表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Color  作者: 宵月氷雨
茶の敬愛
11/19

後編


「歯ァ食いしばりなさい」


 時は過ぎて放課後、お姉様の家の前で。

 声を上げる間もなく、紅嶋日向が吹っ飛びました。

 頬を押さえてうずくまる彼のところへ白塚澪が歩いて行って、手を差し出します。

 引き上げてあげるのでしょうか。

 珍しく優しいんですのね、と思ったわたくしは不覚でしたわ。

 立ち上がった紅嶋日向の身体が、間髪入れずにくの字に折れましたから。

 お姉様も白塚澪も、一切容赦をなさいませんでしたわ。

 平手ではなく固く握り締めた手で、頬と腹に一発ずつ。無言で。


 くずおれた紅嶋日向を無造作に担ぎ上げた白塚澪の前に玄関の扉を開き、お姉様は入るように促しましたの。

 お姉様のお住まいは、大きくはないけれど品の良さの漂った一軒家でしたわ。

 白塚澪の後に続いて足を踏み入れて、わたくしは感動のあまり叫びかけたのを全力で堪えました。

 わたくしはアホ女と違って空気の読める子ですから。

 通されたリビングで床に下ろされた紅嶋日向は、黙って正座をするとお二人に向けて頭を下げました。土下座、ですわ。


「ごめん。……ふがいなくて、ごめん」


 静かな謝罪でした。

 誠意のこもった謝罪でした。

 けれどそれは多分、……意味のない謝罪でした。


「謝る相手は私や澪じゃないでしょう」


 一笑に付し、どうしてだかお姉様は携帯を取り出されました。

 白塚澪がそれを横目にこつんと額を小突きます。

 異様に似合わない仕種ですのねと思いましたけれど、さすがに沈黙を貫きましたわ。


「立てよ日向。燐はまだしも俺が殴ったことには怒ってもいいんだぞ」

「……そうだね。澪はどうして僕を殴ったの?」


 今度こそ差し延べられた手を取って、紅嶋日向はしっかりと立ち上がりました。

 純粋に疑問だ、という声音に、白塚澪は照れもせず平然と。



「お前が助けを求めなかったからだ」



 ……男が男に言う台詞じゃない、と思うのはわたくしだけですの?


「俺が自分から動くのは燐に関する時だけだ。俺の感性は他人と違うようだからな、他で自主的に動くと逆に迷惑だと昔学んだ」

「澪………」

「燐は俺が多少やらかしても何とでもできるし、俺も燐に関してはあまり間違えない」


 淡々と事実を並べる、これが白塚澪の突出したところですわ。どこまでも客観的な観察眼と明晰な理解力。受け売りですけど。


「だからあれでも俺は、お前が助けてと言うのを待ってたんだぞ? お前はやっぱり一人で何でも背負い込んだがな」


 わたくしには、白塚澪という人間があまりよくわかりません。

 なら助ければよかったのでは、と思いますもの。

 一見筋が通っているようで訳がわからない、まさに奴みたいな論理。

 そのくせいつだってお姉様の一番近くにいて……大嫌いですわ、あんな奴。

 ですが紅嶋日向はきちんと解したようで、黙って待つ白塚澪の腹にお返しとばかりに拳を叩き込みました。

 足を踏ん張って顔色一つ変えなかった白塚澪と、脱力したような紅嶋日向と。


「馬鹿、何も言わなくても助けてよ。澪がやることが迷惑な訳ないだろ」

「……さてな、わからないぞ」

「それにお前がいれば千里と僕の家族は大丈夫だろうと思ってた。……実際大丈夫だったじゃん。澪は動いてくれたよ」

「ばーか、俺を信用するのはいいが信頼はするな。燐のために動いた結果、そうなっただけだ」


 ……あれは仲直りでいいのでしょうか。そもそも喧嘩だったんですの?

