「―――――あ、れ……?」


 頭を押さえてそんな声を上げる男子生徒。

 成功を悟って、俺は燐と顔を見合わせて微笑んだ。




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