 あの白塚澪にもお姉様以外に大事な人なんていましたのね。ただのものぐさかと……ごほん。

 とにかくあの二人は問題ありません。

 そうなれば俄然、気になるのはお姉様です。


「ところで澪、燐は何してるの?」

「何をしているか、か。……害虫駆除だな」


 妬ましいことに恐らく全てを知っている白塚澪の、意味深な台詞のその向こう。




「――ええ、そう。こそこそ付けてきた奴らは全員お帰り願ってちょうだい」


「反応は? 忘れ物を届けに来た? どんな馬鹿よ。来たのは下っ端ね」


「容赦? 何言ってるの、当然しなさい。そんな雑魚に本気出したら潰しちゃうわ」


「だって面倒じゃない。何が起きたか理解させてあげる必要もないわ」


「何事にも全力なのは悪くないけど、格上の余裕で受け止めてあげるのも大切よ」




 携帯を肩と頬の間に挟み、手帳をめくりながら矢継ぎ早に指示を出していくお姉様。


「気付かなかったか? 学校を出てからここまでずっと付けられていたんだ」


 下手な尾行だったが、と面白そうに補足した白塚澪は、ちょうど電話を終えられたお姉様に同意を求めましたわ。


「ええ。相変わらず舐められたものだわ。ギリギリまで撒かないであげただけ感謝してほしいくらいよ」

「最後はきっちり撒いたくせに」

「調べればわかるとはいえ家を教えるのはちょっとね。さて、茶山も日向も待たせたわね」


 肩をすくめて頷いたお姉様に促され、わたくしたちはリビングの机を囲んで座りました。

 お姉様の隣に白塚澪、それぞれの向かい側にわたくしと紅嶋日向ですわ。


「日向、私はあなたの優しさを好ましく思っているし、今回のあなたの判断も悪いとは言わないわ。大事な時にいなかった私も悪いし」


 数学の教科書とノートを広げさせながら、お姉様はそうおっしゃいます。

 紅嶋日向は手を止めずに、そんなことないと首を振りました。

 当然ですわ。お姉様は悪くありません。


「でもそれでも、あなたは千里を泣かせたわ」

「……うん」

「おじさまの件で脅されていたから仕方ないかもしれない」

「うん」

「私が怒ることじゃないけど、多分千里は怒らないから。そういう子だから」

「うん」


 だから、とお姉様は、いつもの自信に満ちた笑みを消して、優しく微笑みました。



「千里に、ちゃんと謝ってね」

「――うん、わかってる」



 わたくしは目を瞠りました。

 だって……




 なんて激レアな笑顔ですの!


 本当に仄かな笑みですけど、お姉様の魅力がぎゅっと詰まって!

 あぁカメラは没収されたのでしたわ。わたくしとしたことが不覚です!

 切り取って保存しておきたいくらい素敵ですわ――っ!!


「……―――ま、茶山、聞いてるの茶山?」


 うふふ、でも見たのはわたくしだけですわ。明日皆に自慢しないといけませんね!


「茶山、戻ってこないとやばい」

「お姉様、ああお姉様、お姉……はい? 何か言いましたか紅嶋日向」


 つと横から腕を引っ張られて、わたくしはぱちぱちと瞬きをしましたわ。

 紅嶋日向は何やら必死の形相で目配せをしてくるんですの。


「何ですの? 目配せじゃわかりませんことよ」

「いや、だから、横……」




「――いい度胸じゃない、茶山」




(――………っ!!)


 瞬時に全身が凍り付きました。

 わたくしとしたことが、お姉様のお声を聞き逃すなんて!

 これはまずい。ものすごくまずいですわ。


「私に指導を頼んだからにはそれなりの点数は取ってもらうつもりだったけど、随分余裕なのね」


 ぎぎぎ、と固まった首を動かします。

 心臓が早鐘を打ちます。冷汗が鬱陶しいです。わたくしの全てが、今すぐ逃げろと訴えていますの。

 ですけどもちろん逃げられる訳もなく。


「日向も意図的に手抜いただけだし、別に教えることもないのよね」


 これ以上ないほど輝かしい笑みを浮かべたお姉様、が。


「さよなら、茶山。自力で合格なさい」


 わたくしの心臓ど真ん中を貫いて、玄関を指差したのでした。

 さすが、ユーモアのセンスもピカイチですわ。

 ……え? 冗談じゃない? な、あの、つまり、

 ――お待ちくださいお姉様!!






















 結局半泣きで土下座して持っていた全てのお姉様コレクションを献上して基礎を叩き込んでいただいた頃には、日は暮れていましたわ。

 紅嶋日向は長居する訳にも行かず、一時間程で帰りました。

 ですから今リビングにいるのは四人ですの。

 一人多いじゃないか、ですって?

 お姉様、白塚澪、紅嶋日向、わたくしの四人の中から紅嶋日向が帰ったのですよ?

 だから四人で間違いありませんわ。


 ……いくら数学が苦手なわたくしでも、何をして間違ってると言われるのかくらいはわかります。一桁の引き算くらいはできますの!

 つまりそもそも前提が間違ってるのですわ。

 四人から一人いなくなったのではないのです。

 本当はもう一人。


「本当に会わなくてよかったの? 千里」

「うん、いいんです。日向が会いに来てくれるのを待ちますから」


 黄橋千里さんが。

 隠れて、いたんだそうです。

 そういえば家に入る時、お姉様が鍵を開けなかったのを思い出しましたわ。千里さんが中にいたんですのね。

 監視がつく前に行かせておいたんだとおっしゃっていました。


「いつになることやら」

「そんなに遅くなりませんよ。燐ちゃん、約束してくれましたから」


 くすりと笑って、千里さんはお皿を並べていきます。

 なんとお姉様の手料理ですの!

 遅くなったからと作ってくださったのですわ。

 わたくし、幸せすぎて今夜は眠れそうにありませんわ。


「なんのこと?」

「日向のお父さんのこと。何とかするって、言ってくれたから。わたしは毎日いつも通り、日向に声をかけるだけにします」

「相手はムラサキよ?」

「わたし、燐ちゃんのこと信じてますから。全部任せるみたいで申し訳ないけど、燐ちゃんは世界で一番すごいひとだって」


 千里さんの満面の笑みに、お姉様は呆れたように眉を寄せられました。

 千里さんは、わたくしたちファンクラブ会員の尊敬する方ですの。

 まだファンクラブのお話をしていませんでしたかしら?

 当然非公式のファンクラブで、会長はわたくしですわ。


 中学の入学式の新入生代表の挨拶。

 あれでお姉様に運命を感じた人は沢山いたのですわ。

 わたくしは同じ志を持つ人を集めてファンクラブを作ることに致しましたの。

 だってお姉様を慕うあまりにご迷惑をおかけしたらいけないでしょう?

 だから統制を図ったのですわ。

 面倒な規則も規律も階級もありません。あるのはただ、お姉様にご迷惑をおかけしないようにという信条だけ。

 逸脱したファンを出さないことを使命としておりますの。

 常識の範囲内なら干渉致しませんわ。


 つまり、所属はしていても団結力はあまりありませんでしたの。

 その結果、去年、千里さんの力になれませんでした。

 猛省して改革を試み、現在はファンクラブ独自のネットワークと連絡網を駆使して紫崎姫華対策にあたっておりますわ。


「世界で一番すごいのは湊でしょうに。私は湊に及ばないわ」

「それでも。私の世界で一番は燐ちゃんです」


 お姉様は無言で席につかれました。

 千里さんもくすくすと笑いながら隣に座ります。

 やはりお姉様と千里さんはとても良い御友人だと、わたくしは思うのですわ。


「私は湊に及ばないけど、交わした約束は守るわ。千里が一番にしてくれるなら、頑張らなくちゃね」

「でも、無理はしないでくださいね?」

「無理はいつだってしてないわ」

「そうだな。燐がするのは無茶だけだ」

「それが心配なんです!」


 幼馴染み三人組が、わいわいがやがやと楽しそうに騒ぎ出します。これもレアですわ。

 わくわくしながら傍観していると、大丈夫よと、お姉様がいつもの自信に満ちた笑みを浮かべられましたの。


「遅くとも一学期が終わるまでには何とかできるわ。紫崎姫華ごときに遅れをとるはずがないじゃない」

「それはそうですけど、それでも心配なのは仕方ないのですよ」

「大丈夫よ」


 大丈夫よ。だって私は。

 お姉様がその後に続ける言葉を、わたくしたちは全員知っていました。

 何度も聞いたその言葉は、何度聞いても力があって。


「だって私は藍原燐だもの」


 当然のように紡がれるその台詞は、お姉様だけが使える魔法のように聞く者に無条件に『大丈夫だ』と思わせる、最も適切な理由なのですわ。






















「――という訳ですの!」


 翌日、ファンクラブ幹部会議で一連の出来事を語って聞かせると、わたくし以外の四人は一様に沈黙を選びましたの。


「あら?」


 予想と違う反応に思わず間抜けな声を上げると同時、わたくしは身体に都合四度、衝撃を感じましたわ。

 飛んできたのは本と筆箱と平手と……鞄!? 危ないではありませんの!


「つべこべ言わないでください」

「抜け駆けは禁止よ」

「一人だけ纏わり付いて」

「燐さんのお手を煩わせるなんてっ」


 順に穂波紗々、神楽坂あやめ、烏羽雅、渡辺仁衣菜ですわ。

 紗々と雅が高校二年、あやめとわたくしが一年、仁衣菜は中学生。

 以上が幹部五人衆ですわ。

 わたくしたちは同じ志を持つ者としてとても仲が良いんですの。

 ……ええ良いんですよ本当ですだからなんで迫ってくるんですの四人とも!?


「日和」

「もちろん」

「覚悟は」

「できてますよねっ?」

「――待ちなさいどうしてその手は拳を作っているんですの! わたくしは悪くありませんわ!」

「「「「問答無用!!」」」」


 皆さん今日も良い天気で――ガッ、……は、何だか、目の前……が暗――――――


































 気絶した茶山日和を取り囲んで、四人の少女は顔を見合わせた。


「燐は動く気みたいだね」

「千里さんを注意して見ていた方がいいでしょうか」

「中学の方にも警戒レベルを上げるように伝えておきますねっ!」

「決戦は体育祭、かしら?」


 四対の視線が、再び茶山の上に落ちた。

 何だかんだ言って彼女たちの指針は茶山なのである。

 殴ったのも、じゃれあいの延長のようなものだ。

 茶山に聞けば、その割に本物の恨みがこもっていましたわ! と息を切らして主張するかもしれないが。

 とは言え。


「一人だけ良い思いをしたのは許せないよね」


 烏羽雅のその台詞が、結局のところ四人の心情の全てなのかもしれなかった。

 四人は協力して茶山を抱き上げ、隅の椅子に適当に座らせる。

 茶山が目覚めるのを待つ間に話を詰めようと席についた、その瞬間。




「――――大変、燐ちゃんがっ、」




 髪を乱し息を切らして駆け込んで来た会員の一人の少女。

 がたっと音を立てて立ち上がった四人と、その叫びを聞いた瞬間、驚異的なスピードで回復してみせた茶山は、同時に続きを促す。

 少女は整わない息ももどかしげに。


「燐ちゃんが怪我して保健室に運び込まれたって!!」


 嘘、と誰かが呟いた。

 あの藍原燐が、運び込まれるような怪我をするなんて。

 誰もがとっさには動けなかった。

 けれどいつまでも動けないような人は、藍原燐のファンクラブにはいなかった。


「――雅、早急に事件時の状況を確認。あやめと仁衣菜は目撃者に聞き込み。紗々はわたくしと紫崎の最近の動向を洗いますわよ」


 最初に立ち直った茶山に促されて、瞬時に散開する幹部衆。

 誰も茶山の言葉に疑問を挟まない。

 紫崎姫華が絡んでいることは当然だと、何か複雑な事情があったに違いないと、

 ――そんな風に五人の見解は一致していた。




〇茶山日和

 お姉様が大好きなちょっとおませな女の子。

 お姉様のためと走り回った結果、お姉様も驚くような情報網を手に入れる。

 突っ走りすぎたりで幹部衆他四人には結構な扱いを受けているが、愛情の裏返し。……多分。

 いつもお姉様のそばにいてお姉様のことを良く知っている白塚澪が大嫌い。


次は誰かなあ? まだ決めてません。

紅か、その前に信者の視点をいれようかな。

……でも未定ですwww

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